#1-2

 秀麗。その意味は一段と立派で綺麗な様であるということ。

 逢埼華菜はかつて学生時代に清純な容姿と高い成績を誇っていた。その際に秀麗な学生であると教師陣から評価をいただいていた。他にも秀麗といわれるようになった理由は両親による午後七時までの門限と化粧禁止のルールに加え、成績は三十位以内に入れというルールを出した厳しい指導の賜物である。

 そんな彼女にとって秀麗という評価はどこか自分を縛っているようなイメージであった。

 ちなみにがっちりと彼女を縛っていた両親はもういない。華菜が大学生の時に事故で死んだからだ。華菜はその時の遺産と住んでいた一軒家を売って一人今のマンションに住んでいる。






「これで……大丈夫かしら?」


 生徒が登校するにはまだ早い時間。逢埼華菜は学校のある一人の下駄箱に手紙の入った封筒を入れてそのまま心臓の鼓動を感じながら教室へと向かっていた。


 それはまだスマートフォンが普及する前の時代。折りたたみ式携帯電話が人々の手に渡っていた頃。その時の逢埼華菜はセーラー服を着た一人の高校生であった。桜も散った頃、彼女には内に秘めた想いがあった。その願いを届ける為に彼女は自分で古臭いと思いながらも手紙を想い人に渡す為に下駄箱に入れてその場を去った。


(大丈夫。あの場所は吉良島君の下駄箱で間違い無いから……。後は図書準備室で待っていればいいから。持てるのは後は……)


 華菜は呼吸と足取りに落ち着きのない状態だった。


(後は伝える勇気だけ。そうでしょ、逢埼華菜!)


 自分にエールを送るように心で願い、彼女は両手を握るように合わせて自分を勇気づけようとしていた。


(吉良島君なら答えてくれる……OKって言ってくれる。大丈夫!)


 一世一代の告白に緊張を隠せないでいた。心の動揺を抑えながらも廊下を足早に歩く彼女は途中に設置された鏡を見つけて自分の全身を改めて見返した。

 当時の彼女は親の都合というもので化粧に手を伸ばせずにいた。だからせめて身だしなみは清潔であろうと服や自身の髪、肌も出来るだけ気を使って綺麗にしていた。見た目は長い髪を白のリボンで後ろに一本にまとめ、ナイロール型の眼鏡を掛け、更には振る舞いも静かで礼儀正しさを持った。そのせいか一部の男子からは品行方正な淑女のイメージを持たれて人気もあった。


「本当は化粧とかしたかったけど難しいわよね……母さん怖いし」


 華菜の前を通った女学生が嬉々として手に持っていた化粧ポーチを見て彼女にとって憧れの高校生活唯一の懸念が化粧が出来ないということ。ならばと思い、彼女は彼女なりの化粧を今日までにしてみせた。上品な淑女のイメージを持たせた化粧を。


「……放課後、来てくれるかしら?吉良島君」


想い人の到来を不安げにしながらも昼が過ぎ、運命の放課後は来た。彼女はそわそわしながらも自分が指定した校舎の隅にある図書準備室にいた。図書委員の彼女は出入りが自由でそこなら誰もいないと思い、待つ事数十分。靴音が少し落ち着かない呼吸をする彼女の耳に飛び入って来る。


――あ、来た……!


 だがそれを認識した時、彼女は違和感に気づく。


――あれ?多い?


 靴の群れがその音を荒々しくして向かって来ている。それを聞いて彼女は違うのかと落胆したその時、図書準備室のドアは乱雑な音を大きく立てて開かれた。







「えっ?」


 ふと瞼を開く。視界に飛び込んできたのは見慣れた天井。高校でないのは確かだった。


「何でまた……あんな夢を」


 その夢の内容を思い返しながら華菜は悔しそうな面をしてでベッドの上から体を起こしスマートフォンの画面を付ける。画面が示した時刻は夜の八時を示していた。ため息を吐いて肩を落とす。


「……夕飯カップ麺でいいかしら?」


 ベッドのある自室を出てリビングに出るとふとある事を思い出す。


「あ、翔くんのいた部屋の片付けしないと――」


 部屋に入るほんの数歩で華菜の足は止まる。彼女はさっきの夢を思い出す。


(なんで私、あの日のことを思いだしたんだろう)


 止まった足を動かそうとするも動かない。


(なんで私こんな事になってるんだっけ?なんで私、吉良島君とアイツの子供を世話してるの?よりによってアイツがなんで吉良島君の――)


 息が乱れる。嫌な顔を振り切ろうと唇を噛みしめながら足を動かして翔のいた部屋に入る。


「へぇ。最近のおもちゃってこんな風になってるのね。すごーい……」


「え?」


 そこに誰かが居た。華菜のように長いストレートの黒髪に黒いドレスを纏い、玉虫モチーフの首飾りをつけた綺麗な肌の女性が部屋に散乱していたおもちゃの一つを手に取って動かしてその動きを眺めていた。


「あら、ごめんなさい。お邪魔してるわ」


 その手に特撮のおもちゃを光らせながら彼女は華菜に挨拶をする。


「……え?いや、え!?ど、どなたですか!?」


 それまで悔恨の顔でいた彼女の顔はあっけからんと仰天の表情に変わった。無理もなかった。見知らぬ人が自分の部屋に突如いたら誰もがそうなるだろう。


「私?私はね――」


 目の前の女性が何かを言いかけたその時、その姿は空のように青い炎に包まれて華菜の前から姿を消す。


「え?嘘!?」


「嘘じゃないわ。私はこっちよ」


 華菜が後ろを見た時、そこには先ほどの女性が微笑みながら足を組んでふわりふわりと浮いていた。


「私はメト・メセキ。嫉妬の神様よ」


「嫉妬の……神様?」


 神様を名乗った女性は微笑みを保ったまま組んだ足を戻すと地に足をつけて華菜に近づく。


「ねえ。少しだけ聞きたいことがあるのだけれどいいかしら?」


「そ、その前にあなたどうやって私の部屋に入ったんです?」


 しかめた顔で華菜は目の前のメト・メセキと名乗った女性に質問をする。笑みのある顔で彼女は答える。


「神様だからそのくらいの力はあるわよ?」


「……あの、一体いつからここにいたんですか?」


「あの子が元気にごはんを頬張ってた頃くらいかしら?」


「そうですか――」


 質問の答えにどこか得心がいかなかった。そんな華菜の心はどこ吹く風のようにしてメセキは部屋のリビングに足を向けた。


「ねえ、よかったらおいしい紅茶があるんだけど飲んでいかない?きっと気に入るわよ?」


「あ、じゃあ……えっと、貰います」


 華菜は突然の来訪者の言いなりではないが合わせることにした。


(もしかして私の話とか聞いてくれるのかしら?だったら――)


 もしかしたらと思い、彼女は自らを嫉妬の神と名乗った存在に近づくことにした。

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