第31話 きちんと人間らしい生活を送らせてください

「守り屋の魔術師はいますか!?」


 昼前の守り屋に、一人の男性の声が響いた。

 カウンターに立っていたルジエと待合スペースで休んでいたマストは、その来訪者を見るや否や自然と渋面を作った。


「カイネン司祭……何の用で?」

「また変な難癖付けに来たってんなら殴……っておい、背中にいるのシュネスじゃねぇか!?」


 幸いにも客はいないようで、突然やって来たカイネンはそのまま中に入る。祭服を着た彼が背負っている長い茶髪の少女を見て、二人は慌てて近付いた。

 カイネンがおぶっているのは、今朝出かけた服装のまま、意識が無く息の荒いシュネスだった。


「おいカイネンてめぇ、シュネスに何しやがった! まさかアレか、てめぇシュネスみてぇな小さい女を狙ってんのか! この変態司祭が!」

「な、何をふざけた事を言っているのです! 私が愛するのは神と弟だけですよ! まあ神に仕える者として、天使の如き清らかで美しい心を持つこの子に寵愛を注ぐべきであるのは否定しませんが!」

「やっぱ狙ってんじゃねぇか変態野郎が! 離れろ! 失せろ!」


 マストは大声で威嚇するが、意外にもルジエがそれを止めた。


「落ち着いてマスト。少なくともこの変態が何を企んでいようが、シュネスちゃんをどうこうするつもりなら、ここに連れて来やしないわよ」

「だから変態ではないと言ってるでしょう……私はこの子に、本当に何もしていません。教会へ訪ねて来た彼女と話をしている途中で、急に倒れたんですよ。見た所、酷い熱に浮かされているようですので……」

「病気だとすればモファナの魔術で治せるかもしれないって思って、連れて来たってワケね」


 気を許した訳ではなさそうだが、取りあえずルジエはシュネスをおぶる彼を二階へ案内した。


「私達の事が大嫌いなあなたがわざわざここに来るくらいだし、あなたがシュネスちゃんの事を悪く思ってないのはひとまず信じるわ。今は緊急事態のようだし」


 シュネスの部屋に連れて行き、意識の無い彼女をベッドに横たえる。額に汗を浮かべて、酷くうなされていた。


「モファナは外に出てるけど、もうすぐ帰って来ると思うわ。でもあの子の魔術も、病気にまでは完璧に効かないはず……念のためすぐに医者を呼びなさい」

「それについては問題ありません。医者を守り屋へ連れて来るよう、既にアベラを向かわせてますから」

「そう。なら到着を待ちましょう。何の症状か分からないけど、とりあえず今は冷えたタオルと解熱薬を……」


 出来る限りの処置はしようとベッドから離れようとしたその時、不意にルジエの服が引っ張られた。


「ルジエ、さん……?」

「シュネスちゃん! 起きたのね!」


 よほど苦しいのか完全に目が開けきれてないシュネスは、ぼんやりとしたまま声を出していた。


「私、倒れて……どうなったっけ」

「カイネン司祭がここまで運んだのよ。悔しいけど助かったわ。悔しいけど」

「そうでしたか……すみません、ご迷惑を……」

「謝らないで下さいよ。当然の事をしたまでです。今アベラが医者を呼んでいますので、もう少し寝ていても構いませんよ」

「ありがとう、ございます」


 優しく声をかけられて少しは苦しさが和らいだのか、シュネスは穏やかな表情で再び目を閉じた。カイネンもルジエ達といがみ合う時とは違って、街の人と接する時と同じかそれ以上の優しい笑みを見せている。


 二人のやりとりを見たルジエとマストは、少なくともカイネンが何か悪さをしたとは、もう疑っていなかった。ルジエたちとシュネスとで清々しいまで接し方が違うのは、さすがに少し引いたが。


 ほどなくしてモファナが帰って来て、その後すぐに医者がアベラと共に到着した。

 やはり魔術師として超一流のモファナをもってしても、怪我ならともかく原因不明の体調不良を治す事は出来ないそうで、同時に医者を呼んでおいて正解だった。


 白い髭のたくましい医者による診察は終わり、シュネスの部屋に集まった一同へ結果を告げた。


「ひとまず病気ではありませんな。もちろん命に別条はありません。このまま安静にしていれば、すぐに回復するでしょう」

「そう、よかったわ……」


 守り屋代表兼シュネスの保護者役として正面に座って聞いていたルジエが、ほっと胸をなでおろした。


「しかし見ての通り、ただの体調不良と言い切れるほど軽いものでもありません。発熱、目眩、軽い吐き気。症状を言葉で並べるだけなら軽く思えるでしょうが、実際はもう少し重い」


 診察が終わるともう一度寝かせたシュネスへ視線を向けながら、医者のおじいさんは言う。


「彼女、体内環境が酷い有様ですよ。本来ならば口に入れただけでお腹を壊すような物をずっと食べて生きて来たような……もしかしてこの子は貧民街の出ですか?」

「まあ……そんな所ですね」


 さすがに11年間路地裏暮らしをしていたなどとは軽く言える物では無かったが、実状は似たような物だろう。


「今回、一時的に意識を失うほどの体調不良を引き起こした原因は、疲労に軽度のストレス、それから急激な食生活の変化でしょうな」

「食生活……?」

「彼女は恐らく、満足に食べ物が得られない日々を過ごしていたのでしょう。けれど彼女の体はそれに順応してしまった。そして最近になって、いきなりちゃんとした食事をするようになり、逆に彼女の体が驚いてしまった訳です」


 何日も何も食べていない状態で一気に食事を摂ると体がビックリして吐き戻してしまう、というのは有名な話だ。今回はその凶悪上位互換だと考えればいいだろうか。

 不健康だから倒れたのではなく、不健康な生活に慣れ過ぎたが故に、健康になった後で倒れてしまったのだ。


「そこに慣れない環境によるストレスや疲労がタイミング悪く重なり、このように倒れてしまったのでしょう」

「そっか……やっぱりシュネスちゃんに無理させちゃってたのね……」


 彼女が守り屋に入ってから今日が初めての休日。本人はずっと元気そうだったからルジエも深く考えていなかったが、やはりそれが駄目だったのだ。きっとシュネス本人ですら自覚していないまま、心身ともに負荷がかかっていたのだろう。

 管理が行き届いていなかった事を自覚させられ、ルジエは暗い顔で大きく肩を落とした。


「これからはもっと休ませてあげなきゃね……」

「それと、しっかり生活習慣を整えてあげてください。栄養を考えた三食を摂り、適度に運動し、しっかり眠る。恐らく彼女が今までいた貧民街ばしょではその全てが叶わなかったのでしょう。彼女に、きちんと人間らしい生活を送らせてください」

「はい……肝に銘じます」


 診察を終えて医者のおじいさんが帰った後、一同は一階に戻って机を囲んでいた。と言っても守り屋はまだ営業中なので、ルジエは受付に立ち、他の皆は傍にある待合スペースに集まっているという状態。

 話の内容はもちろん、シュネスがここに運ばれるまでにあった出来事の話だ。


「……つまり、シュネスは勉強のために教会に寄っただけで、本当にてめぇが何かした訳じゃあ無いんだな」

「何度もそう言ってるでしょう。天使のように清らかなあの子に、私が何かをするはずがありません」

「その『天使のような』って表現ヤメテくれる? なんか気持ち悪いから」

「あなたに言ってるのではないですから良いじゃないですか。この罪人めが」

「むっかー」


 シュネスの同年代としてモファナが危険なモノを見る目を向けるが、カイネンは全く意に介さない。


 人の罪を見破る特異体質を持つカイネンにとって、幾度となく犯罪に手を貸しておきながら普段は善人のように過ごしている守り屋の事は、とても気に食わなかった。


 一応、守り屋のおかげでナカーズ王国のならず者たちがある程度制御できているという事実もある。それが理由でか、噂程度には守り屋の正体に気付いているであろう国王ですら、彼女らの営業を黙認しているのだ。


 だからこそ、カイネンはそれが不服だった。彼にとって、堕罪とは神への反逆。そんな輩に裁きを下せないという事が、とてももどかしかったのだ。


 シュネスが守り屋の一員だと知って過剰なくらい驚いたのも、それほどまでに守り屋を敵視していたという理由がある。

 だが今は、守り屋に対する見方も、ほんの少しだけ変わったように思える。


「シュネスさんが罪人集団の一員だと知った時は驚きましたが、無理やり従わせているような雰囲気でもありませんでしたし、まあよしとしましょう。ここがあの子の居場所だというのなら、私に奪う事はできません」

「何で上から目線なのよあなた。そもそも、教会に守り屋を解体するような権限は無いでしょう」

「いえいえ、あまり教会をなめてはいけませんよ。コマサルの住民の内、一体何割が礼拝に来ているとお思いで? それとなく守り屋の悪評を広げて経営を傾けさせる事だって私たちには可能なのですよ?」

「兄さん、さすがにそれは姑息」


 カイネンとは違ってそんなに守り屋を嫌ってないアベラは、変に暴走しそうになる兄を一歩引いた立ち位置で止める。


「俺たちの役割は、神の教えを伝え、共に崇めること。気に食わない人たちの営業妨害は良くないよ」

「やるとは言ってないでしょうやるとは。ここがシュネスさんの居場所だと言うのなら、むしろ守らねばなりません」

「教会はいつからシュネス愛護団体になったんだ?」


 ヘンな物を見るように眉をひそめるマスト。続いて目が合ったアベラは「俺も知らない」と言いたげに肩をすくめた。

 やはり守り屋一同から見れば、カイネンはどう考えてもシュネスを狙うアブナイヤツにしか見えなかった。

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