第28話 むかしむかしの罪人たち
はるか昔、『西暦』という暦が使われていた頃。当時の人類はまだ『魔法』を発見していなかったが、それを補って余り有る高度な文明を築き上げ、とても豊かな暮らしをしていた。
人々が立つ大地やこの世界そのものの成り立ちまでも解明していたとさえ言われており、現代では考えられないような技術が無数に存在していたとされている。
しかし、西暦3000年。人類は大きな罪を犯した。
罪は神の怒りに触れ、天変地異となって地上を襲った。天の
人々は必死に抵抗したがそれも虚しく、人類の過半数は滅ぼされ、築き上げた文明はたったの七日で無へと還ってしまった。
人々は神に赦しを乞い、神はそれを受け入れた。そして神は地上に、罪科に対する罰と慈愛の恵みを振りまき、二度とこのような事が無いよう厳しく言いつけた。そして再び、人類の歴史が創り出される事となる。
天による断罪の七日間。それこそが、旧時代の終わり。そして
「あれ……これ、何て読むんだろう……」
概ね順調に本を読み進めていたシュネスだが、上手く読み解けない文章を前にして集中が途切れた。
実は読んでいくうえで何度か読めない文字や分からない表現を飛ばし読みしていたのだが、それがあまりにも続くと、さすがに読書を中断せざるを得ない。
シュネスは11年の浮浪児時代で様々な人に出会い、路地裏に住むおじいさんや貧民街のお姉さんによく文字を教わっていた。なので基本的な読み書きは出来るのだが、やはりきちんとした学校に通っていないだけあって、人よりも読める文字が少ない。本を読んで勉強をするという事においてあまりに初歩的な壁だった。
「言葉の勉強もしないとなぁ」
幸いにも今日までの守り屋の業務では、特に支障が出るほど不自由はしなかった。大きな失敗をする前に気付けたのは良い事だ。気持ちを切り替えて、読書のお供に辞書を取ってこようと席を立つシュネス。そして辺りの本棚を見渡した時、ふと見慣れた人物と目が合った。
「あれ、シュネスさんじゃないですか!」
シュネスを見て笑顔を向けながら歩み寄るのは、短く鮮やかな緑色の髪をした少女。守り屋の業務が始まる前の早朝、荷物や手紙を届けに来てくれる度に顔を合わせている配達員のテレスタだ。
「テレスタちゃん、昨日ぶりだね」
「偶然ですね! シュネスさんも図書館にいるなんて」
「実は入ったこと無くって。初めて来てみたんだ」
早朝に何度も話していくうちに二人は打ち解け、ほとんど同い年という事も相まって、シュネスは敬語を外して会話するまでの仲になった。ちなみにテレスタの方は誰にでも敬語を使うようなので、シュネスに対して距離を置いているとかでは決してないらしい。
「テレスタちゃんは図書館、よく来るの?」
「ええ。仕事がお休みの日は足を運んでますね。静かな雰囲気が好きなんです」
「そうなんだ……テレスタちゃんいつも元気いっぱいだから、本を読むのは意外かも」
「へへ、よく言われます」
明るく陽気で声も大きいテレスタだが、さすがに図書館の中では声を張ったり走り回ったりはしない。これでもシュネスと同じく働ける歳なのだから、それくらいの分別は付く。
「ところで、シュネスさんは何を読んでるんです? ずいぶん分厚いのもありますけど」
二冊ほどの本を持って隣の席に座るテレスタは、シュネスが開いている一冊と、その横に置いている一冊を見る。特に閉じている方は、さっきまで読んでいた教材用の物よりも詳しく書かれているためそれなりに厚い本だった。
「実は、旧時代について勉強しようと思ってるの。だけど、ちゃんと学校に通ってなかったから難しい言葉とかは読めなくて……」
「ほほう。でしたら、ワタシが力になりますよ! これでも人並みの教育は受けて来たので、旧時代の古代文字とか辺境の国の言葉でもなければ大体は読めるかと」
「えっ、いいの? テレスタちゃんも自分の本があるのに」
「遠慮しないでください。友達と一緒に読書をするのも楽しいですからね!」
ちょうど困っていたシュネスにとって断る理由もない申し出だ。テレスタの厚意に感謝して、読めない箇所の解説を頼む事にした。椅子を近付けて、読んでいた本を真ん中に置いて二人で見る。
「『
「さいそう……?」
「ああ、再創というのはですね。罪を犯した人々を神様が懲らしめた、旧時代の終わりとなる出来事の名前ですよ。ほら、ここら辺に詳しく書かれてます」
「あ、さっき読めなかった所だ。再創って言うんだ」
――人々の罪に怒り、罰を下した天による断罪の七日間。それこそが、旧時代の終わり。そして
「『魔法』や魔力が発見されて魔術や魔道具が広まったのも、数十年に一度天使が降りて来るようになったのも、全て再創以降の出来事みたいですね。再創は時代の区切りであり、時代の変わり目でもあった訳です」
「なるほど……この出来事抜きに旧時代は語れない、って感じだね。初めに勉強してよかったぁ」
「ワタシも旧時代についてはちょっとだけ知ってる程度ですので、ぜひ一緒に勉強しましょう」
こうして二人は、本を挟んで仲良く勉強を始めた。旧時代についての本を読み進め、途中分からない言葉が出て来たらテレスタがそれを教える。図書館の中なので小声にはなるが、二人は話をしながら楽しいひと時を過ごした。
そして時間はあっという間に過ぎ、ちょうど教会から鳴り響く鐘が正午を知らせた頃。
「おや、もうお昼ですか……すみませんシュネスさん。ワタシ午後から用事があってですね。今日はここで抜けさせてもらいますね」
「そんな、謝らないでよ。私の方こそ突き合わせちゃってごめんね」
「いえいえ、ワタシはとても楽しかったですよ! また一緒に読みましょう!」
貴重な休日を自分のために使ってもらった事への申し訳なさがあったものの、テレスタ本人は満足そうに笑ってくれたので、シュネスも必要以上に気にする事は無かった。
たっぷり3時間ほど本を読んでいたシュネスも、テレスタと一緒に図書館を後にした。無限かに思える本がある図書館に入り浸るのも楽しそうだが、せっかくだから午後は午後で外を散策してみようと思ったのだ。
次はどこへ行こうかと悩んでいたのが顔に出ていたのか、図書館の門を越えた先でテレスタはこんな提案をして来た。
「そうだ! シュネスさん、旧時代や再創について詳しく勉強したいのであれば、教会に行ってみてはどうですか?」
「教会に……?」
「ほら、再創って神様や天使と関係が深いでしょう? 教会の司祭さんなら、きっと詳しく教えてくれますよ」
「そ、そっか……じゃあ行ってみようかな」
とは言ったものの、実はやや気が乗らない行き先だった。穢れなき心で神へ祈りを捧げる場所など、罪まみれの人生を送って来たシュネスにはあまりに縁遠い場所だからだ。
一応、コマサルの教会にいる司祭が優しい人だとは風の噂で聞いている。直接顔を合わせた事も無いし、過去のシュネスが犯した無数の盗みについても知らないだろう。神にまつわる史実について学びたいと言えば喜んで教えてくれるはずだ。
だが、どうにも足が向かない。人には噓を吐けても、神は全てを見ている。教会に神がいる訳でもないと分かっていても、自らの後ろめたい過去が司祭にも見透かされてしまいそうな、そんな感じがするのだ。
(でも、せっかくテレスタちゃんと勉強したんだし、詳しい話を聞いてみたい気持ちもある……覚悟を決めて行ってみよう)
反対方向へ元気に走り去るテレスタを見送ってから、シュネスは教会へと向けて重い足を動かした。何をするにも、勇気を出して一歩踏み出す事が大事だ。
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