第27話 知識は蓄えれば蓄えるだけ強くなれる

 公園のベンチに座り、シュネスがひとり静かに焼き魚を堪能している頃。少し離れた背後の茂みがガサガサと揺れていた。


「何をしてるのかと思えば、串焼き食ってるだけか……」


 茂みの中には二人の男が潜んでいた。一人は筋肉質な体躯の大男で、もう一人はやせ細った体の男。二人はギリギリ体がはみ出ない大きさの茂みに隠れながら、シュネスを観察していた。


「アニキ、あの子供が本当に守り屋の一員なんすか? そうは見えませんけど……」


 大男は窮屈そうにモゾモゾ動きながら、声を潜めて隣の痩せた男に問いかける。


「見た目で判断するなよ。守り屋の『超越術師』だって同じくらいのガキじゃねぇか。きっとあの茶髪も、秘めた力を隠してるはずだ」

「そうっすかねぇ……」

「それに、お前も聞いただろ? ガーナルんとこの盗賊団が、徒党を組んで守り屋に挑んで返り討ちに遭った話」

「ええ。俺とアニキでスイーツ巡りしてる間に、あの人たち何かやってたみたいっすね」

「俺はあの事件の少し前にガーナルに会ったんだけどよ、あいつは『守り屋の新人は戦えない雑魚だ』っつう情報を掴んだって言ってたんだ。俺はあいつらの敗因はそこだと思ってる訳よ」


 細身の兄貴分は大柄な弟分に熱弁する。二人の体格を見ると誰もが逆だと思うだろうが、細い方が兄貴である。


「あの守り屋に入るぐらいだから、新人だって反則級の強さを持ってるはずだ。そこを見誤ったからガーナルたちは負けたんだよ」

「いやぁ、たとえ新人が非力でも、あの守り屋なら一人守りながら盗賊を殲滅するなんて朝飯前だと思いますけど……」

「まだまだだなお前も。あのガキはぜってえ強い。だが、ガキはガキ。おまけに裏社会に疎いであろう新人だ。どうにか弱点を探して隙を突く、もしくは上手く言いくるめて仲間にしてやんよ……!」


 つまりは、これが彼らがシュネスを尾行している理由だった。盗賊の二人組は、守り屋の弱点を探すために新人のシュネスに目を付けたのだ。


「あっ! 動きましたよアニキ!」

「よし、慎重に後をつけるぞ」


 ベンチから立ち上がったシュネスと一定の距離を置いて、二人の男はこそこそと彼女を追った。





 *     *     *





「次は何をしようかな」


 休日にしたい事が思い浮かばず、ふらふらと街を散策していたシュネス。ふと、大きな建物の前で立ち止まった。柵で囲まれている広い敷地の中に、三階建ての大きな建物。開け放たれている門の傍には、文字の記された看板が立っていた。


「図書館かぁ……」


 看板の文字を読み上げながら、守り屋の建物よりもずっと大きな図書館を見上げる。中には様々な種類の本がぎっしり詰まっているのだろう。話には聞いた事があるが、生まれて一度も入った事のない場所だ。


「お勉強、してみたいかも」


 当然ながら学校に通っていなかったシュネスは、基本的な読み書きや最低限の一般常識以外の知識を持ち合わせていない。知識不足を埋めるなら、入館料を払えば自由に書物を読み漁る事の出来る図書館はうってつけだろう。


 今までろくに学べなかった反動か、シュネスは物事を学ぶ事がとても好きだった。今も図書館の荘厳な外観と、そこに並ぶであろう本の山に惹かれ、自然と足が動いていた。


 見回りをしている警備の人に会釈をしながら、綺麗な草花が並ぶ庭を進む。中には椅子やテーブルが置かれている場所もある。今日のような晴れた日なら、外で読書をするのも気持ちが良さそうだ。

 そんな事を考えながら辿り着いた大きな扉を、両手で開けて中へ入る。


「……っ!!」


 直後、シュネスは言葉を失った。

 白を基調とした清潔感のある内装。建物の中央は一階から三階の天井までが大きく吹き抜けになっており、三階建てのバルコニーがぐるりと囲む広々とした空間。

 そして見渡す限りの本棚に、所狭しと並ぶ無数の本。まるで宮殿のような美しさを前にして、シュネスは感動のあまり立ちすくんでいた。


 商業都市であるコマサルには、国内外を問わず様々な所からやって来る人が出入りする。それ故か、他の場所では見ないような本がたくさん集まるようで、コマサルの図書館にある本の数は年々増えているのだそう。


 入口の前で突っ立っていたシュネスはようやく我に返り、本を借りる際に必要な登録証を作成するために、入ってすぐの所にあった受付へ向かった。用紙にいくつか記入をし、手数料を払うだけで簡単に作る事が出来た。


「図書館の会員証……なんだか賢い人になった気分」


 小さなカードを小さな両手で掲げるシュネス。会員証を作っただけで賢くなるはずもないのだが、そういう気分になるのだから仕方がない。

 先日、王都のソルド剣術学校に行った際は緊張が勝っていたが、初めて大きな施設に入る時はいつでも気分が上がるものなのだ。

 見るもの全てが新鮮に見えるシュネスは、広大な管内をゆっくり歩きながらぽつりと呟いた。


「勉強したくて来たはいいものの、何から読めばいいのかなぁ」


 この図書館にある本はあまりに膨大だ。全部読み切るには3年あっても足りないだろうし、何かの分野に絞って学ぶにしても、そのコーナーを読み尽くすだけで専門家になれるだろう。そう直感するほどには広い場所だった。


 何を読みたいかも定まっていないシュネスはどうしたものかと立ち止まる。そんな時、目の前の本棚に付けられたプレートの文字に目が留まった。


「『歴史資料・旧時代に関する本』……」


 旧時代と聞いて思い浮かぶのは、魔道具の開発と共に旧時代の研究をしているというクロジアの話。彼は旧時代に使われていた『拳銃』という武器を魔道具として再現したり、先日シュネスが襲われた謎の魔道具を分析した際にも、それがアーティファクトに分類されるものだと読み解いた。


「私にも知識があったら、みんなの力になれるかも」


 戦えないシュネスが守り屋の役に立つ手段があるとすれば、それは戦闘以外で皆を支える事だ。

 ルジエたち三人が知らないような旧時代の事について詳しくなれば、皆の助けになるかもしれない。

 盗賊連合団の背後にいるかもしれない、旧時代の技術を利用し魔道具に組み込む『謎の技術者』と今後も関わる事になった時、旧時代に関する知識は必ず役に立つ。


「よーし、そうと決まれば、旧時代の歴史について勉強しよう!」


 迷惑にならないよう小さな声で決意を固めると、旧時代に関する本が並ぶ棚へと歩み寄る。背表紙を一つずつ眺め、時に手に取ってパラパラとめくりながら。ややあって、シュネスは二冊の本を選び抜いた。ひとつは学校の教材に使われるような教育用の読みやすそうな本、もうひとつはそれよりも少し詳しく書かれている本だ。


 過去の時代をただ『昔』とではなく『旧時代』と呼ぶのには理由がある。旧時代と新時代げんだいを隔てる、年月以上の何かがあるのだ。旧時代の事を知るには、まずはその『時代の変わり目』を知る必要がある。そう考え、シュネスは旧時代の終わりに関する本を二冊、手に取った。


「こんなに綺麗で分厚い本を読むのは初めてだなぁ」


 いろんな人に読まれている図書館の本は、折れ目がついていたり擦り切れていたり、当然新品ほど綺麗ではない物もある。それでも本というものにそもそも触れて来なかったシュネスのような者からすれば、図書館の本一冊でも十分感動する。


 図書館の中央には机と椅子がずらりと並ぶ読書スペースがある。シュネスは端の方に座り、さっそく本を開いた。





 *     *     *





 一方、図書館の外では。

 建物からやや離れた路地裏から顔だけを出して、シュネスの後をつけていた二人の盗賊が図書館へ視線を向けている。正確には、図書館へ入って行く少女の背中へ。


「あのガキ、図書館に何の用だ……?」

「そりゃあ読書じゃないっすか?」

「いいや、新人のガキとはいえ、あの守り屋だぞ? きっと本目当てじゃねぇ。何か裏があるに決まってらぁ」

「勘ぐり過ぎだと思うっすけど……?」


 通行人に気取られないよう頻繁に身を隠しながらも、路地裏から図書館の大きな外観を眺める二人。やがて、子分の大男が提案した。


「いっそ突入しちゃいます?」

「馬鹿か、あそこは冒険者だろうと武器の持ち込みは禁止だ。盗賊の俺たちなんてもってのほか。それにだな、『図書館ではお静かに』っていう決まりがあるの、知らねぇのか?」

「律儀に守ってる盗賊はアニキぐらいだと思うっすけど」


 盗賊なんてルール破りの権化のような犯罪者だ。必要とあらば図書館だろうが何だろうが、武器を片手に突撃するような連中で溢れかえっている。

 だが、やせ細った兄貴分の男はそれをしないようだ。変に律儀なのか、単にビビりなのかは分からない。

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