第23話 送り物は気持ちが一番大事

「そして、解明できた事の二つ目。それは、この魔道具が『アーティファクト』に分類されるような、旧時代の技術が使われている点だ」


 そう言ったクロジアの視線の先には、内側をさらけ出している黒い魔道具がある。その中には、明らかに魔法陣とは違う不思議な模様が描かれている小さな板のような部品があった。


「そういや、あの夜もそんな事言ってたな。エレクが何とかって」

電子工学エレクトロニクス。専門的な仕組みは俺も分からないが、失われたはずの旧時代の技術がこの魔道具に使用されているという事だけは分かった。コンピューターは実物を見た事もあるしな」


 クロジアは魔道具職人としての個人的な興味から、旧時代についてそれなりに研究していると聞く。ならばこの魔道具の製作者も、似たような考えから旧時代について調べていてもおかしくない。

 そして、実際に旧時代の技術を用いて魔道具に組み込めるほどには、クロジアが知り得ないような深い部分までその人物は到達しているという事だ。敵対する事になればそれなりに厄介だ。


「あの……」


 と、ここでシュネスがおずおずと手を上げた。


「すいません、『アーティファクト』って何ですか?」

「あー、そうか。シュネスには馴染みのない言葉かもな、すまない。アーティファクトっていうのは旧時代に作られた遺物や、その技術の事だ」

「旧時代の遺物、ですか」

「そのほとんどが現代人には再現不可能な技術や製造法が使われていたりする。そして解明も難しく、そのほとんどが実態も未知数。だからこそ、アーティファクトを再現してしまっているこの魔道具と、その製作者はかなり特異な存在だという訳だ」

「なるほど……」


 新たな知見を得て、真剣に相槌を打つシュネス。その隣で、彼女とは対照的に脱力した姿勢で頬杖をついていたモファナは、ふと体を起こした。


「でもさ、結局のところアーティファクトって珍しいだけでしょ? 確かにその……エレクミックス?」

電子工学エレクトロニクス

「そうそれ。その技術を理解してるっていうのは凄い事かもしれないけど、それは脅威なの?」


 モファナは指先でくるくると円を描く仕草をして、その指をクロジアに向けた。


「ぼくは旧時代の事は詳しくないけど、魔術が無い――いや、『魔法』すらも発見出来てなかった時代でしょ? そんな時代の技術をいくら持ち出して来ようとも、魔術には劣るでしょ」


 魔術師としては超一流のモファナは自慢げに言うが、クロジアは首を振って否定した。


「侮ってはいけない。文献によると、旧時代の文明力は現代と比べるまでもなく高い所にあったんだ。世界中の人が電気で動く鉄の乗り物を所持していて、コマサルの王城と並ぶような背の高い建物もごまんとあったという」


 クロジアは自分達には想像する事しか出来ないような風景を語る。いや、実際は想像すら難しいだろう。


「争いだってそうだ。『卓越術師』級の火力を出せる武器を持った飛行物体が空を埋め尽くし、人の形をした駆動兵器が街を火の海にしたとの記述もあった。他にも人間の複製だったり死者の蘇生だったり……まあここら辺にもなると俺も信じられないけど」


 机に置かれた小石サイズの魔道具を指で摘まみ、自身の黒い瞳に重ねるように目の前にかざす。


「俺が言いたいのは、旧時代の技術は『魔法』と並ぶだけの力があるという事。現に電子工学エレクトロニクスを用いた前代未聞の魔道具とも言えるコレに、不意を突かれた訳だしな」

「うぐ……それはそうだけど……」

「旧時代の物のほとんどは、魔力の代わりに電気の力――『電力』を用いて動いていたらしい。もしコレも当てはまるのだとしたら、本来の魔道具と比べてもはるかに少量の魔力で、緻密かつ正確な動作が可能だったのにも合点がいく」


 クロジアの話では、土を剣状に束ねてからシュネスを突き刺すまでの一連の動作を実行するには、この魔道具にはめられた魔石は小さすぎるらしい。

 しかし、電気を用いて不思議な信号を送り出す『コンピューター』なる旧時代の遺物を用いた事によって、本来ならば動力不足で機能しないはずの魔道具を魔力と電力で仕事を分担する事で、正確な動作を実現したという訳だ。


「もしも製作者が旧時代の技術を完全に再現できるとなれば、現存するどの魔道具よりも小さくそれでいて強力な、今までにない魔道具が次々と誕生する事になる。魔道具……ひいては『魔法』を基礎にした現代文明の歴史が新しく変わっていくかもしれない」

「おお……そう聞くと何かヤベェな」

「それは良い事、なんですかね……?」


 戸惑うようなシュネスの問いに、クロジアは肯定とも否定とも取れないような声を漏らす。


「どうだろうな……行き過ぎた文明の進歩は争いの火種になるし、争いによって技術に革新が起きる事もある。どちらが先かはさておき……もしもあちこちにばらまかれるような事があれば、良くない事が起きるかもしれない」


 彼が口にしたような『争い』を実際に見て来た訳ではないだろうが、それでもいち技術者としての彼の言葉には、重みの乗った説得力があった。


「それに……」

「それに?」


 更にクロジアの声のトーンが落ちる。まだ何かあるのかと聞き返したモファナを、彼は深刻そうな目つきで捉えた。


「俺にも到達できなかった領域にいる製作者が羨ましくてたまらない。悪い人じゃなければ是が非でも教えを乞いたいぐらいだ」

「めちゃくちゃ個人的な願望だった……」


 やはり根っこの部分は職人気質なのだ。何かあるのかと身構えていたモファナは呆れたように脱力した。


「とにかくだ。俺たちに出来るのは、また変な魔道具で不意打ちされねぇよう警戒するぐらいって事でいいんだよな?」


 マストは今までの話をそうまとめる。皆の意見もそれで一致した。


「そうね。今度から戦う相手には、今までより警戒を強めましょう。こういった魔道具が見つかったらまた調査をお願いするわね、クロジア」

「ああ。もちろん」


 一通り調べ終えたこの魔道具は、守り屋の方で保管する事になった。何らかの手段でこの珍しい魔道具を奪いに来る者が表れると仮定した時、戦闘能力の無いクロジアが持っていたら危ないだろうという考えによるものだった。


 とりあえず、この件はここで落ち着いた事になる。魔道具の製作者に対してこちらから何かをする事は出来ないのだし、今は情報が集まるまで後手に回るしか無い。

 しかし、皆が何度も言って来たように、守り屋がどこかの組織や集団と敵対する事などそれほど珍しい話でもない。いたって普段通りに過ごせばいいのだ。


「そうだ、大事な事を忘れていた」


 と、クロジアは突然立ち上がった。そのまま部屋の隅に置いていた荷物の方へと歩み寄り、それを持ち上げて戻って来る。修理が終わった魔道具などを持ってくる際にいつも使っている鞄とはまた別の肩掛け鞄だ。


「そう言えばまだ、俺からは渡してなかったと思ってな」


 クロジアはその鞄を、シュネスへと差し出した。


「ずいぶん遅れて申し訳ないが、俺からの入職祝いだ」

「私に……? 良いんですか!?」

「俺も半分は守り屋の一員みたいなものだし、遠慮なく受け取ってくれ」

「ありがとうございます!」


 月明かりに負けないくらい明るい顔で、シュネスは鞄を受け取った。シュネスの胴体ほどはある、なかなかに大きな鞄だった。

 さっそく中を覗いてみると、まず視界に飛び込んで来たのは、鞄にすっぽり入る大きさの木箱。蓋を開けた先には、綺麗な赤色をした肉が顔を出した。シュネスだけでなく、一緒になって覗き込んでいた全員が首を傾げた。


「これは何」

「肉だ」


 代表してルジエが訊ねる。返って来たのは至極当然の答えだ。そして、クロジアの声色は少し得意気な様子だった。


「保存状態については問題ない。つい昨晩狩った新鮮な肉だからな。それにその鞄は冷却保存の魔道具になっているから鮮度も保たれているはずだ。あらかじめ臭みも取っているから安心してくれ」

「いや、そういうのを聞いてるんじゃなくて」

「分かってる。もちろんそこらで手に入るただの肉じゃない。絶白の森に生息している中でも特に狩るのが難しいユキシロジカの肉だ。コマサルはおろか他の街や王都ですらほとんど流通していないと聞くし、森で暮らしてる俺でさえもここ三か月は食べられなかった希少種で……うぐっ」


 つらつらと解説している途中で、クロジアはルジエに胸倉を掴まれた。そのまま、僅かに声量を落として詰め寄る。


「だからそうじゃなく……! 女の子への送り物に生肉とかどういう神経してんの!?」

「だから、臭いはしっかり取ってるから移ったりとかは」

「論点はそこじゃなあい!!」

「ぐふっ」


 ルジエの腕力によって、首が締まりかけたクロジアは苦しそうな声を漏らす。その様子を見て、モファナも半笑いで椅子の上であぐらをかいた。


「食べ物を送るにしてもさ、もう少し可愛らしいお菓子とかにしないと。さすがに一般常識が欠けてるよクロジア。ぼくでも肉は渡さない」

「お前にだけは言われたくないと思うぜ」


 発言者が同レベルの世間知らずでなければまともに聞こえたであろうその言葉に、すかさずマストが突っ込んだ。


「そうか、肉はあまり喜ばれないのか」

「なに今知ったみたいな反応してるのよ。動物の肉とか華の無い送り物、センスの欠片も無いじゃない」

「いや、祝いの品として万人に喜ばれるものといえば『美味しいもの』以外が何も浮かばなかったから……」

「だとしてもこの結論は致命的な間違いよ」


 クロジアも馬鹿では無い。モファナの言う通り常識が少し欠けているが馬鹿では無いのだ。ルジエとモファナの反応から、この選択は間違っていたと気付いた。それにシュネスがさっきから一言も声を発していないのが気がかりだった。


「あー、悪いシュネス。今度また別のを……」


 鞄の中身を覗いたままのシュネスへ、ルジエに胸倉を掴まれた姿勢のまま顔を向けたクロジアの言葉が止まる。思わず黙ってしまうほど、シュネスの瞳が輝いていたからだ。


「……シュネス?」

「はっ!? すみません、高級お肉を前にして言葉を失ってしまいました……」


 彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、たくさんの肉が入った鞄をしっかりと両手で抱えていた。


「私にとって暖かいご飯や新鮮な食べ物は、手が届かずともこの目で見る事ができる分、金塊よりも価値のあるものなんです。それも噂話でたまに聞く程度だったユキシロジカの肉がこんなに……本当にありがとうございます、クロジアさん!」


 食べ物は人間が生きていくうえで必要不可欠なものであり、生活の基本だ。そうして当たり前になっているものを、今までのシュネスは人並みに享受する事すら出来なかった。そんな彼女だからこそ、食べ物のありがたみは人一倍理解しているようだ。


「……喜んでくれたなら、良かったよ」


 遠慮や気遣いではない、シュネスの心の底からの笑顔を見たクロジアたちは、常識だのセンスだの言い合っていた自分達がなんとも情けなく感じ、純真無垢な笑顔の前にただ閉口するしかなかった。

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