第22話 しっかり食べなさい
ルジエの学生時代についていろんな話を聞きながら馬車に揺られ、二人はコマサルへ帰って来た。シュネスはもちろん、さすがのルジエにも疲れが見えたが、恐らく剣術学校での連戦よりもコマサル以上の人混みにあてられたのだろう。
「あれ、クロジアさん……?」
帰り際に買ったお土産の焼き菓子を下げて守り屋の前まで帰って来た二人は、ちょうど反対側から歩いて来た黒髪の青年を目撃した。彼の腰にはいつものようにポーチがたくさん並んでおり、肩には大きめの鞄を下げている。彼の方も、二人を目にとめると小さく手を上げた。
「シュネスにルジエ、依頼帰りか。お疲れ様」
「ありがとうございます。クロジアさんも、こんな時間にどうしたんですか?」
陽は既に下へ下へと沈んでいる。星時計での18時を知らせる日の入りの鐘がついさっき鳴った頃だ。クロジアは絶え間なく雪が降り積もる絶白の森で暮らしているので、森から出て来る時はいつも明るい朝方から。暗くなり始めたこの時間帯まで街にいる事は珍しかったりするのだ。
シュネスの問いに、クロジアはポーチの一つをポンポンと叩いて答えた。
「
彼の言葉を聞いて、ルジエの顔が僅かに引き締まる。
「何か分かったの……?」
「驚きの事実が詰まってたぞ。魔道具職人として製作者に嫉妬してしまう程の技術力だった」
「いや、それを真顔で言われてもね……」
クロジアにとっての『驚きの事実』は本当に驚くものなのだろうか。ルジエにはいささか疑問だった。少なくとも彼の表情は驚きなど浮かべておらず、何の情報も読み取れない。
と、思ったのだが。誰かの腹の虫が鳴ったのと同時に、彼の眉がピクリと動いた。
「……すまない。俺だ」
音の主は、少しばかり恥ずかしそうに目を逸らすクロジアだった。
「あなた、また作業に没頭して昼ご飯抜いたとかじゃないでしょうね?」
「……朝と昨晩も抜いた」
「いつか死ぬわよ」
ルジエのストレートな指摘に、ぐうの音も出ない様子のクロジアは目を伏せる。顔の筋肉が仕事をしていない彼だが、その目線や仕草からは意外と感情が読み取りやすいという事を、シュネスは最近気付いた。
「それなら、先に晩ご飯にしましょうか。私も少し休憩したいですし。クロジアさんもご一緒に」
「いいのか? 俺も頂いてしまって」
「もちろんですよ。下準備は多めに済ませておきましたから」
「……シュネスが作ってるのか?」
「はい、最近はほとんど私が料理を……あっ、もしかして不安ですか!?」
クロジアが心配そうな目つきで見ている事を察知し、シュネスは両手を振って反論する。
「大丈夫ですよ! まともなご飯を食べてこなかった私ですが、ルジエさんが教えて下さるおかげで上達してますから! 路地裏ではいくつかの残飯を組み合わせて創作料理だってしてたんですよ! きっと大丈夫です!」
「その話は引き合いに出さない方がいいと思うけど……別に腕を疑ったりとか、そんな失礼な事は考えていないよ。それよりもだ」
クロジアの視線がルジエへと移る。心なしかその目は鋭いような気がした。
「まさか守り屋の仕事だけじゃなく、家事全般まで新人に丸投げしてたりしないよな」
「失礼ね。なんでもシュネスちゃんに押し付けたりしてないわよ。あなた労働環境改善を進める商業ギルドの回し者か何かなの?」
「いいや、ようやく入った新人だったから、こき使ってないかちょっと心配だっただけだ。人手不足を嘆いてた日々の印象が強かったのもあるけど」
「うっ……確かに、忙しい時期は本当に忙しかったから……」
「はは……私は大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
何故だかどんよりした空気になりつつある所を、シュネスの遠慮がちな声が何とか押し留める。
「私は守り屋に来て毎日楽しいですし、お仕事も頑張れてます。ここが私のいるべき場所だって、自信を持って言えますよ」
衣食住が揃っていて、一緒に働く皆も優しく毎日が賑やか。守り屋の仕事は主に受付での作業がほとんどだが、誰かを守るための仕事に変わりは無い。今までもこれからも、やりがいを持って臨めるだろう。
守り屋創設の起源についてルジエに聞いた後だと、そんなシュネスの想いもより一層強かった。
「それに、お料理も私がやりたくて教わってるものですから」
「そうか。それなら協力者としても安心だ」
「さっきの話を聞いてると、私は逆にクロジアさんの健康状態が心配になって来ましたよ。まあ……11年間食生活が崩壊してた私がとても言えた話じゃないですけど」
「いいのよシュネスちゃん。もっと言ってやりなさい!」
苦笑交じりに冗談めかして言うシュネスに、ルジエが乗っかった。
「前にクロジアが倒れた時なんか、魔道具の修理依頼がすごく滞ったんだから」
「ええっ、一度倒れたんですか!?」
「それについては反省してる……とてもすごく」
「本当に反省してたら三食も忘れる事は無いと思うんだけどね?」
「……気を付けます。本当にすみません」
新人の心配をしていた癖に自己管理が全くなっていない事をズバリ突かれ、立つ瀬の無いクロジア。素直に謝った。
「ま、まあ何はともあれ、だ」
咳払いをひとつして、脇道に逸れ過ぎていた話を元に戻す。話題の中心はクロジアの来訪理由であって、食生活についての討論では無いのだ。
「例の魔道具についての収穫はあった。今回はそれについて話そうと思って来たわけだ」
「それは聞きたいけれど、明日でも良かったのに」
「いや、実を言うと作業自体は朝方には終わって、昼過ぎに一度来てたんだ。けれど、あいにく留守だったものだから、適当に街をぶらついてた」
「留守? おかしいわね……昼過ぎっていつぐらい?」
「正午の鐘から2時間ほど――ちょうど三の鐘が鳴った頃だったな。営業時間だし誰かいるかと思ったんだが、忙しいのか誰もいなかった。守り屋は大変みたいだな」
「ええと……それは多分、ちょっと違うかもです」
「え?」
シュネスが何とも言い難いような苦笑を浮かべる横で、ルジエは静かに拳を握っていた。ため息に混じる微かだが確かな怒りを感じ取り、クロジアはおおよその事情を察してしまった。
今日は昼前にヒビニアが守り屋へやって来て、シュネスとルジエは王都に向かった。その際に、モファナとマストには留守番を頼んでいたはずなのだ。ここを出る時点でマストはいなかったが、モファナには二人で待てと伝えたはず。
だが、クロジアが述べた事実を考えるに、二人は完全に職務を放棄したのだろう。ふらふらとどこかへ出かけたに違いない。
しかも、今はきちんと帰って来ているからか、窓から明かりが漏れている。ルジエたちが帰って来る前に戻っていればセーフだとでも思っているのだろうか。あの適当な二人なら十分ありえる。半日剣を振り続けてすっかり調子が良くなったルジエの拳が、パキリと音を立てた。
「帰ったらまずは説教ね」
「る、ルジエさん、せめて力は加減してあげてくださいね」
微笑の裏で業火の如く怒りを燃やすルジエと、怒りのパワーであのマストをも越える拳を繰り出しそうな彼女をおどおどしながらなだめるシュネス。
「……やはり、守り屋は大変みたいだな。本当に」
そんな二人を見て、クロジアは労うようにしみじみと呟いた。
その後、約束を破った自由人二名に説教と共に鉄拳が下ったのは、もはや言うまでもない。
* * *
クロジアも含めて五人でのんびりと夕食を摂り、片付けも終わった後、一同はクロジアの話を聞く為に机を囲んで座っていた。
うち二人、銀髪の少女と青髪の青年が痛そうに頭をさすっていたが、事の顛末を知って気遣う必要なしと判断したクロジアは、それを無視して早速話を始めた。
「まず念頭に置いて欲しいのは、この魔道具は俺よりも優れた技術者によって作られたという事。俺も出来る限りの解明はしたつもりだが、それがこの魔道具の全てではないはずだ」
そんな前置きと共に机へ置かれたのは、金貨よりも小さい黒い石のような物体。つい先日、盗賊連合団に襲われた時にシュネスの胸を貫いた土の剣を生み出したとされる、謎の魔道具だ。
シュネスに大怪我を負わせたこの魔道具については、シュネス自身もあの日の翌日に聞いた。自分を殺しかけた魔道具を前にしても、シュネスは落ち着いた様子でそれを見下ろしていた。トラウマになっていたりしないか心配していたルジエたちは、至って普通のシュネスを見て、密かに安堵する。
「この魔道具が引き起こした一連の現象は、周囲の土を剣の形に束ねて近くにいたシュネスを貫くという物。そして実際に、この魔道具にはその通りの設定が組み込まれていた。具体的には、『周囲の土の取集と圧縮』『剣の生成』『独立した浮遊』『近距離範囲内の人間の探知』『直線移動による刺突攻撃』と、非常に事細かくな。奇襲するためだけに作り出されたようなコレは、
クロジアは黒い小石のような魔道具の外側を外して中身を見せてみるが、シュネスたちは魔道具についてはさっぱりなので、当然何が何やら分かっていない様子。魔道具の中身に関する話は置いておく事にして、クロジアは続けた。
「この魔道具に関して解明できた事は二つだ。一つ目は、さっきも言った通り、コレを作った魔道具職人の腕は相当なものだという事。いや、もっと注意するべきは、そんな人物が守り屋を襲った子悪党集団の裏に潜んでいるかもしれないという所か」
「そうだよな……盗賊らを尋問したっていう警備隊の人に聞いたんだが、やっぱ捕まえたアイツらの中には魔道具を作れるヤツはいなかったみてぇだぜ」
「つまりその魔道具の製作者は、今も牢の中じゃないどこかにいるって事ね」
その人物が守り屋に対して明確に敵対しているのか。それとも、守り屋のように不特定多数の人間および集団に協力をしていて、そのうちの一つがあの盗賊連合だっただけか。
どちらかによって、守り屋が取るべき手段は変わってくる。
盗賊連合団のリーダー的人物だったガーナルという男が言っていた。守り屋を憎んでいる奴はまだまだ大勢いる、と。守り屋を狙う存在が他にもいるという事をほのめかす発言をしていた。
「邪魔者としてだったり商売敵としてだったり、悪人たちに狙われること自体は珍しくも無い。でもそこに凄腕の魔道具職人が
頬杖を突きながら、モファナは魔道具を指でつつく。
「逆探知とか出来ればいいんだけど、無理っぽいね」
「モファナちゃんでも難しいの?」
「うん。製作者の魔力が込められていれば一発なんだけど、その痕跡も無い。所有者を探す魔術を使っても、たぶん出て来るのは盗賊たちだけ。あるいは今の持ち主であるクロジアかもね」
魔術とて万能ではない。これもシュネスには詳しい事は分からない話だが、魔術にもさまざまな条件や制約などがあるのだそう。
「魔道具を調べるだけで作った人をピンポイントで当てられるような魔術は、ぼくの頭の中には無いんだよねー」
「そう簡単にはいかねぇか」
「製作者に関しては、これからも要警戒って感じかしらね」
敵になりうるのかも分からない以上、あまり過剰に気を張っても仕方がない。今後また突っかかって来るであろう誰かが似たような魔道具を使って来るかどうか、その時に確かめてみればいい。
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