第19話 頭は剣で出来ている
「失礼します」
学園長室の前に来たシュネスたちは、ノックをして入室する。扉を開けた先で待っていたのは、剣術学校の制服をさらに豪華にしたような、赤と金色に彩られた服を身に纏う初老の男性。
「守り屋のルジエです。依頼の件について詳しく伺いたく、参りました」
「同じく守り屋のシュネスです。よ、よろしくお願いします」
さすがは歴史ある王立学校の学園長。歳を重ねようとも消えない貫禄が滲み出ている。剣を教える立場だからか、立ち姿は若々しさすら感じるほどスラリとしていた。全く腰が曲がっていない。
「ようこそ来てくださいました、守り屋様」
シワの目立つその顔に、ふっと笑みが浮かんだ。
「とまあ、このくらいでいいかね、ルジエ君。堅苦しいのは苦手じゃ」
「相変わらずですね、学園長」
仕事モードだったルジエも彼の態度を見て破顔する。学園長から溢れ出す大物感は、たちまち親しみやすい明るさへと変わっていた。
「とりあえず座りなされ。ワシの話は長いぞ」
「よく知ってますよ。式典の度に誰かが寝てしまうくらいには長いですものね、学園長のお話」
「ほほ、あれも鍛錬のうちじゃよ」
「出来れば今日は手短にお願いしますね」
そんな冗談を言い合いながら、部屋の中央にあるテーブルを挟んで向かい合わせに置かれているソファーに腰を下ろす。ルジエが小さく手招いたのを見て、座っていいものかと判断に迷っていたシュネスも隣に座る。
「ヒビニア君、すまなかったね、鍛錬中にお使いを頼んで。もう戻っても大丈夫じゃよ」
「いえ、ルジエ先輩に会えて嬉しかったので問題ないです。むしろありがとうございました! 失礼します!」
学園長室ともあって在校生のヒビニアはシュネスよりも緊張している感じだったが、最後には嬉しそうな顔で本心を口にし、部屋を後にした。
「それで、依頼についてじゃが……」
向かいのソファーに座った学園長は、白い髭をさすりながらさっそく話を切り出す。
「手紙にも書いた通り、とある生徒の度が過ぎる言動に目が余ってな」
「ヒビニアちゃんから聞きました。マラガス君という、首席卒業候補の男子生徒ですね」
「うむ。ルジエ君は知ってるじゃろうが、ここの教員は実力主義者が多く、彼の行動に目を瞑る者も多い。そうでない教員で彼を叱ろうとも、全く反省する素振りも見せぬのじゃ」
生徒が先生の言う事を聞かないというのは割とよくある話だ。マラガスという生徒も、学校では一番である自分の実力に酔いしれ、人の話など聞く耳を持たないのだろう。
「それで私に懲らしめて欲しいと」
「その通りじゃ。それに素行不良とはいえ、マラガス君の実力は本物じゃ。もしもこの先、彼が取り返しのつかない失敗をしてしまったらと思うと……素晴らしい才能を持っておるというのに、ちょっとした若気の至りによって彼の人生に傷が付いてしまうというのは可哀想じゃからな」
生徒を憂う教育者の顔で、学園長は俯く。しかしすぐに顔をあげ、ルジエへ頼み込んだ。
「マラガス君とて、ルジエ君の話は知っているはず。ルジエ君が在学していた時は二つ下の学年じゃったから、その目で君の剣技を見たやもしれん。そんな、彼の中でも『最強』であろうルジエ君に、是非とも頼みたいという訳じゃ」
「……なるほど。事情は分かりました」
話が終わると、ルジエは立ち上がり、学園長へ力強く答えた。
「校内の治安とマラガス君の将来を守るため。その依頼、引き受けましょう」
* * *
場所は変わって、校舎の前にある広大なグラウンド。その中央にある、白い石で出来た大きな正方形の闘技台のような場所に、ルジエは一人佇んでいた。
ステージの周囲には校内の生徒ほぼ全員が集まっており、何が始まるのかと不思議そうにステージ上のルジエを見ていた。シュネスと学園長もその最前列に立っている。
そして、教師であろう一人の男性がステージに上がり、ルジエを示しながら声を張り上げた。
「今日は卒業生の一人、皆も知っているであろうルジエさんに来てもらいました! 彼女の厚意で、今日だけ特別に実戦形式で稽古をつけてくれるそうです!」
男性教師の声に、生徒達から歓声が沸き上がる。どうやらルジエは相当人気のようだ。まるで何かの大会の選手紹介かのような熱狂だった。
ステージ上で説明をしている男性教師は、学園長が依頼についての事情を話したいくつかの教員の一人だ。卒業生とはいえ外から急にやって来たルジエが、いち生徒であるマラガスにいきなり戦いを挑むのは不自然だろうという考えで、今回は特別授業という体裁で戦いの場を設けたのだ。
「腕に自信がある子はどんどん来なさい! 相手になってあげるわ!」
「お願いします!!」
「私もルジエ先輩と戦いたい!!」
「俺も! 次は俺だ!!」
剣を掲げて堂々と告げるルジエに、多くの生徒が名乗りを上げた。彼らは教師達に整列させられながら、一人ずつルジエと戦う事になった。
剣術学校の生徒たちと剣を交えるルジエの姿は、素人のシュネスから見ても美しく洗練されたものだと理解出来た。相手からの攻撃を正確にいなしつつ、軽やかな足取りで間合に踏み込んで剣を振るう。滑らかかつ力強い動きだった。
先日、盗賊連合団に襲われた時のルジエは宝剣片手に全力で暴れていたが、彼女の一対一での純粋な剣技を見るのは、シュネスにとっては始めての事。ルジエから預かった宝剣を大事に抱きかかえながら観戦しているシュネスは、勇ましくも美しい彼女の戦いぶりに見入っていた。陽光を照らし煌めく剣の軌跡と、波打つように舞う長い赤髪に見惚れていた。
彼女が持っているのはいつもの宝剣ではなく、学校が模擬戦で用いるごく普通の長剣。それでもその強さは健在だった。真に熟練した者は、どんな剣でさえも最高の相棒にしてしまう。今の彼女はそれを体現していた。
模擬戦が終わると、ルジエは戦った生徒に対して一人一人にアドバイスをしていた。彼女がただ技量があるだけでなく人に教える事も上手なのは、ルジエから守り屋の仕事を教わっているシュネスもよく分かっている。教わった生徒達も皆が嬉しそうに礼をしていた。
そして、五人目の生徒との模擬戦が終わった時。最前列で見ていたひとりの男子生徒が新たに名乗りを上げた。
「先輩、次は俺と戦ってくれますか?」
灰色の髪をした少年だった。背が高く、全体的にスラリとした体つきだ。白い闘技場に上がるその足取りに、迷いや緊張のようなものは感じられない。
「ようやく彼の番じゃな」
「まさか、あの人が……」
隣の学園長の声を聞き、シュネスはルジエの前に立った男を見る。
王立ソルド剣術学校首席卒業候補生、マラガス。今回の依頼は、自らの力を鼻にかけ好き勝手する彼を正す事。つまり、ここからが本命の戦いだ。
「言っておきますけど、後輩だからって油断しない方が良いっすよ。俺、ここでは最強なんで」
不敵な笑みを浮かべて、鞘から剣を抜き放つマラガス。対してルジエも、余裕を感じさせる笑みでそれに応えた。
「噂は耳にしているわ。首席候補ですってね」
「ええそれはもう。歴代最優秀っていう先輩の記録も、俺が塗り替えてさしあげますよ」
「そう。それは楽しみね」
ルジエも剣を構える。数メートル離れた所で構えを取るマラガスの目を見て、視線だけで告げた。どこからでもかかってこい、と。
マラガスは大きく踏み出した。一瞬でルジエへと肉薄し、彼女の左肩を狙うように横なぎに剣を振るう。ルジエはそれを剣の腹で受け、そのまま姿勢を斜めにして受け流す。この一撃に体重を乗せすぎていたのなら、ここでバランスを崩されて前のめりになる所だったが、マラガスは素早く反応した。
受け流された斬撃を逆になぞるように、剣を振り上げた。右から来るその一撃を、僅かに剣を触れさせる事で弾くルジエ。そのまま、マラガスの連撃は立て続けに繰り出される。軽やかに剣を振り回す彼の動きは、大胆なようで隙が少ない。外野から見れば、あのルジエが押されているようにも見える。
「なかなか良い動きじゃない」
ある所で、ルジエは反撃に出た。こちらへ踏み込むマラガスに対抗するように、彼女も一歩前へ。縦に振り下ろされる彼の剣を身を捻って躱し、素早い動きで剣を突き出す。だが、マラガスには難なく躱された。
素早く自身の元へ剣を引き戻し、今度は大きく振りかぶって振り下ろす。だが、彼に届く前に防がれる。
「先輩の戦い方や動きの癖は、今までの五戦を見て完璧に把握しましたよ」
鍔迫り合いの中、マラガスが笑みと共に言う。
「相手からの剣は大きく弾くのではなく最小限の動きでいなし、攻める時も小さく素早い動きで剣を振る。たまにわざと大胆に動いてみせるのは、そこに続く小さな動きとの緩急で相手の呼吸を乱すため。こんな所ですね」
ルジエと生徒との戦いは当然、この場にいる全員が見ているので、挑戦者は後になればなるほどルジエの動きを学習する事ができる。今までの五回の戦いを見て、マラガスはルジエの戦闘スタイルをほぼ完璧に記憶していたのだ。
「卒業後も語り継がれる先輩の実力はどんなものかと期待していたんですが、やはり俺の方が上だったみたいですねぇ!」
彼の言葉、表情、剣にかかる重さまでもが、彼の絶対的な自信を裏付けるかのように力強い。そんな生徒を見て、ルジエは笑みを作った。
「その観察眼と剣の重さ、さすが主席候補さんね。無理して
「何……?」
剣を重ねた状態から離れ、後ろに距離を置くマラガス。ルジエは気持ちを切り替えるように、その場で空を斬った。
「私の動きを見切って正確に対処してみせたあなたの実力は認めるわ。でも、先輩への言葉遣いがなってないわね」
「必要あります? ここでは、剣術が優れている人間こそが全てにおいて上。ならば最強である俺が、誰かにかしこまる必要なんて無いんすよ」
「……なるほど。あなたの考え方、剣筋と全く同じね。良く言えば真っ直ぐで力強い。悪く言えば直情的で高圧的」
ルジエは再び剣を構える。その姿勢を見て、マラガスは眉をひそめた。今まで見た彼女本来の構えとは、全くの『別物』だったからだ。
「悪いけど、思考が剣に現れている内は、私には及ばないわ」
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