第18話 生まれも育ちも雰囲気でごまかせ

 無事に手紙を見つけたシュネスたちが店の中に戻った時、ちょうどルジエがカウンターに入って来た。既に寝間着から受け付け用の服に着替えている。


「あれ、ルジエさん。もう起きたんですか?」

「あんまり寝れなくてね。疲れは取れたから大丈夫よ」


 4時間ほどしか寝ていないが、ルジエにとっては慣れたものなのかもしれない。彼女の言う通り、すっかり平気そうな顔だった。


「る、ルジエ先輩……本物だ……」


 そして、ヒビニアはそんな彼女を見て固まっていた。


「あ、あの! 握手してもいいですか!?」

「え? 別に構わないけど」

「ありがとうございますっ! ふふ、みんなに自慢しちゃおー」


 戸惑うルジエの手を取って、ヒビニアは嬉しそうに両手を振った。無邪気な子供のように目が輝いている。


「あら、その制服……あなたソルドの生徒さん?」

「はい! ヒビニアです! 学園長の使いで参りました!」


 手を放したヒビニアは、学園長からの依頼が書かれてあるという手紙をルジエに差し出した。ルジエはかつて通っていた学校からの依頼と知り、意外そうに眉を持ち上げる。


「ねえお客さん、もしかしてルジエって有名人なの?」


 ルジエが手紙を読み始めた傍らで、モファナはルジエと同郷とも言えるヒビニアに、興味本位で尋ねてみる。ヒビニアは目を輝かせたままぐるりと振り向いた。


「はい! 全科目歴代最高得点で首席卒業を果たした優等生として、今もなお語り継がれている超すごいエリートな先輩なんですよ!」

「首席卒業……やっぱりすごい人なんだ、ルジエさん」


 ヒビニアの熱を帯びた解説にシュネスは感嘆の声を漏らす。しっかり者で仕事がはやく、人当たりも良い。おまけに凄まじい剣の腕は、間近で見たシュネスもよく知っている。


「それだけじゃありません。ソルド剣術学校を卒業した生徒の大半は王国騎士団に入るんですが、ルジエ先輩は違いました。騎士団としても超一流大出世コースを歩めるほどの圧倒的な実力を持っていながら自らのご意思で独立する道を選んだんです! かっこよくないですか!?」

「う、うん。そだねー……」


 こちらから聞いておきながら若干引き気味のモファナ。どうやらヒビニアは、ルジエの事をとても尊敬しているようだ。


 先ほど彼女は、『守り屋は裏社会と繋がっている』という噂が学園で流れていると言っていた。そして実際、入って来た時は緊張していたし物凄く怯えていた事を見るに、彼女もその噂を少しは真に受けているのだろう。


 そんな怪しい場所に出向いてまで彼女はルジエに会いたかったのだろうか。だとすれば、ヒビニアがどれだけ尊敬する大先輩に会いたかったのかがよく分かる。なんとも微笑ましい後輩である。


「それで、ルジエさん。依頼はどんな感じですか?」

「えーっとね」


 手紙を読み終えたらしきルジエは、顔を上げてシュネスたちを見渡す。


「要約すると、『今年の首席卒業候補生が調子に乗ってるからお灸をすえて欲しい』って。私を指名しての依頼よ」

「首席候補……あぁー、彼ですか……」

「知ってるの?」


 ルジエの問いにこくりと頷くヒビニア。思い出したくないと言外に訴えかけるような顔でこう続けた。


「マラガスっていう、四年の男子です。卒業まで残り半年ですが、首席卒業はほぼ確実だと言われている実力者なんです」

「へぇ、強いの?」

「かなり強いです。そして、それを鼻にかけるいやーなヤツなんですよ。成績は優秀なのにとにかく性格が悪いんです。自分の実力を見せつけるために、稽古と称していろんな下級生をボコボコにしたり、同級生を平気で見下したり。私も一度嫌味を言われてからは近づかないようにしてます」

「なるほどね。でも、そういう悪ガキのしつけって先生がどうにかするものなんじゃないの? どうして守り屋に?」


 モファナのもっともな質問に、苦い顔をして答えるのはルジエだった。


「ソルド剣術学校の教員はいろいろでね、真っ当な指導をしてくれる良い先生もいれば、剣術の技量さえあれば他はどれだけ素行が悪くても許しちゃうような、実力しか見ない先生もいるの。それも割合は後者の方が多い。毎年多くの王国騎士を輩出している学校っていうのもあって、どうしても実力第一の教育方針がまかり通ってしまうのよねぇ」

「それで、卒業生であり校内でも有名なルジエさんにコテンパンにしてもらおう、って依頼なんですか」

「そんな感じみたいね」


 やれやれ、とため息をつくルジエ。それから踵を返して、仕切りで区切られたリビングへと向かった。


「ちょっと待って頂戴、すぐに支度するから」

「え、今から行くんですか?」

「問題児の教育なら早い方がいいでしょう? 学園長には何かとお世話になったし、困ってるなら力になりたいしね」

「情に厚い正義のお心……さすがです、ルジエ先輩!!」


 奥へ消えていくルジエの背中を、尊敬の眼差しで見つめるヒビニア。

 シュネスの優しい接客と憧れの先輩であるルジエの姿をその目で見た感動により、ヒビニアの頭の中から『守り屋は怪しい場所』という噂は綺麗サッパリ消え去っていたようだ。





 *     *     *





 王都ミレニアム。

 ナカーズ王国の中央に位置する、王国内で一番の面積をもつ首都だ。人口も多く、さまざまな商業施設や教育機関、さらに文化的遺産として旧時代の建物も数多く残されている。そして目立つのは何と言っても大きくそびえ立つ王城。そのどれもが、コマサルには無いもの、あったとしてもスケールが段違いのものばかりだった。


「うわぁ、人でいっぱい……」


 そんな王都に、シュネス達は来ていた。今回はルジエを指名しての依頼だったのだが、王都に行った事のないシュネスにとってはちょうどいい機会だからと、ルジエが連れて来たのだ。もちろん、案内役としてヒビニアも一緒だ。


「こんなに人とすれ違ってると、万が一鞄からお金が無くなってもすぐには気付かないんだろうなぁ」

「シュネスちゃん、スリモードが出てるわよ」

「はっ」


 ルジエに指摘され、長年の癖で盗みを働きかけていたシュネスは我に返る。

 比較的綺麗で裕福そうな装いで、かつ無防備な人たちを見つけると、無意識にスリの算段を始めてしまっていた。


「すみません、つい……」

「いいのよ。長年の習慣は抜けないものだしね。私も卒業してからもう2年も経つのに、体が学校への道を覚えているもの」

「さすが先輩です。私の案内もいりませんね」


 迷いの無い足取りで進むルジエたち。馬車の停留所から徒歩十数分ほどで、目的の王立ソルド剣術学校に辿り着いた。

 広大な敷地と、厳かな雰囲気を漂わせる大きな校舎。それを取り囲む高い柵とその周辺には、魔道具と思しき警備装置がいくつも配置されていた。


 これまた大きな門の前に立つ警備員に、依頼の手紙に同封されてあった入場許可証を見せて中に入る。どうやら学校から支給される剣は通行証の役割も果たしているようで、ヒビニアは腰に下げている剣を見せるだけで通してくれた。魔道具でもある剣の鞘に刻まれた模様から、個人を特定できる仕組みらしい。


「四年制の学校で、全校生徒は今や500人を超えています。王国中から……いえ、国の外からも入学希望者が集まるほどの、歴史と評判のある名門校なんですよ!」

「すごい……! これが王都の剣術学校!」


 当然ながら学校にも通った事のないシュネスにとっては、一生踏み入る事は無いと思っていた場所。夢に見る事すら無かった場所だ。仕事で来たとはいえ、そんな所に足を踏み入れた事に感動していた。


「さあ、学園長室はこちらです」


 ヒビニアに案内されて、シュネスとルジエは校内を歩く。外観だけでなく、校内も整備が行き届いている美しい造りだった。

 その途中でも――いや、思えば敷地内に入った時からそうだ。シュネスは四方八方から視線を感じていた。


(何かすごい見られてる……やっぱり、ルジエさん人気者なんだなぁ)


 ある者はすれ違いざまに視線を向け、ある者は教室から身を乗り出して。校内にいる生徒のほとんとがヒビニアに続いて歩く二人を眺めていた。


 誰も彼もが高そうな制服を着こなしてるし、顔立ちも体格も良い。きっとお金持ちや地位の高い令息や令嬢なんだろうな、とシュネスは視線を合わせないように真っ直ぐ前を見ながら考えていた。


「ねえ、あれルジエ先輩だよね。歴代最強の卒業生っていうあの」「何の用事だろ……話しかけていいかな?」「てか、何でヒビニアが一緒に?」「後ろの子だれかな。髪長いね」「もしかして来年の新入生? 学校見学に来てるとか?」「でも若くない? まだ12歳とかそこらでしょ」「可愛い子なのに変わりは無い。今のうちに仲良くなっておいて損はないのでは……!?」


 視線と共に微かに聞こえるささやき声。シュネスは落ちたお金の音を聞き逃さないよう聴力を鍛えた事を初めて後悔した。


(あれ、むしろルジエさんより私の方が注目されてる……!?)


 1ヶ月前までスリをしたりゴミを漁って生きていたようなシュネスが、こんな高貴な空気に慣れてるはずもない。奇異の目を向けられるのには慣れているが、興味を持たれて注目の的になった事は無いのだ。


 一気に緊張が押し寄せて来た。守り屋の仕事として来ているのだから、ここでヘマをすれば守り屋全体のイメージダウンにつながりかねない。今の自分は守り屋の看板を背負って王都に出向いているのだ。大役である。


 人生の三分の二を路地裏で過ごして来た浮浪児オーラを精一杯押し殺して、シュネスは出来る限りしっかりした雰囲気を出して歩いた。幸い、仕事のできる強い女性で、実際にこの学校の卒業生であるルジエが隣にいるのだ。彼女の『高貴な雰囲気』を真似するように、シュネスは頑張って背筋を伸ばす。


 そんなシュネスだったが、周囲の生徒たちからは『姉に追い付こうと精一杯背伸びをしている妹』のような、ちょっと不器用で可愛らしい小動物を見るような目を向けられていた。

 周りに浮かないようにする彼女の目論みは完全に失敗しているのだが、本人は当然、気付いてもいない。

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