第14話 信じる者から救われる

「傷は塞いだし血も止めた……何で起きないの!?」


 倒れるシュネスの手を両手で握りしめながら、モファナは焦る。


 ほんの一瞬目を離したらシュネスが倒れていた。それも背中から突き刺さった剣の刃が胸から飛び出て、おびただしい量の血が流れていたのだ。剣を抜き、すぐに治癒魔術をかけたので一命は取り留めた……はずだ。


 血なんて仕事では何度も見ているのに、流す人が違うだけでこんなにも動揺してしまう。いくら死線を潜り抜けた魔術師だとしても、モファナもまだ15歳の少女なのだ。モファナにしては珍しく、感情が上手く纏まっていなかった。そんな彼女の傍で、ルジエは寄りそうように無言のまま佇んでいる。


「クソ、何なんだこの剣は……」


 マストはいくらか冷静だ。モファナの回復魔術にかかれば、既に死んでない限り人は死なない。そう信じているからだろう。


 彼はシュネスを貫いた剣を持ち上げる。その剣は、土を固めたかのように柄から剣先まで全てが濁った茶色をしていた。鍔の中央に埋め込まれていたモノを見て、目を丸くする。


「これ、シュネスが拾ってたちっこい魔道具じゃねぇか……!!」


 石のような小さな魔道具。確かに無かったはずの剣が突然現れ、ひとりでに動き、シュネスへ突き刺さった。それも全て、この魔道具の効果なのだろうか。


 試しに剣先をへし折ってみると、剣から離れた部分はボロボロに崩れ、ただの土となって地面に落ちた。どうやら色が似てるだけじゃなく、剣そのものが土で出来ているらしかった。


「あの盗賊連合の仕業か……姑息なマネしやがって」


 握り潰そうとしたが、すんでの所で思いとどまる。ここで壊してしまうより、クロジアに預けて調べてもらった方がいい。何か分かるかもしれないし、もし盗賊連合団の更なる仲間がいると分かった場合には、シュネスがやられた分、きちんとお礼参りをしてやらなければならない。マストは土でできた剣の部分を砕き、魔道具本体をポケットに仕舞いこんだ。


「あ、シュネスちゃん!!」


 ルジエの声を聞いて、マストも彼女達のもとに駆ける。三人が見守る中、シュネスの体がゆっくりと動き出す。まるで胸の辺りから見えない糸で引っ張られているかのように、不自然な挙動で体が持ち上がっていた。


「シュネス、どうしたの……?」


 モファナが声をかけるも、返事は来ない。この現象はモファナの魔術によるものでは無かった。シュネスは未だ目を閉じ、顔だけ見れば眠っているかのように思える。


 突然、シュネスの体が光を放った。まるで膨大な力を解き放つかのように、彼女の周囲に莫大な衝撃と共に光がまき散らされる。

 一瞬のうちに視界は光で埋め尽くされ、衝撃波による爆音が轟き、地面を揺るがした。


 森の外からも見えるほどの、大爆発だった。





     *     *     *





 心地よい風に頬を撫でられて、シュネスは目を覚ました。反対側の頬にはザリザリとした砂の感触。どうやら外で寝ているらしい。


「……っ!!」


 頭が冴えて来ると、眠る直前の記憶が脳内を駆け巡った。弾かれるように上体を起こし、自分の胸と背中を触る。


「あれ……?」


 服は破れているが、傷は完璧に塞がっていた。

 確かに自分は剣に貫かれていたはずだ。何となくでしか分からないが、自分の事だからこそ、感覚で分かる。あれは確実に死ぬと思ったのだが……。


「どうなって……えぇ!?」


 しかし、その疑問が解決するより先に、更なる異変が視界に飛び込んで来た。

 辺り一帯の木々が全て消し飛び、シュネスが寝ていた場所を中心にして巨大なクレーター状に地面が陥没していたのだ。まるで強大な爆破魔術でも使ったかのように。


「な、何これ!? 何があったの!?」

「生きてた!! シュネスー!!」

「わっ!」


 モファナの声が聞こえたと思ったら、いきなり真横から飛びつかれた。立ち上がったはずのシュネスは押し倒されるように再び地面に背を付けた。


「良かったー! 生きてたぁ!」

「モファナちゃん、泣いてる!?」

「だって死んじゃったかと思ったんだもん!!」


 シュネスに抱き着きながら涙を流すモファナを見て、シュネスも彼女の背中に手を回した。


「ごめんね、心配かけて」

「謝るのはぼくの方だよ! 守るって言っておきながら守れなかったんだもん!!」

「でも、私も不注意だったし、モファナちゃんは十分――」

「シュネスは悪くない! 全部ぼくが悪いんだよぉー!!」


 これはなかなか折れてくれなさそうだ。とりあえず起き上がったシュネスは、なおも涙を流しながらくっついたままのモファナに笑みを零した。

 自分が死にそうになった時、こんなにも自分の事を心配してくれる人がいる。シュネスにはそれがとても嬉しかった。


「シュネスちゃん! 大丈夫ー!?」

「無事だったか!!」

「ルジエさん、マストさん。私はこの通り大丈夫ですよ」


 駆け付けた二人も、シュネスを見て安堵のため息をつく。


「それで、その……は何なんですか?」


 シュネスは爆心地のような有様の辺りを見回して言う。するとルジエとマストは、顔を見合わせるなり逆に尋ねて来た。


「覚えてないの……?」

「え……? 剣で刺されて気絶して……起きたら、こうなってました。私が眠ってる間に何かがあったのかと思ったんですけど、違うんですか?」

「眠ってる間に、ね……」

「え、何ですかその意味深な反応」


 口元に手を当てて考え込むように俯くルジエ。シュネスは続く言葉を待ったが、彼女が何かを言い出すより先に、マストがため息をついた。


「ま、細かい話は後でいいんじゃね? まずは盗賊たちを警備隊に突き出してからでいいだろ」

「あ……そう言えば、その盗賊たちも無事なんですか?」

「おう。まあ簡潔に話すとここで大爆発があったワケなんだが、モファナの防御魔術でなんとかみんな無事だぜ」

「だ、大爆発……ほんとに何があったんですかここ」

「さあ、俺にも分からん。ヤベェ魔道具でも埋まってたのかもな」


 マストはそう軽く受け止めているらしいが、シュネスは森の被害を目の当たりにして、こんな威力の魔道具もあるのかと戦慄していた。実際の原因は魔道具などでは無いのだが、今の彼女は知る由もない。


「君達、大丈夫か! ここで何があった!?」


 と、その時。遠くから近づいて来る人影があった。全部で五人ほど。その内の一人の男性がこちらに走って来た。


「あら、運がいいわね」


 ルジエがそう呟いたのは、男性が着ていた服が都市警備隊の制服だったからだ。先ほどの爆発を聞いてやって来たのだろう。この森にはコマサルとミナニールを繋ぐ道が走っているし、人的被害が出ている可能性もある。警備隊が駆け付けるのも納得できる。


「って、君達はもしかして、守り屋じゃないか!?」

「私たちの顔を知ってるって事はコマサルの警備隊かしら? だとしたらちょうどいいわ。ちょっと大規模な盗賊団に襲われて、今から連れて行こうと思ってたのよ」

「そ、そうでしたか……分かりました。彼らの身柄はお預かりします」


 相手が守り屋だと気付くと、急にかしこまる警備隊の男性。守り屋には丁寧に接するべきだとでも教わっているのだろうか。


「それと、お話を伺いたいので、よろしければご同行を願えますか?」

「うーん、そうしたいのはやまやまなんだけど……一度店に戻ってからでいいかしら? 大怪我したばかりの子と、物凄く泣いてる子がいるから」


 そう言われ、ルジエの背後にいるシュネスとモファナをちらりと見やる警備隊の男性。「ああ……」と何かを察したような顔をして、すぐさまルジエの方へ向き直った。


「分かりました。それでは、後ほど詰め所にお立ち寄り下さい」


 言い終わると男性は短く敬礼し、他の警備隊員に目配せをする。警備隊の人達が盗賊たちの回収を始めたのを見て、ルジエは小さく息を吐いた。


「さ、帰りましょうか」

「あの……警備隊の方に話をするのでしたら、私は今すぐでも構いませんよ? 剣の傷も完治してますし」

「だめ!」


 シュネスは控えめにそう言うが、彼女の腕にしがみつくモファナが許さない。既に涙は止まりかけていたが、頑なな意思は相変わらずだ。


「今日の仕事は終わりだよ! シュネスは安静にして!」

「えぇ……モファナちゃん、まだ昼過ぎだよ? 依頼の受付まだ出来るんじゃ」

「今日は臨時休業!!」

「ハハハッ! その様子じゃあ3日はべったりだな」


 幼児退行したかのように頑固なモファナを見て、マストは声を上げて笑う。

 目を離した一瞬の隙にやられたのがよほど精神的に応えてるのか、モファナはシュネスから目を離さないどころかずっとくっついている。


 一見すれば微笑ましい光景だが、シュネスからすればそんなに心配をかけていたのか、モファナのトラウマになったりしてないか……と、こちらもこちらで心配していたりする。


 斯くして、予想外の出来事に見舞われた守り屋の依頼は、結果的には無事に終わったのだった。

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