第13話 少数精鋭を地で行くやつら

「ぼくたちに全部まかせて」


 左手でシュネスの手を握るモファナは自信満々に笑った。そして右手で本を広げ、無邪気な声で叫ぶ。


「ちゃちゃっと焼き尽くしちゃおう!!」


 モファナの正面にいくつもの巨大な魔法陣が描かれ、濁流の如く炎が溢れ出した。森の木々もろとも盗賊たちを飲みこんだ紅蓮の炎は、次いで放たれた津波によってすぐに鎮火された。


「これで火事の心配は無いね」

「す、すごい……」


 ものの数秒で盗賊たちの四分の一ほどが無力化されてしまった。もちろん加減をしたので殺してはいないが、少なくとも起き上がれはしないだろう。

 その大規模な早業に感嘆するシュネスだったが、モファナの意識は既に盗賊たちから外れていた。


「あ、マストー! 魔獣から盗賊に変更になったけど、どっちが多く狩れるかの勝負は継続だからね!」

「忘れてねぇよ! 俺も負けらんねぇぜ!」


 言葉はモファナへ、そして拳は盗賊へとぶつけるマスト。拳ひとつで大男を沈め、蹴りひとつで剣をもへし折る。さらには乱立する木々を蹴って飛び移り、跳ねまわるように森を舞う。その戦いぶりは豪快の一言だった。


「クソッ、守り屋やっぱ強ぇ!」

「怯むな! 第二陣、突撃だ!!」


 どこに隠れていたのか、奥からさらに三十人ほどの援軍がやって来た。


「ハハハ!! 俺たちはひとつの盗賊団じゃねぇ、いくつもの盗賊と手を組んで結成された大所帯だ! 人手不足だからって使えない新人を入れるような奴らなど、数で押し切れェ!!」


 魔術が使える者もいるのだろう。剣を振るうルジエのもとへ、数多の火球が壁のように押し寄せて来た。剣士では魔術攻撃を捌き切れないと踏んでの攻撃だ。しかし。


「今、うちのシュネスちゃんを馬鹿にしたわね?」


 一閃。黒い刃が炎を薙いだ。

 迫りくる炎は真っ二つに斬り伏せられ、爆風と共に散った。


「な、何だあの女!? 炎を斬りやがった!?」

「手を止めるな! 畳み掛け――」


 剣に負けず劣らずの鋭い視線で盗賊たちを睨むルジエは、彼らの言葉を最後まで待たなかった。一瞬で間合まで踏み込み、握る『宝剣』が黒い耀きを帯びる。


「シュネスちゃんはね……ここの誰よりも、仕事の出来るいい子なのよッ!!」


 ルジエは大声と共に、黒い力を纏った剣を頭の上まで持ち上げ、一気に振り下ろした。盗賊たちの足元に黒い剣が叩きつけられる。

 まるで巨大な槌を打ち付けたかのように地面に亀裂が走り、一瞬遅れて巨大な衝撃波が盗賊たちを襲った。


「シュネスちゃんは可愛くてっ、健気でっ、頑張り屋なのよぉっ!!」


 まるでかけ声のようにシュネスへの想いを叫びながら剣を振るルジエ。彼女が一振りするたびに黒い力の刃が木々を斬り飛ばし、盗賊たちの武器を破壊し、本人たちを吹き飛ばしていく。


「うわー。ルジエってば、久々に暴れてんねー」

「うぅ……嬉しいような恥ずかしいような……」


 面白そうに呟くモファナの横では、彼女の手を握りながらシュネスが顔を赤らめていた。

 完全によそ見をしているように見えるモファナだが、背後から忍び寄る男の斬撃を見向きもせずに障壁魔術で防ぎ、ルジエの戦いを眺める片手間で電撃を浴びせたりしていた。


 マストの方もほとんど倒し切ったのか、意識を失った男たちを一か所にまとめながら、ルジエの方をちらりと見やる。


「あんたで最後よ!」

「ぶへぁっ!!」


 そして、盗賊連合団リーダーであるガーナルの頭を剣の腹でぶん殴り、その場に静めるルジエ。彼のローブはボロボロに引き裂かれ、内側に隠し持っていた短剣も全て切り刻まれていた。


「ルジエー、終わったー?」


 シュネスと手を繋いだまま、モファナは呑気に歩いて来た。


「ええ。二人の方は?」

「とっくに終わったよ。あっさりね」

「こっちもだ。数が多いだけで、どれも骨のねぇ奴らだったぜ」


 腕をグルグルと回しながらマストも余裕そうに言う。総勢五十人はいただろうか。それだけの人数相手でも、守り屋の三人は遅れを取らない。それどころか、終始圧倒していた。


「それじゃ、全員身ぐるみ剥いで連行ね」

「やっぱり身ぐるみは剥ぐんだね……」

「迷惑料だよ迷惑料」


 モファナはまだ意識が残っている者から魔術で眠らせ、懐を漁って金目の物を回収していく。もはやどっちが盗賊か分からない絵面だった。


 モファナの手が離れたシュネスは少しだけ名残惜しそうにしていたが、震えも止まった事だし、気持ちを切り替えて盗賊の拘束を手伝う事にした。モファナが魔術で作った植物の縄で、気絶した盗賊を縛っていく。


「く、クソぉ……」


 うつ伏せで倒れたガーナルのうめき声が零れる。しかし次の瞬間には、目の前の地面に黒い剣が突き刺された。これ以上動いたら次は串刺しにするぞと言わんばかりの気迫が、彼を見下ろすルジエから降り注いでいる。更には起き上がれないようマストが背中に乗ってあぐらをかいた。


「お前ら守り屋が、いるせいで……俺たちは、安心して盗みが出来ねぇんだよ……」

「まだ諦めてねぇのか。根性あるなー」

「ああ、諦めねぇさ。俺らはまだ、終わったわけじゃねぇからな……」

「は?」


 声を絞り出すガーナルは、痛みに顔を歪めながらも、口元には笑みを浮かべていた。


「言っただろ? お前らを憎んでる奴は大勢いるってな……。今に『奴ら』がお前ら守り屋を――」

「うるせ」


 ゴンッ! と鈍い音を響かせ、マストの拳はガーナルを眠らせた。


「こいつ何か言いかけてなかった? 殴るのは聞いてからにした方が良かったんじゃないかしら」

「マジか。全然聞いてなかったわ。まあ尋問は警備隊の奴らがやってくれるだろ」


 ガーナルは特に念入りに縛り上げ、ほっと息をつくマストとルジエ。遠くから手を振るシュネスの声が聞こえた。


「盗賊団の人、全員拘束しましたよー!」

「おお、手際いいな。さすがシュネス」

「ぼくも少しは手伝ったんだけど?」


 金目の物を詰め込んだ大きな袋を両手で持ってくるモファナも合流する。本当に手伝っていたかどうかは怪しい所である。


 モファナ、マスト、ルジエがそれぞれ好き勝手暴れたせいで森の一部は酷い有様だったが、そのおかげでシュネスも含め四人全員が無事だった。魔獣の群れが出たという報告自体が盗賊連合団の噓だったので、これ以上ここに留まる理由もない。


「ささ、帰ろう帰ろう。こいつら運ぶの面倒だけど」

「俺が先に走って警備隊呼んでくるか?」

「それもいいわね。シュネスちゃん、一旦コマサルに帰るわよー!」

「あ、はい!」


 少し離れた所で盗賊たちを一か所に転がしていたシュネスも、返事をして三人のもとへ走り出す。


 その足は、一歩踏み出した所で止まった。


「……っ!」


 一瞬、感覚すらも飛んでいた。何の前触れも無く、気付いた時には背中から胸へかけて不快感と痛みが溢れ出した。

 視線を落とすと、土を固めて作ったかのような濁った茶色の刃が、胸から飛び出ていた。


(なに、これ……?)


 体が熱い。背中と胸が焼けるような熱さと痛みを放つ。次いで口から出たのは、叫び声などではなく赤い血。自分の血だ。

 それを認識したのと同時に、その場に倒れていた。霞む意識を振り絞って、どうにか横向きに倒れることには成功した。だが、そこから体は動かない。


「シュネス!? どうしたの!?」

「剣が貫通してるぞ! どっからの攻撃だ!?」


 慌てて駆け寄るモファナたちの声が聞こえる。目の焦点が合わなくなってきた。視界がぼやける。霞む。意識が離れていく。


 ――これは何だろうか。夢なのか。現実なのか。痛い。何が起こったのか。胸が熱い。他のみんなは無事なのか。苦しい。ここで死ぬのか。

 最後まで疑問が渦巻く中、シュネスの意識は吸い込まれるように闇に落ちる。


 パキン、と。

 何かが砕けるような音が、最後に聞こえた気がした。





 *     *     *





 それはきっと、雨の日だったと思う。全身が濡れていたのを覚えている。


 親に捨てられ、何も持たずに家を追い出された私は、雨宿りが出来そうな路地裏に入り、身を縮こまらせて泣いていた。泣いてたかな? いや、泣いていたのは確かだ。『彼女』が涙をぬぐってくれた事は覚えているから。


「辛い目に遭ったね。でも君は、これからもっと辛い日々を過ごさなくちゃいけいない。その歳で家もお金も無い君は、普通の生き方じゃあ生きられないからね」


 当時は4歳だったが、『彼女』の言葉はそれなりに理解出来た。私にはこれから、不幸の下り坂を転がり続けるだけの人生が待っているのだと。

 再び涙が溢れる私の頭を、『彼女』は優しく撫でてくれた。


「けど、神様を恨んじゃ駄目だよ? 苛立ちに任せて無関係の人を傷つけるのも駄目。恨むなら君を捨てた両親、あとは君をこんな目に遭わせた運命かな。それらを恨みなさい」


 雨模様の薄暗い路地裏で、『彼女』は輝いて見えた。路地裏に座り込んで頭を撫でてくれる『彼女』は、不思議と濡れても汚れてもいない。そのふわふわとした純白の服と同色の美しい長髪が、この薄汚れた世界で唯一美しいものだと思えた。


「運命っていうのはね、神様でも操る事の出来ないこの世界の根幹。全てを動かす理の歯車。そんな運命に抗おうとする人を、神様は後押ししてくれるんだ。君がこの運命に抗い、幸せになろうと足掻き続ける限り、


 母親には一度も優しく撫でられた事がない。父親には一度もためになる話を聞かされた事がない。しかし『彼女』だけは、全てを私にくれる。『彼女』の暖かな言葉が、体の中に広がるのを感じた。


「だって君は、この私が選んだ特別な人間なんだから」


 その言葉が、私の記憶にある『彼女』の最後の言葉だった。泣き疲れて眠ってしまった私が、次に目を覚ました時。隣にはもう、誰もいなかった。

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