第12話 有名人は憎まれやすい

 今日の守り屋は臨時休業日だった。というのも、今回は守り屋全員であたる必要のある大きな依頼がある日だからだ。今は四人で机を囲んでその打ち合わせを行っていた。


「魔獣の群れ、ですか」

「ええ。南西の森に複数種の魔獣の群れが発見されたらしいの。中には本来いるはずのない外来種までいるそうよ」

「そんで討伐の必要が出て来たワケか」


 両手に指抜き手袋をはめたマストは、やる気満々で拳を打ち鳴らす。


「守り屋全員が出るほどの魔獣の群れって事は、相当危険なんだろうな。俺が全部ぶっ飛ばしてやるぜ」

「あんまり突っ走らないでよー。みんなの治癒するのぼくなんだから」


 紺色のマントを着て同色のとんがり帽子をかぶるモファナは、面倒そうにそう言った。


「戦いの現場に慣れてもらうためにシュネスちゃんにも来てもらうけど、今回は私たちが魔獣の討伐をするから、安心してね」

「はい、ありがとうございます」


 ルジエは服の上から肩や胴体を守る軽装鎧を身に付け、シュネスは念のためにと短剣型の魔道具を腰に装備している。


「まあ何かあれば、ぼくの魔術で全員吹き飛ばしちゃうからね」

「いーや俺が全部倒す。遅れは取らねぇぜ」

「なら、どっちが多く狩れるか勝負だよ!」

「望むところだ!」

「はぁ……二人とも、少しは落ち着きなさいよ」


 やる気に満ちているのは結構だが、あまり勝手に暴走されても困る。守り屋の苦労人、ルジエはそうため息をついた。今回も手を焼きそうだ。


 そんな三人をよそに、シュネスは今回の依頼書を読み直していた。依頼内容に、少し引っかかる事があったからだ。


(ヒカリオオカミ、ライビット、カミオトドリ。どれも狂暴な魔獣みたいだけど……本当に、守り屋全員で行くほどなのかな……?)


 出現報告されている魔獣は、当然だがシュネスはどれも見た事がない。依頼書には狂暴な魔獣であると書かれてあるし、それが群れになって森に陣取っているとなると確かに脅威だ。

 だが、いつも魔獣討伐の依頼は誰か一人で事足りる。守り屋の全戦力で討伐するというのは、いささか過剰戦力ではないだろうか……?


(依頼人のガーナルさんは始めての依頼みたいだし、守り屋の事を詳しく知らないだけかもしれないけど)


 守り屋の全員で討伐に向かって欲しいというのは、依頼人きっての要望だった。今回は依頼人が守り屋についてあまり知らず、実力を見謝っていた可能性もあるだろう。

 何にしても、今のシュネスには想像する事しかできない。今はこれから始まる魔獣討伐に集中しよう。


「それじゃあ、行くわよ」


 各々の準備を整えた一同は、守り屋を後にした。





 *     *     *





 コマサルの街を出て南西に歩くことしばらく。森を挟んだ向こうにはミナニールという街があり、そこへつながる道に沿って進めば森に辿り着いた。


「すごい……私、森に入るの初めてです」


 背の高い木々が無数に広がる景色に、シュネスは目を輝かせた。心地よい木々のざわめきや鳥の鳴き声。狂暴な魔獣なんて出てこなさそうな穏やかな空気だった。


「報告にあったのはもう少し奥ね。行きましょう」


 金色の柄の剣を腰に携えるルジエを先頭に、森の奥へと歩みを進める。

 この森はたいして大きくない。数十分もしないうちに中間辺りにやって来た。


「襲って来るのは一匹もいないわね……モファナ、探知魔術に反応はない?」

「ぜーんぜん。依頼書にあった魔獣っぽいのはいないよ」

「そう……もう少し進んでみましょうか」


 道なりに進んでいるので迷っている訳ではないはずだ。仮に道から外れていたとしても、魔獣がいればモファナの魔術に引っかかるはず。単に、まだ探知魔術の範囲内には何もいないという事だろう。


「……あれ?」


 ルジエが再び歩き始めたその時。彼女の後ろにいたシュネスは、ふとその場で屈みこむ。


「これ……なんだろう」


 よく見ると、地面に埋もれた何かが日の光を反射して光っていた。シュネスはそれを指でつまみ、拾い上げる。金貨より一回り小さいぐらいの、石のような黒い物体だ。


「お、どした? 疲れたか?」

「結構歩いたしねぇ」


 シュネスの後ろを歩いていたマストとモファナは、突然屈みこんだシュネスに声をかけ、前を歩いていたルジエも立ち止まって振り返る。シュネスは立ち上がり、集まって来た三人に拾った物を見せた。


「こんなのが落ちてました」

「ただの石じゃねぇか」

「いや、それにしては人工物っぽいよ。それに魔力を感じる。魔石を加工した何かかな?」


 黒い石はモファナの手に移る。モファナはその石を空にかざしてみたり顔を近づけてみたりした後、何かに気付いたように目を細めた。


「これ、多分だけど魔道具だよ。どんなのかは知らないけど」

「魔道具……? 誰かが落としたのか?」

「シュネスちゃん、よくこんなの気が付いたわね。先を歩いてた私には気付けなかったわ」

「光ってる物が落ちてたらつい目に留まっちゃうんです。お金かなって思って……」


 恥ずかしそうにはにかむシュネス。彼女は落ちているお金には人一倍敏感だった。それがお金であろうとなかろうと、光っていたら取りあえず拾い上げるのは、もはや習性と化していた。


「でもこれ、何の魔道具なんだろ――」


 刹那、甲高い金属音がシュネスの言葉を遮った。

 目を見開く彼女の先にあるのは、宙を舞うひとつの短剣と、それを弾いた黒い剣。いきなり飛んで来た短剣からシュネスを守ったそれは、ルジエの剣だった。


「……っ!?」

「シュネスちゃん大丈夫!?」

「は、はい、何ともないです」


 慌てた様子でルジエたちが辺りを見渡す頃には、すでに大勢の人影が四人を囲んでいた。それぞれバラバラの恰好をした人達が、ざっとみただけでも二十人以上はいる。


「……防がれたか」


 その中の一人。森に溶け込むような深緑色のローブに身を包んだ男性が、前に出て来た。右手には先ほど飛んで来たものと同じ短剣を握っている。


「あなた達、盗賊?」


 剣を構え、訊ねるルジエ。男は笑みを深くして答える。


「似たようなもんだ。まあ目的は金じゃなく、お前らの命だがな」

「金より殺し優先か。ま、俺らもいろんなトコから恨み買ってるだろうしなぁ。こんな事もあるさ」

「あっさり納得するんですね……」


 命を狙われているというのに思った以上に軽く流すマスト。シュネスはそんな彼に苦笑するが、盗賊を名乗る男の顔を見て、声を上げた。


「あれ……? あなた、依頼人のガーナルさんじゃないですか?」

「チッ、変装したってのにバレたか……」

「なるほど。魔獣の群れが現れたっていうのも、私たちをここにおびき寄せる噓だったって事ね」


 シュネスに言い当てられて苦い顔をする盗賊に、ルジエは剣を向ける。黒い刀身が木漏れ日を反射して煌めいた。


「みんな、仕事変更よ。こいつら全員捕まえて、本来の成功報酬分の金をぶん取ってから都市警備隊に引き渡す!」

「将来的に客になる可能性も無いだろうし、生かさなくてよくなーい?」

「シュネスの初めての外仕事なんだ。血祭りを見せる訳にはいかねぇだろ」


 モファナの手元で本がひとりでに開き、マストは拳を鳴らす。守り屋の三人が臨戦態勢に入ったのを見て、彼女たちを囲む二十数人の盗賊らも武器を取る。


「コマサルの――いや、もはやこの王国の裏社会は、お前らに管理されちまっている。そんなお前らさえいなくなればと思ってる連中は大勢いるんだよ。さすがのお前らも数に押されちゃおしまいだろう。俺たちの恨みを思い知れ!!」


 リーダーらしき男、ガーナルが短剣を掲げる。それが開戦の合図だった。雄たけびを上げ、各々の武器を握りしめた盗賊たちが四人へ殺到する。


 金品を奪う時の盗賊は皆、弱者をいたぶる快楽に浸り、邪悪な笑みを浮かべるものだ。だが今は違った。ここにいる誰もが、各々の理由で守り屋を消してしまおうと全力で挑みかかって来る。その全方位から刺さるむき出しの殺意を感じ取り、シュネスは無意識に震えていた。


 一人や二人のチンピラと相対する事はあった。それこそ刃物を向けられた事も、斬られた事だってある。だが今回のは、昔感じたそれとはまるで数が違う。


「だいじょーぶだよ、シュネス」


 ふと、右手に暖かな感触が重なる。途端、不思議と恐怖が和らいだ。


「ぼくたちに全部まかせて」

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