第11話 遠い遠い昔の武器

 守り屋も毎日忙しいという訳では無く、場合によっては依頼人が一人も来ないなんて日もある。どうやら今日もそういう日らしく、誰も来ない店の中で、シュネスは魔道具についてクロジアに教わっていた。


「魔道具の動力源は主に三種類ある。使用者の魔力、空気中に漂う空間魔力、そして魔力を込めた魔石。もちろん、魔道具によってどれが動力となるかは違うし、時には複数の動力を組み合わせて使われる場合もある。例えば――」


 クロジアは守り屋の生活スペース、その奥にある風呂場の方向を指さした。


「スイッチを入れるとお湯が出る魔道具。あれは貯水槽から引っ張って来る水を温めて出す物だが、その動力源は地下にある大きな魔石だ。そしてその魔石から魔力が無くなった時にその都度交換しなくていいよう、空間魔力を吸い寄せて魔石に溜めておく仕組みも取り付けられてるんだ」

「へぇー……そんな仕組みだったんですね」

「話を戻すが、三種類の動力源の内、最初の二つは今のシュネスには関係なさそうだな。魔力が少ないという話だったし、空間魔力を吸い出す魔道具はそこそこ大きくする必要があるから、武器として携行するのには向いてない」

「それじゃあ私が使うとなると、魔石を動力にする魔道具、ですか」


 シュネスの問いにクロジアは頷いて答える。


「一般的なのは、加工された魔石がそのままはめ込まれているやつだな。魔石が柄に取り付けられた短剣だったり、宝石のように魔石がはめられた腕輪だったり。魔石は中の魔力がなくなれば取り換えないといけないから、取り外しが利く構造になってるのがほとんどだ」


 言いながらクロジアは腰のポーチに手をかけるが、ふと動きを止める。迷うような数秒の間があった後、ひとりごとのように小さく呟く。


「……守り屋の新人になら、見せても大丈夫かな」

「……?」


 いくつもあるポーチのひとつからある物を取り出し、机に置いた。それは全体的に黒く、延べ棒に長方形のグリップを直角より少し斜めに刺したような、不思議な見た目をしていた。


「これは?」

「試作段階の新型魔道具だ。守り屋の三人にはもう話した事があるけど、それ以外の人には秘密にしておいてほしい。未完成状態で話だけが広まるのは開発者としてなんか恥ずかしいし」


 口の前で指を立ててそう告げるクロジアの目は、しかし『恥ずかしいから』という理由だけで内緒にしておきたいようには見えなかった。もっと何か、深い理由があるみたいだ。それほどまでに大事な試作品なのだろうか。


「そ、そんなものを、私なんかに話して大丈夫なんですか……?」

「新入りとはいえシュネスも守り屋の一員だし、話しても大丈夫だと思ったんだ。それに、こいつはシュネスの願いにピッタリだと思って」

「私に……?」

「ああ。この魔道具は力や技術、それに魔力が無くても人並みに戦えるような武器にしたいと考えてるんだ。俺もシュネスと同じで、剣も魔術もからっきしだからな。戦える魔道具が増えたらいいなと思って作ってる」


 感情の起伏が乏しいクロジアだが、魔道具の事を語っている時は心なしか生き生きとしているように感じる。それが何だか面白くて、シュネスも興味が湧いて来た。


「それで、この魔道具はどういったものなんですか?」

「ここの引き金を引くと、先端の穴から炎やら電撃やらの魔術攻撃が出るようになってるんだ」

「魔術が……! すごい……」

「未完成の今はそんなに威力は出ないけど、最終的には上級術師に並ぶくらいの威力は出したいと思ってる。願望込みだけどな」


 先ほどシュネスは、延べ棒と長方形のグリップをくっ付けたようなシルエットだと思ったが、ちょうどグリップの部分を握るようにして、クロジアはその魔道具を片手で持った。よく見てみると確かに、発射口のある本体部分とグリップ部分の付け根に、人差し指で引けるような小さいレバーのようなものが付いていた。


「グリップの内側が空洞になっていて、そこに魔石なんかが組み込まれた部品を差し込んで使うんだ。替えの部品をいくつか持ち歩いておけば、魔力がなくなってもその部品を挿し替えるだけで充填が出来る」


 クロジアは持ち手の内側に納まっていた部品を抜き出し、それをシュネスに差し出す。受け取ったそれは、固いケースの中に魔石と思しき紫色の石や、複雑な模様の魔法陣が描かれた細かい部品がぎっしり詰まっていた。これを挿し替えるだけ……たった数秒で、何度でも使えるようになるというのだ。


 それに、クロジアが最終的に目指すと言ってた『上級術師』とは、魔術師を実力によって四段階に分けた位の下から二番目。四つの位で見たら真ん中くらいだが、実際はほとんどの魔術師が上級止まりだと言われている。


 つまり要約すれば、完成したこの魔道具を使えば、大抵の魔術師と同格までに戦えるという事になる。


「すごいじゃないですか! 特別な力が何もなくても、これがあれば魔術が使えるも同然……きっと私みたいに悩んでいる人の助けになる、すごい発明ですよ!」

「……あ、ありがとう。そんなに褒められるとは思ってなかったよ」


 身を乗り出してつい熱くなってしまったシュネスは、ハッと我に返ったように大人しくなる。褒められて照れくさそうに頬を掻くクロジアと、急に喋り出した自分が恥ずかしくなってうつむくシュネス。

 不自然に空いてしまった気まずい数秒を振り払うように、クロジアの咳払いが響いた。


「そうだ。せっかくだし、こいつが完成したらまずはシュネスに使ってもらいたいんだが、どうだ?」

「え、私!? いいんですか!?」

「ああ。モファナたちは素の戦闘力が高すぎるから必要ないだろうし、性能試験の参考にもならない。その点、シュネスは俺が想定していた使用者にピッタリだ。もちろん良ければだけど」

「喜んで! ありがとうございます……!」


 路地裏で暮らしていた頃は、自分の身を守るための力が欲しいとずっと願っていた。今ではそれよりも、自分を認めてくれた守り屋の助けになれる力が欲しいと思っていた。

 どちらにしろ、シュネスは絶えず力を欲していたのだ。それを彼女自身がどれだけ自覚しているかは定かでは無いが、クロジアのその提案は、シュネスにとって願ったり叶ったりだった。


「触ってみてもいいですか?」

「もちろん」


 机の上に置かれたその魔道具を拾い上げ、右手で握る。片手で持つとずっしりとした重さがあるが、剣のように振り回す物ではないので気になるほどでもない。発射口を向けて引き金を引くだけ。操作も簡単だ。


「でもこれ、改めて見ても不思議な形ですよね。やっぱり試行錯誤を繰り返してこの形に?」

「あー……いや、一応言っておくと、この魔道具の構造は一から百まで俺が思いついた訳じゃないんだ」

「そうなんですか?」


 一通り眺め終わったシュネスは、魔道具をクロジアに返しながら尋ねる。


「もしかして、他の職人さんとご一緒に……?」

「いや、あの森に人は俺しか住んでない。一応作ったのも俺一人だ。ただ、こいつは旧時代に『拳銃』と呼ばれていた武器をモチーフにして作ったものなんだ」

「旧時代の、武器……」

「だから俺は、この武器の本当の意味での原案者を知らない。資料を見た時に偶然ひらめいて、こんな魔道具としてアレンジしただけだからな」


 自分で作ったものの、その全ては自分でも理解しきれていない。そんな矛盾した困惑のようなものが、かつて『拳銃』と呼ばれていたらしい魔道具へ注ぐクロジアの視線からは感じられた。


「クロジアさんは、旧時代についても詳しいんですか?」

「うーん、詳しいってほどじゃないけど、個人的に研究してはいる。まだ『魔法』が発見されていなかった時代の知識は、魔道具を作る者として興味深いからな」

「魔法……って、何です?」

「……ああ、そう言えばその話をしてなかったか」


 クロジアは銃の魔道具を仕舞い込みながら、申し訳なさそうに頭を掻く。


「『魔法』っていうのは、この世界に隠されたもう一つの法則の事。それをひも解いて人間にも扱えるようにしたのが『魔術』、道具などに利用したのが『魔道具』だ」

「何となく似てるとは思ってましたけど、大元は一緒なんですね」

「そうだな。だが、枝分かれしたその二つは全くの別物だ。だから魔術師としては超優秀なモファナに魔道具の話をしても、全く理解されなかったよ」


 呆れたように肩をすくめる黒髪の魔道具職人は、シュネスを真っ直ぐ見てこう続けた。


「それで言えば、どの道も知ったばかりのシュネスには、多くの可能性があると俺は思う。他の三人みたいに『何かを極めた』わけじゃない分、何でも出来る可能性がな」

「可能性、ですか……」


 ここではないどこかを見つめるように、シュネスは窓の外の空を見上げた。


 今までは別の生き方を探す余裕など無かったが、今は違う。自分のやりたい事が、自分にも出来る事がもっとあるかもしれない。少なくとも考える時間は、まだたっぷりある。


 いつか自分にも、歩むべき人生の道が見えて来るのだろうか。

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