第10話 魔道具職人へご相談
とある日の昼下がり。
最近になってようやく一人で依頼人とのやりとりをこなせるようになったシュネスは、今日も受付の前で依頼が来るのを待っている。一つ結びにした髪を纏めている部分には、髪留めに付けられている緑色のクリスタルガラスが陽の光を反射して輝いていた。
「仕事覚えるの速いねー、シュネスは。もうぼくより出来るんじゃない?」
「さすがにそれはないよ。お得意先と定期護衛依頼のリストも昨日覚えたばっかりだし」
「それを一日で覚えちゃうんだから凄いよ……絶対ぼくより仕事出来てるって」
受付の傍にある待合スペースの机に顎を乗せてだらけているモファナは、ずり落ちるとんがり帽子を持ち上げながら言う。
彼女は依頼で外に出たマストとルジエに変わって、シュネスが困った時に助けられるよう留守番している。だが、今の所は手を貸すような場面は一度もない。あったとしても事務作業はあまり得意じゃないので、手伝えるか分からないモファナ的には非常にありがたかった。
「仕事関係もそうだけど、シュネスって記憶力いいよね。買い出しの時も最短ルートでお得に買い物して来るし、特徴言ったらだいたいの依頼人の事は思い出せるでしょ?」
「まあ、確かに記憶力はちょっと自信あるかな。路地裏では忘れっぽいと生きていけないし」
「そうなの……?」
あまり深掘りしない方がいいかとも思ったが、シュネスの表情に暗い変化は無いので続けて聞いてみるモファナ。
「子供をさらって売ったりする人がたまにうろついてたりするから、その人達が来るルートを覚えてないと捕まっちゃうの。あとはリスクを減らして盗みが出来るように、場所によって人が多くなる時間帯とか、都市警備隊や王国騎士が巡回するルートとかも覚えておかないと」
「え、ええ……それ全部覚えるの……?」
「覚えなきゃ最悪死ぬって思ったら、嫌でも覚えちゃうよ。それに学校とかも行けないから、些細な知恵や知識も、ひと欠片もこぼせない宝だからね」
苦笑を浮かべながらさらりと言うシュネス。自分以上の修羅場をくぐった――いや、もはや修羅場そのもので生きて来たと言ってもいい目の前の同い年に、モファナはただならぬものを感じた。
「そう言うモファナちゃんだって、ものすごくたくさんの魔術覚えてるじゃない」
「まあそうだけど……っていうか、シュネスも魔術覚えたらいいんじゃない? そんだけの記憶力と適応力があったらきっと強くなれるよ」
凄腕魔術師のモファナがそう言うのだから間違いないのだろう。シュネスは嬉しかったが、ふるふると首を振った。
「私も魔術を使ってみたいと思ってるんだけどね、無理なの。貧民街で仲良くなった魔術師さんに見てもらった事があるんだけど、魔力がほとんど無いみたいなんだ」
「魔力……あ、ほんとだ」
モファナの右目に重なるように小さな魔法陣が浮かんでいる。魔力とは、魔術を使う際に必要な原動力。シュネスの体内に流れるそれを見ているのだろう。
「スカスカだね。これは栄養不足が原因ですねぇ」
「あはは、関係あるかなぁ」
「じゃあ魔術は無理かー。ちょっと残念」
魔術師仲間を増やしたかったのか、本当に残念そうな顔をするモファナ。机から顔を放し、そのまま椅子にもたれかかる。そんな彼女を見て、シュネスは少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「だから、私は守り屋の戦闘要員としては役に立たないんだ。ルジエさんみたいに剣も振れないし、マストさんみたいに体術も出来ないし」
「そんなに気にすること無いと思うけどなー」
戦えなくとも、シュネスは十分守り屋の役に立っている。モファナは心の底からそう思っている。
だが一方で、シュネスの想いも理解できた。シュネスはまだ一度も経験していないが、守り屋は戦いに身を投じる危険な依頼も請け負っている。それに参加できないとなると、劣等感や無力感を覚える事もあるだろう。
「あっ! そうだ!」
パチンと手を叩くモファナ。ふと彼女の中でいいアイデアが浮かんだようだ。だが、それを口にするより先に扉が開かれた。また新たな依頼が来たらしい。
タイミングの悪いそれに、客には向けない方がいい視線をじろりと向けるモファナ。だがその人物を見て、すぐに顔が明るくなった。
「いらっしゃいませ。どのようなご依頼でしょうか」
一方、シュネスは真面目に受付としてあいさつをする。依頼人は、コマサルでは珍しい黒い髪の青年。腰に巻いているベルトにはやたらとたくさんのポーチが付いている。
「……?」
しかし依頼人はシュネスの言葉には答えず、不思議そうに彼女を見ている。数秒後、何かに納得したように声を上げた。
「ああ、君が例の新人さんか」
「え? はい、新人のシュネスです」
「俺はクロジア。どれくらい話されてるか分からないけど、まあよろしく」
「クロジアさん……って、え!?」
差し出された手を握った所で、聞き覚えのある名前が記憶と合致した。
「クロジアさんって、あの魔道具職人の!?」
シュネスは驚きの余りモファナとクロジアという青年を交互に見る。モファナはその反応を面白がるように笑った。
「そうそう。ルジエから聞いてたでしょ? 絶白の森に引きこもってる守り屋の仲間」
「引きこもりとは酷いな。ちゃんと毎日外に出てるぞ」
「森からは出てないでしょ? 一緒じゃーん」
モファナにからかわれるも、表情を崩さず反論するクロジア。確かに既知の間柄みたいだが、シュネスは未だ驚いていた。
雪の降り積もる森で暮らす腕の立つ魔道具職人と聞いたものだから、てっきり歳を重ねた大男だと思い込んでいた。だが実際は、マストやルジエとそう変わらないであろう年齢の、細身の青年ではないか。
「それで、修理依頼が来てる魔道具がいくつかあるって聞いたけど、今大丈夫か?」
「あ、はい! 少しお待ちください!」
声をかけられてふと我に返る。ルジエから言われていた事を思い出した。今日来る予定のクロジアが自分がいない時に来たら、修理してもらう魔道具を渡すようにと言われていたのだ。
奥から三つほど魔道具が入った鞄を取って来て、シュネスはクロジアに渡した。
「これで全部になります。それと、こちらがそれぞれの依頼書です」
「なるほど……ありがとう、明日また来る。料金はその時に」
「あ、明日ですか!? 納期はまだ先ですし、そんなに急がなくても」
「別に急ぐつもりは無いけど……このぐらいの故障なら一日もあれば治せるはず」
彼はこともなげに言ってのける。シュネスには魔道具の修理経験が無いが、一日に三つも終わらせるのが早業だという事は何となく分かる。
想像とはだいぶ違ったが、クロジアが腕の立つ職人である事に間違いは無いようだ。
「あ、そうそうクロジア。今から暇? 時間空いてるでしょ?」
出し抜けに、一人で街を歩く女性に声をかける遊び人のような事を言い出すモファナ。彼女は目の前で行われた修理依頼品の受け渡しを見ていなかったのだろうか。
現にクロジアは、そう訴えるようにシュネスから受け取ったばかりの鞄を持ち上げてみせる。
「たった今仕事ができたばかりだ。暇じゃない」
「シュネスもさっき言った通り納期はまだ先なんだしさ、ちょっとくらい良いでしょ?」
「依頼をほったらかして他事を進めるなんて、職人としてちょっとくらいでも良くない気がするけど」
「そんな固いこと言わないでよー」
椅子からぴょこんと降りたモファナはクロジアの背中をバンバンと叩く。
「ちょっとシュネスに、魔道具についていろいろ教えて欲しいんだよね」
「え、私?」
「魔道具について……?」
いきなり名前を呼ばれたシュネスと、もう帰ろうとしていたクロジアは、それぞれ疑問符を浮かべた。
「ほら、シュネスさっき言ってたでしょ? 魔術も剣術も体術もできないから戦えないって」
「う、うん。言ったね」
一応客人であるクロジアの前で自身の至らなさを言葉にされるのは少し恥ずかしかったが、事実なので肯定する。
「なら、魔力がなくても使える戦闘系の魔道具を使えるようになればいいんじゃないかなー、って思ったの」
「そんな魔道具もあるんだ……!」
「あるよね、クロジア」
「ああ、魔力がなくても戦いに使える魔道具もある。俺も森の中で狩りをする時はそういう魔道具を使ってるし」
「クロジアさん、狩りもしてるんですか……」
雪が降り続ける異常気象領域の中で狩りをしながら暮らす魔道具職人とは一体。この男はなかなかに刺激的な生活を送っているようだ。
「だから、シュネスに魔道具の事を教えて欲しいんだ。毎日魔道具のことしか考えてないクロジアが一番の適任者だからね」
「言い方に若干の悪意を感じるけど……」
「私からも、お願いできますか?」
シュネスも、カウンター越しにクロジアへ頼む。
「私も魔道具の事が知りたいです。少しでもできる仕事が増えるかもしれませんし。魔道具の修理も任せてるのに、図々しいかとは思いますけど……」
「いや、元々魔道具の修理は俺の仕事だから」
気負う必要のない事まで申し訳なさそうに頼むシュネスを見てると、そう無下にも出来ない。全く遠慮のないモファナが隣にいると余計にシュネスの謙虚さが際立つようだった。クロジアは小さく肩をすくめた。
「分かった。そこまで言うなら出来る限りの事は教えるよ」
「……! ありがとうございます!」
「守り屋の新人さんの悩みとあらば、捨て置く事もできないしな」
と、まんざらでもなさそうに小さく頬を緩めるクロジア。何だかんだ言って、魔道具の知識を人に伝えられる事は嫌いじゃないようだ。そんな所も職人らしい。
すると、玄関前から守り屋の奥へと進むクロジアとすれ違うようにして、モファナが扉に手をかけた。
「んじゃ、ぼくは昨日考えた魔術を試しに魔獣倒して来るから、クロジアは代わりに留守番まかせたよー!」
「あ、モファナちゃん!?」
シュネスが呼び止める間もなく、モファナは金色の装飾が施された魔術の本を抱えて飛び出してしまった。
「あいつ、それが本当の狙いだったか……」
「あ、あはは……マイペースだなぁ」
留守番役を押し付けられたクロジアはため息と共に呟いた。もしかしたら彼もルジエ同様、普段からモファナたちには振り回されている苦労人なのかもしれない。
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