第9話 人生経験の使い方
守り屋に入ってから数日間、シュネスはルジエと二人で受付や事務作業をこなした。シュネスの記憶力や理解力は目を見張るものがあり、教えられた事を次々と吸収していった。
そして数日後。シュネスは初めて、外に出て仕事をする事となった。
「今回の依頼は観光案内ね。今日初めてコマサルに来るという依頼人に、今日一日、この付近を案内するの」
依頼人からの手紙や資料を並べながらルジエは説明する。今回の観光案内は、シュネスとルジエの二人で行う事になった。さすがに初めての外の仕事で一人にはできない、というルジエの提案によるものだ。
「街の外からの依頼ですか。コマサルの外にまで名が知られてるなんて凄いですね」
「人の噂は街を越えるのよ。まあ最近になってようやく増えてきたって感じだけどね。さ、それじゃあ行きましょうか」
依頼の確認を追えると、二人は身支度を整える。そして、依頼人との待ち合わせ場所へと向かうために外に出ようとした、まさにその時だった。
ルジエが取っ手を掴むより先に、外から何者かによって扉が開かれた。
「すまない、緊急の依頼だが頼めるかな」
驚いて一歩引いた二人の前に現れたのは、一人の壮年男性。突如やって来た新たな依頼に、ルジエは目を丸くした。
「緊急の? 今からですか?」
「ああ。ミナニールまで荷馬車の護衛を頼みたい。冒険者ギルドにもかけあってみたんだが、急なものだから、引き受けてくれる冒険者がいなかったんだ」
ミナニール。コマサルの南西にある街だ。ここから馬車で往復するとなると、半日以上はかかる。
今日はモファナもマストも依頼に出ており、ルジエはシュネスと共にこれから外に出る。今は人員が足りていなかった。依頼人には悪いが他を当たってもらうしかない。その旨を説明しようとしたルジエだったが、
「本当は護衛無しで行こうと思っていたんだが、昨日ミナニールを出た馬車が森で盗賊に襲われたみたいでな。念のため護衛を付ける事にしたんだ……」
「うっ……」
ルジエは言葉に詰まった。依頼人が出した話に心当たりがあったのだ。
ちょうど昨日の深夜。ミナニールに向かうという盗賊団に、自分達がいない間のアジトの警備を依頼されていた。よくある裏の仕事だ。
盗賊の手助けをすると一般人が被害を被り、たまにこうして守り屋に依頼が回って来る。経営者としては中々に美味しいマッチポンプなのだが、タイミングが悪いとこのように自分達が困る。まるでバチが当たったかのようだ。
「いいですよ、ルジエさん」
間接的にだが自分たちが関わった手前、無下にも出来ない。けど、今日はシュネスに付いてあげなくてはならない。そんなルジエの葛藤を察して、シュネスは出来るだけ自信ありげに言った。
「観光案内なら私一人でも大丈夫ですから、ルジエさんは護衛依頼の方に回ってください」
「シュネスちゃん……本当に大丈夫なの?」
「はい! もともと、人員不足解消のために私を雇ってくださったんですし、ここは分担してこそですよ」
「……そうね。悪いけど、頼んだわ」
「お任せください!」
一つ結びの長い茶髪を揺らして、シュネスは王国騎士団の真似をするようにビシッと敬礼した。
こうして、シュネスの『初めての外での仕事』は、『初めての一人での仕事』に位がひとつ上がったのだった。
* * *
「えーっと、ここであってるよね。時間も……大丈夫」
依頼人との待ち合わせ場所は、コマサルの中心にある乗合馬車の停留所。ここは様々な所からやって来た旅行客で溢れている。
そんな中、シュネスは集合の目印である天使の銅像の前にぽつんと立って依頼人を待ちながら、停留所の中央に設置される『星時計』を見上げていた。
人の集まる場所によく設置されている星時計は、星の位置から現在時刻を正確に計測し、12等分された円と針によってそれを表す、精工かつ貴重な魔道具だ。
普段は教会が鳴らす鐘の音で時刻を把握しているシュネスにはあまり必要性を感じないが、例えば今日みたいな待ち合わせの時なんかは、細かい時間を決めているとスムーズに合流できたりする。
「すみませーん、お待たせしましたー」
待つこと数分。大きな鞄を持った旅行客らしき女性が近づいて来た。
「あなたが守り屋さんで合ってるかしら?」
「は、はい! 守り屋のシュネスです。依頼人のナミノさんでお間違えないですか?」
「ええ。今日はよろしくね」
淡い栗色の長髪をウェーブにした、おっとりした印象の依頼人――ナミノ。ルジエとはまた違ったタイプの『大人の女性』に、シュネスは緊張しながらも挨拶をした。
「それで、今日はシュネスちゃんお一人なの?」
「すみません……本来はもう一人いるはずだったんですが、急な依頼で今回は私ひとりなんです。私なんかじゃ頼りないかもしれませんが、ナミノさんにご迷惑はおかけしませんので!」
シュネスは胸元で両手をグッと握りしめ、自信をアピールした。
依頼時のやりとりでは案内役が何人かは決めていなかったが、確かに小さな女の子一人に任せるとなると、依頼した側としてはいささか不安だろう。
そう思ってのシュネスの言葉だったが、ナミノは申し訳なさそうに首を振った。
「ああごめんなさい、そういうつもりで聞いたんじゃないの。頼りないだなんてとんでもないわ。むしろこんな可愛い案内人さんと一対一で話せるなんて嬉しい」
「あ、ありがとうございます」
「私がシュネスちゃんぐらいの歳の頃は、まだ親離れすら出来てなかったから。今の時代、15歳からは成人だって言われてるけど、もうひとりでお仕事してるシュネスちゃんは凄いなーって思ったのよ」
そう優しく語るナミノに、シュネスは照れてしまって頬を赤らめる。
シュネスの場合はその親に捨てられて身寄りもなく、一人でいる事が当然の環境で育って来た。なので独り立ちしている事を褒められると、どうも照れくさい。
「ここで立ち話もなんだし、まずは荷物を置きに宿に行きましょうか。すぐそこの宿を予約してるの」
「あ、はい!」
歩き出したナミノの隣に並んで歩くシュネス。
(あれ、案内役なのにさっそく先導されてる……?)
うっかりしてると大人の包容力に負けて、立場が逆転しかねない。
シュネスは気を引き締めるように頬を叩いた。
* * *
それから、シュネスによる観光案内は思いのほか順調に進んだ。
場所こそ薄汚い路地裏だったが、シュネスだってコマサルで何年も生きているのだ。飲食店はどの店が人気か、お土産はどこに行けば買えるかなど、ナミノの疑問には全て答えれらたし、その案内も問題なく出来たように思う。
「海に面しているコマサルは、新鮮なお魚がたくさん食べられるんです」
「ほんとだ。この串焼き美味しいわねー」
「……2年前に店主さんの目を盗んで屋台からくすねた串焼きを思い出すなぁ……」
「シュネスちゃん、どうかした?」
「いえなんでも!」
時に、食べ歩きができる屋台の並ぶ道を歩いたり。
「ここは『天臨広場』と言って、120年前に天使が降りて来たと言われてる広場です」
「噴水が大きな普通の広場に見えるけど……それなりの歴史があるのね」
「まあ天使とか何だか言われても、実際に見てない私にはよく分かりません」
「ふふ、実は私も」
時に、二人してよく分からない観光名所を巡ったり。
いつの間にか依頼人と案内係という立場も忘れそうになるほどに、二人は楽しくコマサルのあちこちを周った。そしてあっという間に時間は過ぎていき、気付けば陽も傾き始めた頃。
「そろそろ宿に戻りましょうか。こっちの道を通れば近道ですよ」
シュネスはナミノがたくさん買ったお土産の袋をいくつか持ちながら、ナミノが泊まる宿までの道を歩く。
「今日はありがとね、シュネスちゃん。おかげで最高の一日になったわ」
「喜んでいただけてなによりです」
「お店の場所とか複雑な道とか、地図も見ないで迷わず進んで行ったのには驚いたわ。シュネスちゃんは物知りね」
「物知り、ですか……ありがとうございます」
人通りが多くなる時間帯。見落としがちな近道。スリで食い繋いで来たシュネスにとって、それらのような街に関する情報を頭に叩き込んでおくのは必須。一歩間違って都市警備隊に捕まれば牢屋送りなのだから、当時は死ぬ気で記憶していた。それがこんな時に役に立ったのだから、人生は何が起こるかわからないものだ。
(傷も汚れも自分が頑張った証拠、か……)
守り屋で働き始めたばかりの夜の、マストの言葉を思い出す。
埃まみれの体に、盗み続けて罪に浸かった心。汚れ切ったそんな過去は忘れてしまいたいと思っていたが、マストの話を聞いて少し考え方が変わった。
路地裏や貧民街を転々とした11年。そこで培った経験。それらを人のために、守り屋のために使おうと思うようになった。
汚れた過去を受け入れ、それを糧として成長する。それがシュネスが考えた、人生経験の使い方だった。
「シュネスちゃん。手を出してみて」
宿屋が目の前まで近づいて来た時、ふとナミノはそう言いながら、手に下げていた鞄を漁る。言われた通りに差し出したシュネスの両手に、ナミノは小さい紙袋を置いた。
「これは……?」
「開けてみて」
中身を取り出す。出て来たのは、透き通った緑色のガラス玉が付いた髪留めだった。
「わあ、かわいい……」
「私の実家は小さな
「いいんですか、こんな綺麗なもの」
「もちろん。本当に今日はありがとう」
鮮やかな緑が輝く綺麗なガラス玉。なにより、人から感謝と共に送り物を貰うなんて、今まで一度もなかった。
「こちらこそ、ありがとうございました!」
優しく微笑むナミノに、シュネスは満面の笑顔で応えた。
「何かあればまた、是非守り屋にご相談ください!」
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