第7話 表の仕事と裏の依頼
日の出と同時に教会の鐘が鳴って、しばらくした時間。表の掃除も終わり、もろもろの準備が整うと、依頼の受付が始まる。
戦闘能力の無いシュネスはいきなり外に出て依頼をこなしたりは出来ないので、今日はルジエと一緒にカウンターでの依頼受付や相談などを行う予定だ。
「モファナはマイペースすぎるし、マストは難しい事は何も分からないし。正直言ってあの二人は戦闘以外がさっぱりなのよね。だからシュネスちゃんにはしっかり育ってもらうわよ」
「はい……! 頑張ります!」
守り屋の抱える人手不足問題の最たるものは、実はこのような接客業務や事務作業に対する人員不足だったりする。
魔術師としては超一流のモファナと、格闘体術では負け知らずのマスト。しかしこの二人はとにかく自由人。ルジエは二人を制御するのに毎度手を焼いているようだ。
因みに当のモファナとマストだが、今日は二人とも別の依頼に向かっているので基本的な事務作業はルジエとシュネスだけでこなす事になる。ルジエは「あの二人がいたとしても変わらないんだけどね」と笑っていたが。
(期待されてる……頑張らないと!)
膝の裏まで伸び切った茶髪は、スッキリして見せるためにルジエに頼んで、頭の後ろで一つ結びにしてもらった。自分の見た目に無頓着なシュネスだが、接客業務は見た目の印象が大事なはず。そう思ってのイメチェンだった。
心身ともに引き締めて、初めての仕事の臨むシュネス。依頼客が来るまでは、あらかじめ予約されていた依頼をいい具合にスケジューリングする作業を教わった。『いつまでに来て欲しい』と期限が決まっているものや、『この日にやって欲しい』と日にちが決まっているものなど様々な依頼を、無理のないようスケジュールに組み込んでいく。忙しくなると、これが結構面倒らしい。
「今来てる依頼は三件。探し物の手伝いと、王都までの護衛、それから魔道具の修理依頼。近頃はあんまり依頼が来てないから、スケジュール的にも余裕がありそうね」
「守り屋って、本当にいろんな依頼が来るんですね」
人々の快適な暮らしを守るという名目で、ほとんど何でも屋のように依頼をこなす守り屋。そのほとんどが冒険者ギルドにも張り出されていそうな内容だった。
「近所の方や交流の深い方なんかは特に、気軽に依頼をしてくれるのよ。依頼を抜きにしても普段から良くしてくれる人も大勢いるし、そこは人脈のなせる業って感じかしら」
「信頼されてるんですね、街の皆さんに」
「まあね」
シュネスの知っている限りだと、冒険者ギルドに依頼を出す場合は、その依頼を引き受ける冒険者が現れるまでは放置状態になるはず。急ぎの依頼などはそれ相応の手続きがあるだろうが、それでも誰が引き受けるかまでは基本的に選べない。
その点、守り屋はシュネス抜きでも三人しかおらず、しかも信頼と実績を持つ実力者だ。人によっては、安心して依頼する事が出来る。冒険者ギルドに来ていそうな多種多様な依頼が来ているのもこのためだろう。
「でも、この『魔道具の修理依頼』。さすがにこれは業者さんに頼んだ方が確実なんじゃないですか?」
「ああ、それね」
シュネスが問うと、ルジエは忘れていた事を思い出したように声を発した。
「そう言えばまだ話してなかったわね。守り屋にもいるのよ。その
「え……? 守り屋って、三人なんじゃないんですか?」
「三人よ。『彼』は厳密には守り屋の一員じゃないの。守り屋に資金援助や技術提供をしてくれる協力者、いわゆるスポンサーでもあるわね」
「スポンサー……大きな企業とかでしょうか」
「いやいや、お金持ちなだけで個人よ。クロジアっていう、絶白の森に引きこもってる魔道具職人」
「ぜ、絶白の森に!?」
絶白の森。それはコマサルの南にあると言われている、一年中雪が降り続けている森だ。異常気象領域に指定されているそこは、今や誰も立ち寄ろうとはしない。
「あそこ、人住めたんですね……一度入ったら生きて帰れない地獄の雪原っていう噂を聞いたんですけど」
「住もうと思えば全然暮らせるみたいよ? ただ、一年中どこ向いても雪景色しか見れない所でずーっと生活するなんて、私からしたらちょっと正気とは思えないけど」
「バッサリ酷評ですね……」
「まあそのせいで、彼に直接修理を依頼しに行く人もほとんどいなくてね。私たち守り屋が代わりに依頼を引き受けてそれをクロジアに渡す、っていう流れになってるのよ」
「なるほど……仲介をしてるって訳ですね」
スポンサーというからには宣伝のために技術提供をしているのかと思ったが、修理依頼は守り屋に来ている。それを不思議に思っていたシュネスだったが、ルジエの話を聞いて納得した。
場所が場所だけに直接依頼しに行くのは非常に困難なため、中継役が必要なのだそう。
「少し先になるけど、この修理依頼の時にこっち来るよう連絡してあるから、その時に挨拶するといいわ。森に引き籠ってるとはいえ結構腕の立つ職人だから依頼も多いし、今後も世話になるだろうしね」
「はい。そうします」
魔道具職人クロジア。記憶を探ってみれば、その名前はどこかで聞いた事があった。具体的にどこで聞いたかは思い出せないが、確か街の人たちが話題に出していたのを、路地裏から盗み聞きしていた気がする。
異常気象領域で暮らしている魔道具職人。変わった人だが、シュネスは会うのが少し楽しみになってきた。
「あ……!」
そして、スケジュール調整がひと段落した頃。ふと正面の扉が開かれた。初めてのお客だ。
「い、いらっしゃいませ!!」
元気な挨拶が大事だと思って、大きな声で出迎えたシュネス。だが緊張もあってか予想以上に声が上ずってしまい、やって来た依頼人の男性も面食らったように立ち止まっていた。
「あっ、えっと……すみません……」
失敗した。さすがに声を張り過ぎた。反射的に謝るシュネスの背中を、ルジエは優しく叩いてくれた。
「……こいつは誰だ?」
「新しいウチの従業員よ。今日から働き始めたの。優しくしてあげてね」
「そうか。まあいい、とにかく依頼だ」
依頼人は、フードのついたマントを羽織った眼つきの鋭い男性。ルジエとのやりとりを聞くに常連か、少なくとも顔見知りのようだ。
カウンター越しの正面に座った男性は、一枚の黒いコインをカウンター上に差し出した。それを見て、ルジエはすっと目を細める。
「今回も裏コースね、了解」
「ああ。それと、そいつが最後の黒貨だ。追加で五枚ほど頼む」
「……?」
聞き慣れないやりとりに首をかしげるシュネスに、ルジエは「ちょっと待っててね」と声をかけ、カウンターの奥に入って行った。依頼人と二人きりになったシュネスは、何か話を振るべきだろうか、と直立しながら内心あたふたしてしまう。
「おいお前、新入りだってな」
「は、はいっ」
依頼人の方から声をかけられた。彼はカウンターに置かれた黒いコインを指でトントンと叩きながら、緊張でカチコチのシュネスへ視線を送る。
「コイツは始めてか?」
「……はい。今までも、見た事ありません」
「だろうな。この黒貨は守り屋専門の貨幣……いや、目印みたいなもんだ」
「目印?」
「お前も守り屋の一員なら、ここが『裏の仕事』も引き受けてるって知ってるよな」
「……!!」
思わぬ話題が出て来て、シュネスは驚いた。住民のちょっとした依頼や冒険者の手伝いなどの『表の仕事』とは別の、賊や罪人などの手助けもする『裏の仕事』も守り屋は請け負っている。その存在を知っているという事は……。
「お客さんも、裏の人間……?」
「しがない盗賊団の統領だ。まあ、俺の事はどうだっていい。
「……つまり、その黒貨を見せれば、裏の依頼を頼みに来たって一目で分かるようになってるという事、ですか」
「そういう事だ。この黒貨も依頼前に買っておかなきゃならねぇから、まあ前料金みてぇな意味合いもあるだろうさ」
「なるほど……」
眼つきが鋭いから厳つい人なのかと思っていたが、意外にも新人のシュネスに丁寧に教えてくれた。
「ありがとうございます、教えていただいて」
「礼はいらねぇよ。守り屋には日頃から世話になってんだからな」
それから男性は、シュネスを値踏みするように鋭い視線を向け、そして含みのある笑みを浮かべた。
「一見ひ弱そうだが、俺には分かる。お前もなかなかの修羅場をかいくぐって今まで生きて来たんだろう。雰囲気がそこいらのお子様とは違う。お前の今後にも期待しとくぜ」
「あはは……どうも」
何か勘違いされている気がしてならない。恐らく盗賊団の統領という彼の言っている修羅場と、シュネスが実際に直面し続けて来た修羅場は、少し種類が違うだろう。
だが、守り屋に守って欲しくて依頼して来た彼に対して「私は弱いです」と言ってしまったら、守り屋の印象を下げてしまう。ここはそれとなく誤魔化しておこう。
「お待たせ。持って来たわよ」
奥から戻ったルジエは、持って来た黒貨を依頼人の前に並べた。それを確認し、男性もマントの奥からお金の入った袋を渡す。
これが彼の言っていた『前料金』という意味なのだろう。裏の仕事ともなると危険なものが多いためだろうか。
「……ルジエさん。ちなみにこの黒貨って、おいくらなんです……?」
「一枚で10万セフ。五枚だと47万7000セフとちょっとお得になるわ」
「じゅ、10万!?」
前料金なのに一度で10万。万単位のお金のやりとりなどした事も無いシュネスは、思わぬ金額にびっくり仰天。その様子に、依頼人の男性は笑う。
「裏社会ってのは金がかかるもんなんだぜ、お嬢ちゃん」
「ほえぇ…………」
その後、ルジエと男性が依頼について詳しい打ち合わせをしているのを見学している最中も、一度の依頼で動く金額の大きさに愕然とし、言葉も出ないシュネスだった。
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