第1章:楽しく過酷な守り屋のお仕事
第6話 彼女の仕事は夜明けと共に始まる
商業都市コマサル。
ナカーズ王国東端に位置する街で、商店街や巨大な市場がいくつもある、その名の通り商業がさかんな都市だ。海に面しているため他国との貿易の窓口的な街にもなっている。
そんな様々な人が出入りするコマサルに、守り屋の拠点はあった。中心街から少し離れた小さな通りにある二階建ての木造建築がそれだ。朝日に照らされながら、その建物から一人の少女が出て来た。
「すごい……こんなに綺麗な朝日、始めて見た……」
建物の隙間から差し込む光に目を細めながら、シュネスは呟いた。今までは朝日を綺麗と感じるほどの心の余裕が無かったのだろう。昇る日を見ても「一日が始まった」以上の感想は浮かばなかった。
どんな時でも、変わらず日は昇る。けれどそれを眺めるシュネスの心は、確かに変わったのだ。
「よし……! 今日から頑張るぞ!」
気合いを入れるように大きく伸びをして、シュネスは裏の倉庫からほうきを取って来た。ルジエから簡単に教わった仕事のサイクル。まずは依頼受付が始まる前の、外の掃き掃除だ。
清潔感は第一印象において重要。今まで汚れまみれのまま過ごして来たシュネスが、身を持って実感した事でもある。
しばらくほうきを動かしていると、遠くから走って来る人影が見えた。土煙を上げながらこっちに向かって来ている。
「おっはようございまーす!」
目の前で足を止めたその人物は、元気な声であいさつをする。森の木々のような鮮やかな緑色の髪をした少女だ。シュネスも過去に何度か見かけた事がある、配達員の制服を纏っている。
「お、おはようございます」
「おや、見ない顔ですね。新人さんですか?」
「えっと、シュネスと言います。今日から守り屋で働くことになりました」
昨日今日で名乗る事が多い。自分の名前を忘れかけるほど普段から名前を口にする機会が無かったシュネスにとっては、これも新鮮な事だった。
「シュネスさんですね、初めまして! ワタシは配達員のテレスタです! 守り屋さんにはよく手紙が来ますから、皆さんとも顔見知りなんですよー。以後お見知りおきを!」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女の元気パワーに圧倒されつつも、シュネスはぺこりとお辞儀をした。
こうして知らない人と立ち話をするのもまた、新鮮な事だ。相手が朗らかなおかげでそれほど緊張する事もなく話が出来ているし、新たに人と繋がりができるのは嬉しい。
「こんな朝早くから、大変ですね」
「えへへー、まあ、今日もお荷物がたくさんありますからね!」
そう言ってテレスタが目の前で広げてみせた紙には、配達先のリストがびっしりと書かれていた。守り屋の名前はちょうど真ん中辺り。まだまだ仕事が残っているようだ。配達員も大変そうである。
「それで、今日の荷物はこちらになりまーす!」
「わっ!!」
テレスタが肩から下げている大きな鞄に手を入れたかと思うと、中からシュネスの胴体ぐらいはある大きな荷物が飛び出して来た。およそ鞄には入り切らないであろう物体が出て来た事に、驚くシュネス。
「えぇ……どうなってるの……?」
「ああ、これはですね、たくさん物が入る魔道具なんですよ」
テレスタは肩から下げる鞄をポンと叩く。彼女曰く、その鞄の中の空間は魔法によって数十倍に拡張されているらしい。
「魔道具……こんなのもあるんだ」
「すごいでしょう? この鞄、ワタシのお気に入りなんです!」
明るい笑顔でそう語るテレスタを見ていると、こっちまで気持ちが温かくなる。まさに朝日のような笑顔だった。
「おっと、ワタシは次の配達があるので、失礼しますね!」
「はい。お荷物ありがとうございました」
手を振りながら、元気よく走り去っているテレスタ。シュネスも手を振りながら見送った。
「掃除の前に、荷物を入れちゃわないとね。っと、あれ?」
玄関前に置いてもらった荷物を持ち上げようとしたシュネスは、荷物の上に白い封筒がある事に気が付いた。手に取り、両面を確認する。
「お手紙……? あれ、これ守り屋宛てじゃない……」
記されていた宛名は、ここから少し離れた所にある団地の番号。どうやら荷物と一緒に取り出してしまい、テレスタはそれに気付かなかったのだろう。
「……これ、届けない訳にはいかないよね」
この失敗の原因に、シュネスが全く関わっていないとは言い切れない。むしろ初めて会ったシュネスと話し込んだせいで気が散ったと考える方が自然なまである。
テレスタもきっと、生きるために仕事を頑張ってるはず。彼女だけではない。生きとし生ける人は皆、生きるために必死に働いているのだ。そう思えば、今日から仕事を頑張ろうと意気込んでいたシュネスには他人事とは思えなかった。
「えーっと、この団地はここから西だったはずだから……あそこの道を使えば早いかな」
幼い頃からコマサルの路地裏で過ごして来たシュネスにとって、どこを通れば近道ができるか、どの道がどこと繋がっているかなど、路地裏の構造は全て記憶している。先回りしてテレスタに手紙を渡すべく、シュネスは路地裏へと駆けだした。
* * *
「おや……?」
テレスタが異変に気付いたのは、シュネスと別れて数件ほど荷物を届けた後だった。リストを見ながら次の配達物を確認しようと鞄の中を見たのだが、あるべき手紙が見つからないのだ。
「おややー? 役所に置いて来ちゃったかなー」
立ち止まり、両手で鞄の中をまさぐるテレスタ。広すぎるが故に中が探しにくいと思われるこの魔道具だが、使用者の意思を読み取って取り出したい物が口の傍に寄って来るという便利機能付きなのだ。なので探している手紙が中に無い事はすぐに分かった。
「しょうがないですね、配り終わったら一度帰って――」
「見つけ、ましたぁ……! テレスタさん……!」
ふと振り返ると、息を切らして歩いて来る長い茶髪の少女がいた。
「シュネスさんじゃないですか! どうしたんですか?」
「これ……届けに……追いかけて……」
膝に手を突きながら片手で差し出されたのは、テレスタが探していた手紙だった。
「あれ、どうしてシュネスさんが!? ありがとうございます!」
急ぎ足だったため、思いのほか体力が持たなかったシュネスは息も絶え絶えだった。少し落ち着いて来た所で、荷物に紛れていた事をテレスタに話した。
「そうでしたか……すみません、ご迷惑をおかけしました!」
「いいですよそんな。困った時は助け合いですから」
勢いよく頭を下げるテレスタに優しくそう笑いかけるシュネス。
貧民街で一年ほど過ごしていた時も、仲間同士で助け合いながら食い繋いで来たものだ。人のためにした事が、まわり周って自分に返って来る事もある。助け合いの精神は大事だ。
「それにしても、よく間に合いましたね。自慢では無いですが、ワタシ結構足が速いんですけど。シュネスさんも運動好きなんですか?」
「はは……私はこの通り、体力は無い方ですよ」
ようやく呼吸が整ってきた。今までも走って逃げ回ってはいたものの、体力がつくようなきちんとした生活が出来ていなかったのだから仕方ない。
「さっきお話した時に、配達先のリストを見せてもらったじゃないですか。たまたまそれを覚えてたんですよ」
「へぇー! ちょっと見せただけですけど、覚えてたんですか!」
「それで、守り屋からこの団地までの道中にある配達場所に知ってるお店があったので、そこを経由するようにテレスタさんが通るであろう道筋を考えたんです。あとはその道よりも速くこの団地に辿り着ける近道を走って来ました。それでも足が遅いせいで、ギリギリ間に合った感じですけどね」
「すごい……! すごいですよシュネスさん! さすが実力者揃いと有名な守り屋の新入りさん!」
「あはは……私なんてたいしたことないですよ、ホントに……」
心の底から感激したように褒めて来るテレスタ。シュネスは照れくさそうに頭を掻いた。彼女自身は謙遜でもなく本当に大した事ではないと思っていたのだが、建物が多いせいで入り組んでいるこの団地の路地裏を完璧に把握してなければ、このような近道はできない。家も無く彷徨い続けたからこその記憶力だろう。
「それじゃあ、私は戻りますね。残りの配達も頑張ってください」
「はい! 本当にありがとうございました!!」
一挙手一投足、頭を下げる時ですら元気よく全力なテレスタに思わず笑みを零しつつ、シュネスは守り屋へ戻った。
「良い事すると気分もいいね」
今までは盗んでばかりで罪悪感が少しずつ積み重なっていく日々だったが、今日は本当に久しぶりに人助けをした。今日はいい気分で過ごせそうだ。
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