第5話 善も悪も分け隔て無く

「ま、守り屋……!?」


 どこにおいても、情報というのは大きな財産であり武器である。シュネスが転々としてきた貧民街や路地裏でもそれは例外では無く、その街に関する噂一つでも重要な価値を持っていた。


 そんな風の噂で聞いた事がある。ここ、商業都市コマサルには、あらゆる手段でもって依頼人の守りたいモノを『守る』事を生業としている人達がいるという事を。


 善良な慈善集団とも言われているし、街を牛耳る裏の支配者とも言われている。どんな噂においても共通している事と言えば、『絶対に敵に回してはいけないほどの、最強のプロフェッショナル集団である』という事。


「まさか、ルジエさんたちが、その『守り屋』なんですか……!?」


 剣術、体術、魔術。それぞれの分野においての超実力者たち。それが、目の前の三人だと言うのだ。

 シュネスは驚きを隠せなかった。生きてる世界が違うとすら思うそんな人達と、目の前で話をしているだなんて。


 そして何の取柄もない自分が、知る人ぞ知る凄腕集団の試験対象になっていただなんて、信じられない。


「私達は基本的にこの三人で守り屋として依頼に答えていたんだけどね。さっきも言った通り、ちょっと人手が足りなくなってきたのよ」

「でもだからって、何で私が……?」


 能力不足は言うまでもない。シュネスに言わせれば自分など、彼女たちはおろか、一般的な人間と比べてもなお完全下位互換でしかないのだから。


「私は魔術なんてからっきしですし、マストさんみたいに身軽でもありません。試験で合格を頂いたのは嬉しいんですが、役に立てるとは思えませんよ……」


 剣も振れない。魔術も知らない。学校など行った事もなく、一般常識にも欠ける。せいぜい護身程度に短剣を扱え、かろうじて人並みに読み書きができるだけの、ただの浮浪児だ。


「いやいや、別に俺らみたいな戦闘系の即戦力が欲しいって訳じゃあ無ぇよ」


 ただ、マストは机に肘を突きながら笑ってこう言った。


「守り屋に来る依頼は戦いになるもんも多い。けど、武力がいる仕事以外も結構あるんだぜ?」

「そうそう。ちょっとした建物の修理だったり、仕事の手伝いだったり、平和なのも多いんだよ」

「そうなんですか……ちょっと意外」

「まあぶっちゃけ、やってる事は冒険者とそう変わりねぇな。ただ、冒険者は数も多いし実力もピンキリで、誰に自分の依頼が渡るかも分かんねぇ。そこに不安を抱くやつは、大抵ウチに依頼して来るってワケだ」


 あらゆるものを守るのが守り屋の仕事。

 モファナたち曰く、住民の快適な暮らしを『守る』という意味では、そういったありふれた依頼が来る事の方が多いのだとか。街の人々からは、いわゆる何でも屋的な扱いをされているらしい。


「そういう訳だから、シュネスでも十分活躍できると思うよ」

「ありがとう、モファナちゃん」


 隣に座るモファナはそう笑いかけてくれる。だが、シュネスには自分の実力以上に、思う所があった。


「……でもやっぱり、私はここにいない方がいいと思います」

「どうして?」


 モファナは素質があると言ってくれた。マストとルジエも、シュネスを認めてくれている。でも、駄目なのだ。守り屋だけじゃない。どんな仕事に就くとしても、シュネスがいるだけで不利益になる理由がある。


「私は……たくさんの罪を犯しました。数え切れないほど盗みを働いて、たくさんの人を騙しました。隣街では都市警備隊に追われたりもしましたし。私は悪人なんです。だから……私は……」


 最後まで言葉にならず、消え入るような声と共に視線が落ちる。

 働いて、真っ当なお金で生活ができるチャンスを逃すのは惜しい。だがそれ以上に、ここまで良くしてくれたモファナたちに、これ以上迷惑をかける訳にもいかない。


「だから、シュネスをウチに入れたらぼくたちを面倒ごとに巻き込んじゃうかも、って事?」


 紡がれなかったシュネスの言葉を引き継いだモファナは、机の下でそっとシュネスの手を取った。


「……!」

「大丈夫だよ。だってぼくたちも

「悪人……? モファナちゃんが?」

「そ。ぼくがって言うより、守り屋そのものが。ねぇ?」


 確認するようにモファナは他二人へ顔を向け、マストは頷き、ルジエは微笑んだ。


「私たち守り屋は、料金さえきちんと払ってくれるなら、基本的に誰からでも、どんな依頼でも受けてるの。それは文字通り、ね」

「最近だと、追って来る王国騎士団から盗賊を守ったり、密売人の護衛だったりがあったな」

「そ、そんな事まで……!」


 あらゆるものを『守る』。それは本当の意味で、あらゆるものが当てはまるのだという。

 善悪など関係ない。誰かが守って欲しいと助けを求めれば、例えそれが悪人だろうと手を貸す。それが、『守り屋』の本当の姿。


「まあもちろん、普通の依頼人にはこの事は秘密だし、裏社会に詳しい人しか知らないけどね。いわゆる『裏の顔』なのよ。さっき『良い思いをしないだろう』って言ったのはそういう事。悪事に加担するってなったら、誰しも不安だろうしね」


 席を立ったルジエは、手入れも出来ずに痛み放題になっている髪の上から、シュネスの頭にそっと手を置いた。


「とにかく、シュネスちゃんが遠慮する必要なんて無いのよ」

「ルジエさん……」

「シュネスちゃんが良ければ、一緒に働いてくれないかしら。もちろん、どうするかはあなたの自由よ」

「私は……ここで、働きたいです!」


 もはや、彼女に迷いは無かった。シュネスは勢いよく立ち上がる。


「どうか、よろしくお願いうわぁ!」


 膝を突いて頭を下げようとしたタイミングで、いきなり足が床から離れ、シュネスの体は宙に浮いた。さっきまでシュネスが立っていた場所に、小さな魔法陣が見えた。


「ほらまた。土下座はもう無しだよ」

「うぅ」


 モファナによって強制的に土下座を中断されたシュネスは、恥ずかしくなってちょっぴり顔を赤らめる。そんな彼女を見て三人は笑い、シュネスも釣られて小さく笑みを浮かべた。


 こんな風に、人と笑い合える日が来るなんて思ってもみなかった。自分の事を受け入れてくれる人達がいて、その人達と共に暮らせる。


 シュネスは今、とても幸せだった。





 *     *     *





 夜は既に更けているが、1日半も寝たシュネスはばっちり目が冴えていたので、そのまま守り屋についていろいろ説明を受ける事となった。


 シュネスたちが今いる二階建ての木造建築物が、守り屋の事務所兼彼女たち従業員の住居らしい。普段の生活をするリビングと、仕切りの向こうにある依頼の受付や相談をするオフィスが一階。そして各々の個室が並んでいるのが二階。そのうちの客室の一つが、今後のシュネスの部屋として割り振られた。


 守り屋で働いている間は、ここで生活をする事になる。衣食住の全てが保証されている、シュネスにとって夢のような職場だった。


「ここが、私の部屋……」

「ベッドと棚、あと椅子しかないけどね。自分好みに物をそろえるといいわ」

「屋根がある、壁がある。これでも十分贅沢ですよ! もう雨水の冷たさで目を覚ます事も、雪と寒波で瞼が凍る事も無いんだ……!」


 部屋という空間そのものにありがたみを感じるシュネスが不憫でならない。ルジエは涙ぐむのをぐっとこらえた。


「ああそれと、お風呂にも入って来るといいわ。眠ってる間にモファナが体は洗ったみたいだけど、自分でも入りたいでしょう?」

「ええ、是非……って、眠ってる間に??」

「魔術でちょちょいっとね」


 廊下からひょっこり顔を出したモファナは、こともなげにそう言った。


「そうは言っても、お湯の中に放り込んで汚れを落としただけだし、ちゃんとお風呂に入る事をオススメするよー」

「言われてみれば、今更だけど服も変わってる……」


 シュネスは自身が着ているのが、長年着続けた今にも破れそうなボロ布ではなく、穴の開いていない普通の寝間着である事にようやく気が付いた。


「あ、脱がした服は一応そこの椅子にかけてあるよ」

「……ぬ、脱がしたの!?」


 シュネスは顔を赤くして自身の体を抱くように手で隠す。風呂に入れたのだから服を脱がされていて当たり前である。

 そんなシュネスを見て、モファナは面白そうに笑った。


「あははっ、大丈夫だよ、別にへんなトコ触ってないし」

「変なとこってどこ!?」

「ふははははは」

「待ってよモファナちゃん!」


 すばしっこく廊下へ姿を消すモファナと、それを追って部屋を出たシュネス。そんな二人を見て、ルジエは思わずといった様子で笑みを浮かべていた。


「モファナったら、同い年の友達が出来て楽しそうね」


 そのまま、ルジエも部屋を後にする。だから、誰もに気が付く事は無かった。


 椅子の背もたれにかけてある、シュネスが来ていたボロボロの服。その内ポケットにはモファナから盗った金貨が入れっぱなしになっていた。試験で盗ませたそのお金は、祝い金としてシュネスに渡される事になっている。


 その七枚の金貨が、灯りの消えた部屋の中で、ひとりでに光を発していた。

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