第4話 とても久しぶりの温もり
「そう言えば、まだ名乗って無かったね。ぼくはモファナって言うんだ。きみは?」
「シュネスです。……たぶん」
「たぶん?」
「ああいえ、何でもないです!」
シュネスが寝かせてもらっていた客室は建物の二階だったようで、一階へ続く階段を降りながら、二人は簡単に自己紹介を済ませた。
「それと、できれば敬語は使わないでほしいな。堅苦しいの好きじゃないし、歳も近いでしょ?」
「私は15で……15だよ」
「おー、同い年じゃん」
言われてみれば確かに、魔術師の少女――モファナとは背丈が同じくらいだ。
シュネスは栄養が足りないどころかギリギリ生きれる程度の食事しか摂れてないので、その歳にしてはかなり小さい方なのだが、それと並ぶモファナもそこそこ小柄という事になる。だが背丈の話は人によってはとても気にしている所だったりするので、シュネスはこの話はしない事にした。
一階は広いワンルームになっており、壁沿いにはキッチンやいくつもの棚が並んでいる。中央には木製の大きな丸机があり、そこで向かい合って話をしている二人の若い男女がいた。
「なんで先に行っちゃうワケ? 私が帰って来てから打ち合わせして、それから始めるって言ったじゃない!」
「ほら、クロジアのやつが言ってただろ、『良い事は急げ』ってな」
「『善は急げ』でしょ」
「俺とモファナで編み出した最善の試験方法だったんだから、急ぐに越したことはないだろ?」
「あるわよ大ありよ! 私なんにも知らなかったから内心めちゃくちゃ焦ってたのよ!?」
いや、話をしているというより、深紅の髪を背中まで伸ばした女性が縮れた青髪の青年に、一方的に文句を言っているようにも見える。
「二人ともー、長髪ちゃん起きたよー」
「長髪ちゃん……」
モファナの呼びかけに、言い合いを止めてこちらを向く二人。モファナ相手には緊張しなくなったが、他の二人とはまだ言葉を交わしていない。モファナの安直なあだ名に反応しつつも、自然と背筋が伸びるシュネス。
「おっ、元気そうじゃん」
「体はもう大丈夫なの?」
そして、シュネスに対する二人の反応は意外にも優しいものだった。特に女性の方は心配そうにシュネスを見ていた。
「お、おかげさまで。たくさん眠れました」
「ホントにたくさん寝たよねー。丸二日寝るかと思った」
「え、二日……?」
モファナの言い方だと、シュネスは二日間寝て過ごす前に起きた事になる。そして窓の方を見ると、外は真っ暗。夜だ。
「私、丸1日と半日も寝てたんですか!?」
「そうよ? 体調崩したんじゃないかって心配したんだから」
言いながら、赤髪の女性は水の入ったコップをテーブルに置いた。
「私はルジエって言うの。で、こっちの男がマスト。まずはゆっくり話でもしましょ」
「は、はい。あ、私はシュネス、です」
「ハハ、そんな怖がらなくても、もう人間砲弾は飛んでこないから大丈夫だよ」
「人間砲弾? なんだソレ」
「きみの事だよ体術馬鹿」
反応がいちいち堅いシュネスを気遣ってか、モファナはシュネスの手を取ってルジエとマストのもとへ向かった。
ついさっき――ではないのだが、少なくともシュネスの体感では先ほどまで追いかけられた相手なのに、握られた手の温かみが心地よく感じる。緊張や恐怖、それから他人に対する警戒心も、自然と解けていくような感じだ。
(人の手を握ったのは、いつぶりかな……)
身も心も冷たかった路地裏での日々では、手を握るのはおろか、人とまともな会話をする事だって珍しかった。そう思うと、目の前の光景はシュネスにとって『現実』とは遠いものに感じた。
「それで、シュネスちゃんだっけ。まずは詳しい話をしようと思うんだけど、その前に」
「……?」
「お腹、空いてるわよね?」
その言葉と共に差し出された具だくさんのスープに、シュネスは神の後光の如きまばゆい光を見た。
* * *
5日ぶりにありつけた食事。しかも何年ぶりかも分からない暖かい食べ物をお腹いっぱい食べられて、感動の余りシュネスはモファナ達に見せる二度目の涙を流した。そして次に見せたのは、これもまた二度目の土下座。
「こんなに美味しいものを食べさせていただいて、ありがとうございます!」
「ちょっ、顔上げて!」
驚きながら、素早い動きでシュネスの体を持ち上げるルジエ。杭を打つように頭を床にぶつけて土下座をしたので、シュネスの額は少し赤くなっていた。その顔を見てモファナは笑う。
「きみ、すぐ土下座するじゃん」
「命を助けて欲しい時とか、命を救われた時とか、とにかく命に係わる事には頭を下げろって、退役兵士のホームレスのおじいさんに教わったから」
「俺らはその二種類の土下座を一気に見ちまったワケか。ハハハッ」
「全く、客人に今晩の余りを出して土下座されたのは始めてよ」
「ねえ誰もホームレスのおじいさんに突っ込まないの? 退役兵士気になるのぼくだけ?」
引かれてしまったかと今度は心配になるシュネスだったが、意外にも皆笑っていた。釣られて頬が緩みかけたシュネスだったが、すぐに本題を思い出し、身を引き締める。
「それで……話していただけませんか? 私を追いかけた――いえ、私にお金を盗ませた理由。モファナさ……モファナちゃんが言ってた『一緒に働く素質』ってどういう意味なんですか?」
思わずまくし立てるような聞き方になってしまったが、ルジエは一つずつ、ゆっくり答えてくれた。
「私たち三人はある商売をしていてね。最近になって人手不足が目立ってきたから、新人を入れようって話になったの。それで、この街の人で何人か目星をつけて、それぞれに試験を行った」
「そして、シュネスに課した『試験』が昨日のアレ。『追いかけるぼくたちから逃げる』って試験さ。まあこの話はさっき上でもしたよね」
「とっさの判断力や臨機応変な立ち回りを見極めるための試験。俺とモファナで考えたんだぜ!」
「そ、そうだったんですか……」
シュネスの実力を測るための演技だった、というのは先ほどモファナから聞いていたが、どうやら彼女たちの商売仲間に加わるための試験だったようだ。そう思えば、魔術師であるモファナから割とあっさり逃げ切れたのも合点がいく。彼女が本気を出せば、きっと逃げ惑う浮浪児一人など寝ながらでも捕まえられるだろうに。
「まあ、本来なら試験内容は私も含めた三人で決める予定だったんだけどね……おバカ二人が先走ったせいであんな強引な形になったってワケ。ごめんなさいね、シュネスちゃん」
「い、いえそんな、謝る事では……」
思い返してみると、シュネスを追いかけて来たマストがルジエと合流した時、なにやら揉めていたような気がする。あれはルジエ抜きでシュネスの試験を始めた事に対する事だったのか。
「そ、それで……」
シュネスにとっては日常の一部であり、割とよくある命がけの逃走でもあった昨日の盗み。それが知らない間に始まっていた『試験』だった事は理解できた。そうなると、シュネスにとって当然
「私はその試験、合格なんですか……?」
合格なのか、不合格なのか。
勝手に巻き込まれた試験とはいえ、それはとても気になる事だ。
「まあ、合格でいいんじゃね?」
最初に声を発したのはマストだった。彼は頭の後ろで腕を組みながらこう続ける。
「最終的には路地裏で囲まれて終わったが、実際途中までは俺たち相手に逃げてたんだしな。モファナも俺も手を抜いてたとはいえ、あれだけ逃げれるのも逸材だろ」
「ぼくもいいと思う! 入り組んだ路地裏を探知魔術無しで迷わず走り回ってたし、地理に強いシュネスがいると頼もしいと思うよ」
「マストさん……モファナちゃん……」
二人にそう褒められて、シュネスは嬉しくなった。明日も見えない中で泥臭く足掻いて生きて来たような自分が、二人のような『強い人間』に褒められた。全てに否定されたと思っていた自分の事を認めてくれたのだ。
「で、ルジエはどうなんだ?」
「そうね……私もいいと思うわ。マストの言う通り、手加減してるとはいえ二人の追跡をしのいだのは確かな実力なんだし」
でも、と続けるルジエは、シュネスの身を案じるような目をしていた。
「この仕事、内容によっては良い思いをしないと思うから、シュネスちゃんが大丈夫かどうかにもよるわね」
「良い思いをしない……?」
回りくどい言い方をするが、それは身の危険がある仕事という事だろうか。
「そう言えばですけど。もしかして皆さんのお仕事って、冒険者だったりしますか?」
ルジエが腰に剣を携えて街を歩いていた時、彼女は王国騎士団か冒険者として活動しているのではと思っていた。そして剣を使わなさそうなモファナとマストも同じ仕事をしているとなると、騎士団の線は無くなる。
「うーん、似てるけどちょっと違うかな」
だが、ルジエは否定した。続く言葉は、シュネスにとって衝撃的なものだった。
「シュネスちゃん。『守り屋』って、聞いた事ある?」
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