保全員の男

@saikiki

保全員の男

 男はある化学工場の保全員だった。決められたルートを巡回し、ポンプの音を聞いて異常はないかを確認した。異常があった場合はポンプをバラし、修理し、再起動した。そのような仕事を10年ほど続けていた。

 ある日、自分の担当のエリアのとあるポンプの電動機にアースが設置されていないことに気が付いた。アースが無いと、もし電動機が故障し漏電した場合、それに触れた者は感電し、死んでしまう。アースの設置はコンクリートの基礎に穴を開け、地中深くに電線を刺さし、電動機と結合させなければならない。本来基礎工事の最中に行うもので、後からの修正は困難だった。男は考えた。「このポンプにアースをつけずに設置したのは私では無い。漏電なんかめったに起こるようなことではない。事実、私は漏電に居合わせたことはない。問題を指摘したら私が修理担当になる。そんなことは面倒だ。」男はそのままにして、いつもの仕事に戻った。仕事が終わると独身寮に戻り、いつものように、テレビで野球やニュースを見ながら、買ってきた弁当を食べた。テレビには金融緩和中に増税をするというニュースが流れていた。男は生活費に困ってはおらず、特段気に留めなかった。

 5年後、転職した男は排水処理工場で同じような仕事をしていた。仕事が終わってアパートに戻り、いつものように、テレビでニュースを見ながら、買ってきた弁当を食べた。国民の可処分所得が減っているというニュースが流れていた。食べ終わると、テレビで野球を見始めた。始球式には、金融緩和を始めた当時の首相が出ていた。数万人の観衆が写真を撮ったり手を振ったりしていた。

 その日、ある化学会社で運転作業員が漏電したポンプに触り、感電して死んだ。労働災害として処理された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

保全員の男 @saikiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る