第二十八集 肝臓
「またですか! もう! もう!」
一週間前から遠征に来ている小都市で、すでに三件目の殺人事件が起きていた。
いや、正確には、季節が冬になってから、この小都市、
最初の一ヶ月は死んでいるのが浮浪者や下級市民だけだったため、地方官吏も気にしていなかったのだが、最近になって貴族の息子が二人殺されてしまった。
それに恐れをなした官吏たちが朝廷へと泣きつき、助けを求めてきたのだった。
そこで、派遣されたのが朱燕軍。
事件を解決に導くため、今回は
ここまでの人材を裂くのには理由があった。
慧国皇帝陛下の妃の一人、
「というわけで、文句を言わずに頑張れ、
「
いや、視るだけならばマシだっただろう。
「この遺体も貴族のおぼっちゃまたち同様、肝臓が抜き取られていますよ。毎日同じ結果です」
「そうかそうか。で、どうだ?」
「そうですね。貴族のおぼっちゃんたちの遺体を解剖することは拒否されたので、ここ数日に発見された遺体から組織をとって検査をすれば、理由がわかるんじゃないですかね」
「うんうん。良い調子ではないか!」
「髪についた腐臭がとれなくなったら恨みますからね!」
「何を言っている、
「……けっ」
「この作業、本当に楽しくないし嬉しくない」
壺から漂ってくる香りは草花の清らかなものではなく、腐臭を帯びた湿り気の有るもの。
「うええん」
唯一においがしないのは髪くらい。
ただ、その髪こそが、今回の事件を解決する糸口となるのだった。
検査し始めて二日目。徹夜したので実質的には一日目なのだが。
「……人間って本当に色々と思いつくんだなぁ」
判明した事実を紙にまとめ、
まだ陽の昇らない薄暗い道を歩く。
馴染みのない街だからか、余計に寒く感じた。
邸には交代で朱燕軍の兵士が警備にあたっている。
「お疲れさまです、
「みなさんもお疲れ様です。あとでお茶と点心の差し入れに行きますね」
「いつもありがとうございます」
見張りの兵士たちとあいさつを交わし、複数ある部屋の中でも一番雅な場所を目指す。
その部屋には、すでに灯篭の灯りが揺れていた。
「……おはようございます」
「わかったのか!」
まだ午前三時なのに。
「
「もちろん、寝ている」
「でしょうね!」
「ほう……。死んでいたのは全員薬物中毒者なんだな?」
「そうです。だから肝臓が抜き取られていたんです」
肝臓は体内に入って来たものを
薬物中毒者の肝臓は、それまで摂取してきたあらゆる薬物の成分が蓄積され、蝕まれている。
その、蝕まれてしまっている肝臓こそが、売人たちにとっては金の卵そのもの。
どうするのかというと、薬物中毒者から取り出した肝臓を煮込み、ドロドロに溶かしてから、薬物の成分だけを抽出するのだ。
そうすれば、それなりの量の麻薬が出来上がる。
末期の中毒者たちは売られている麻薬の安全性など考慮しない。
どこからどうやって何を精製したものでも気にすることなく買い求めに来る。
そしてまた売人たちは中毒者を殺して肝臓を抜き取り、麻薬を精製して売る。
負の連鎖が続いていくという仕組みだ。
「最近では干して粉末にしてから摂取することもあるそうですよ」
「その方が手軽そうだな」
「お酒に混ぜて飲めば効果も絶大って感じです」
「ううん、それにしても、なぜ貴族の子息たちまで狙われたのだろうか」
「彼らはお金がありますからね。手に入れにくい外国の麻薬をたしなんでいたのかもしれません。珍しい高品質の麻薬の成分が蓄積している肝臓なら、高値で売れるでしょう」
「嫌な話だな。さて、どうやってこの恐ろしい事業を辞めさせるかだが……」
「
「……ダメですよ。あ、ほら、顔を曇らせている人がきましたよ」
寝起きで少し鈍い動きをしてはいるが、
「兄上、潜入は許可しません。将軍命令です」
「頭の固い心配性の弟め。父上が将軍にしたばかりに、発言力があるからさらに可愛くない」
「なんと言われようと、ダメです」
「ううむ。でも、薬物中毒者のふりをして誘拐されなければ、賊の根城はわからんぞ」
「……では、お」
「わたしが行きます」
「は? お前もダメに決まっているだろうが」
「あのですね、
「どういうことだ?」
「薬物中毒者がそんなに健康的で筋肉もりもりなわけないでしょうが!」
「た、たしかに……」
「この中で貧相な体躯なのはわたしだけです。まぁ、自分で言いながら悲しみで心が傷ついていますけれども」
「だが、
「わたしが自分で解毒出来ないとでも?」
「あ……、でも」
「はいはい。ご心配ありがとうございます。話し合いは終了です。わたしが血色の悪い化粧でもして夜に徘徊しますので、援護をお願いしますね」
「ううん……」
ここまで言っても渋る
「相手が人間じゃなかったらどうするのだ、
「
「そういうわけではないが……」
「もし賊の中に一人でも魔術師やら妖術師がいれば、血液も一滴残さず盗っていっていると思いますよ。
「……くれぐれも気を付けるんだぞ」
「もちろんです」
(……よかった。詰められなくて)
その実、心の中では冷や汗をかいていた。
薬物中毒者の真似というのは、そうたやすいことではない。
肌の荒れ具合や呼気のにおい、髪質に目の白い部分の色、血管や血液の状態など、模倣するには工夫しなければならないことが多い。
簡単なのは、そういう効果の出る薬を実際に摂取すること。
当然、あの二人にはさせられない。
人間が行えば、解毒に多くの時間がかかるし、副反応も辛いものになる。
(まぁ、最悪三日間くらいだったら大丈夫でしょ)
仙術が使える、ギリギリの量を。
気をつけろ、自分自身にも、と。
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