第二十七集 醜聞のおさめかた
その夜、盛大に呑んだ
「何とのんきな……。まだおつまみ残っているのに」
「……来た」
火鉢が焚かれ、他の部屋よりも幾分温かいはずの室温が、急激に下がり、口から吐き出す息が一層白くなった。
「……助けて、お願い……」
「こんばんは」
すると、女性は目を見開き、
「……あなたの声がわかる」
「わたしは仙術師です。人間の有能な霊能力者位の力はありますから」
「お願い……。私たちを助けて……」
「複数人なんですね」
「囚われているの……」
「あなたは何者なんです? ここまで霊体を飛ばせるということは、なんらかの能力者か……」
「私たちは
その存在意義で有名なのは、病にかかった人間の代わりに死ぬこと。
重病患者の魂を一度引き抜き、代わりに
そうしてそのまま死ぬと、
そうなったら成功だ。
身体の持ち主の魂を元の身体に戻すだけ。
すると、不思議なことに身体からは病が消え去り、重病患者は健康な身体で再び生き直すことが出来るようになるのだ。
「あなた方はたしか隠れ里に住んでおられるはずでは?」
「そこが……、襲撃されたのです……」
「そうでしたか……」
「捕えられた今は……、貴族たち相手に……、仕事をさせられています……」
「
「その通りです……。我らは一度の人生につき、九回しかこの力を使うことが出来ません……」
「あなたはすでに何度使わされたのですか?」
「……七回です」
「危険ですね。すぐに助けに行きたいのですが、どちらに囚われているのでしょうか」
「糸を……、糸を追ってください……」
「糸……。魂魄を繋ぐ〈糸〉ですね」
「ああ、もう、眠りにつかなければ……」
「寝てください。なるべく早く、そちらへ向かいます」
「頼みました……」
女性は煙のようにふっと消えてしまった。
その後に残ったのは、うっすらと煌めく〈糸〉の痕跡。
「さっそく行ってみるか」
もう何をしても起きそうにないほど、眠りが深い。
「では、行ってきますね」
小声で告げると、灯篭の灯りを消し、
〈糸〉は都の中でもいわゆる一等地、貴族たちの邸宅が多くある場所へと向かって伸びている。
「……このまま進むと厄介な家につきそうなんだけれども」
「うええええ」
そこは皇族の
「
ただ、宗室ではないものの、その聡明さと慈悲深さから、貴族平民問わず、とても慕われていた。
ところが、一方で
父親の素晴らしい評判の陰に隠れて様々な悪事を働いているという。
「ううん。また皇族の醜聞か……」
つい先日亡くなった
幸い、太監を殺害した
「でも、行かないわけにはいかないしなぁ」
上空から見ると、〈糸〉は尚も
「……ひとまず、姿を隠して潜入でもしてみるか。こういうとき
いわゆる、『妖精の粉』である。
「へっ……、へっくしょい! ああ、鼻がむずむずする。自分の粉なのに、どうしていっつもこうなるのか」
「うはぁ……。よし」
ゴミとなったそれを燃やして処分すると、透明になった姿で
(うわ、なにこの下品な庭)
権力、財力、そして欠片もない知性をひけらかすように置かれた派手な美術品の数々。
それぞれの
元は
(隠し部屋か何かに収容されているのかな)
いくら透明になっていても足音は消えない。
それでもこうしたのは、邸内が非常識なほど五月蠅いからだ。
(こんな真夜中に宴会なんて……。何考えてるんだ)
良いのか悪いのか、敷地がとても広いため、近隣の邸宅には騒音による迷惑があまり掛かっていないようだ。
被害にあっているのは隣接している二つの邸宅くらいだろう。
(……ここかな?)
開閉用の取っ手か何か、近くにないかと見回すと、燭台が柱についていた。
(動かせそう。……やっぱり)
燭台を掴んで下方向へと降ろすと、目の前の壁が左右に分かれて入口が現れた。
(……何だこの酷い臭い。腐臭か……?)
螺旋階段を降りていく。
地下へ向かうにしたがって湿気による
最下段に着くと、そこには真っ赤に塗られた鉄製の重い扉があった。
それを、音を立てないようゆっくり開けると、いくつもの蝋燭に照らされるように現れた光景に、
「た、助けて……」
そこにいたのは、女性ばかり三十人ほど。
生きているのは十人。
残りの二十人は、言葉では説明できないほどの凌辱と拷問を受け、すでに死んでいた。
地面に滴る血や体液、皮膚、臓器、歯などを踏んで転ばないよう気をつけながら。
「今開けます」
「ああ、た、助かった……」
「その声は……、あなただったんですね」
「そうです。もう仲間たちは力の使い過ぎよりも、精神的苦痛が重すぎて、会話すらできない状況なのです」
やっと絞り出したのは「逃げましょう」という一言だった。
「殺してやる!」
それを急いで
霊衣族の女性たちがやらされていたのは、娼婦の使い廻しだった。
そのせいでいくつもの妓楼を出入り禁止にされ、憤慨していたらしい。
そこで紹介されたのが、とある
そこで雇われている女性には、『何をしてもいい』というのがウリだった。
しかし、
困った官吏は、ある情報筋から、霊衣族の存在を知った。
官吏はその情報を
「霊衣族の力を使えば、どんなに女たちを殺そうと、また生き返らせることが出来るので、お気に入りたちと長く楽しめますよ」と。
そこで
ただただ、己の
「奴と同じ血が流れているなんて信じたくもない! 今すぐに斬らねば気が済まん!」
「深呼吸しろ、季翠。いつも通り、頭を使うんだ」
「ふう、ふう、ふう……。すまない、
「季翠殿、あなたのせいではありません。いいですか、しっかりなさってください。これは皇族の問題です。今ここにいる人間の中で、あの邸に踏み込む地位があるのはあなただけなんです。わたしはおろか、
季翠は
「わたしがここに戻ってきてから、まだ一時間も経っていません。二十人の女性の遺体があの地下室に放置されたままです。悲しいことですが、大きな証拠になります。動くならば、急がなければなりません」
季翠は剣を置き、鉄扇を手に取った。
いつも戦で使っているものだ。
「
「……そうだな。旋風殿の伯母君の家がある」
「深夜の騒音被害は困るよなぁ」
「ああ。迷惑だ。それも、音を出しているのは皇族が住まう邸。皇宮を守護する禁軍に通報が来ても不思議ではないな」
「わが軍と朱燕軍はよく禁軍と演習をする仲だ。一か月後に発つ予定の私が練兵の相談に訪れていても不思議ではない。こんな深夜でも、だ」
「ああ、もちろん。武人はすぐ熱くなるからな。戦のこととなると、時間を忘れて話し込んでしまうのだ」
「私にとって
「その通り」
「では、行こうか、
「かしこまりました」
背中に鬼を背負った武人が二人、愚かな貴族の元へと向かっていった。
微塵も同情できないが、
数か月後、北の戦地で酷く辱められた
派遣された戦地で敵に捕まり、酷い拷問を受けてから殺されたようだ。
ただ、何の情報も漏らさなかったという。いや、漏らすような情報を何も持っていなかったのだ。
彼はただの、お飾りに過ぎなかったからだ。
戦乱の世では何が起きるかわからない。
今回の訃報は、それがよくわかる好い事例になったと言えよう。
ちなみに、
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