第三集 都合のいい解釈

「結構いるし、なんならもう食べられてるじゃん、人間」

 食い散らかされた骨の中にある三つの骨盤は人間のそれ。

 どうやら骨までは食べない種類の魑魅すだまらしい。

「豚じゃないだけいいか」

 豚型の魑魅すだまは死体も服も一切残さない。そのせいで、人間が襲われても、その場に散らかる荷物から人数を判断するしかない。

「この歯形は……、猫」

 猫の魑魅すだまは多い。

 もともと霊感の強い動物だ。邪悪に染まった木霊に憑依されやすいのだ。

假荊芥カケイガイでもつぶそう」

 假荊芥カケイガイ犬薄荷イヌハッカとも呼ばれる薬草で、猫が特にこの匂いを好むのだ。

「さぁ、出てこい」

 霓瓏げいろう假荊芥カケイガイくうから取り出すと、空中に浮かせ、仙術ですりつぶした。

 風を起こし、においを山中へと滑り込ませていく。

「ぎにゃぁああああ」

 可愛らしい猫とは違う、狂気じみた鳴き声がこだまし出した。

「ほら、こっちだよ」

「ぎにゃ……。きしゃぁああああ!」

 五体の猫型魑魅すだまが怒り狂っている。

 魑魅すだま仙子せんしのにおいが大嫌いだ。霓瓏げいろうは基本的に薬くさいのであまり仙子せんし特有の甘い匂いはしないはずだが、彼らには十分わかるようだ。

「あ、ちょっと! わたしあんまり強くないんですから!」

 人間たちから奪ってきたのだろう。なかなか立派な甲冑と武器だ。

 腕力では絶対に叶わない。霓瓏げいろうは、腕力方面は貧弱なのだから。

「うわ!」

 振り下ろされた斧と剣。

「わたしは猫が大好きなんだ! お前たちみたいな魑魅すだまに猫の素晴らしさが穢されてたまるか!」

 魑魅すだまの猛攻を間一髪のところで避けると、霓瓏げいろう太桃矢タイタオシーを握り、構えた。

「わたしが妖精女王〈太陰星君たいいんせいくん嫦娥じょうが〉陛下から授かった力、見せてあげよう」

――薬霓空華やくげいくうげ

 太桃矢タイタオシーを一振りすると現れた薄桃色の矢たち。

 その切っ先には何かの液体がしみ込み、艶やかに濡れている。

 次に杖を振るうと、矢はまっすぐと三体の魑魅すだまに向かって飛んでいき、鎧を貫いて刺さった。

「ぎにゃぁああ! ……にゃ?」

 魑魅すだまたちは痛みに顔をゆがめながら立ち止まり、次の瞬間には強く痙攣し始めた。

薬霓空華やくげいくうげは、動植物が持つ薬効や毒を仙力に変え、良い方にも悪い方にも好きに強めることが出来る力。今撃ったのは馬銭マチンの種子液。君たちの死体を餌に、さらに魑魅すだまを呼び寄せようと思ってるんだ。出来れば、吐血せずに死んでくれ」

 霓瓏げいろうは苦しむ魑魅すだまたちを前に経過を観察しながら辺りを見回した。

假荊芥カケイガイのにおいにつられて他にも来たようだね」

 いくつもの光る眼がこちらを見ていた。

「おいで? 遊ぼうじゃないか」

 霓瓏げいろうは杖を回転させ、いくつもの矢を宙に浮かせた。

 そして、こちらに向かって走ってくる魑魅すだまの集団めがけて全弾撃ち込んだ。

 口から泡を吹き倒れ痙攣する魑魅すだまたち。

 霓瓏げいろうは気絶してしまった魑魅すだまたちから数体を選び、仙力で浮かせ縄を巻いて木に吊るした。

「君たちの血で呼び寄せておくれ」

 魑魅すだまの首の高さに杖を伸ばすと、杖を直剣に変化させ、真一文字に切り裂いた。

 勢いよく流れる赤黒い血液。

 生臭いにおいが辺り一面に充満し始めた。

「……来たぞ」

 低い唸り声。

 血戯ちそばえの獣たちは、興奮した荒い息遣いで一歩一歩近づいてきた。

虎鬼魅こきみか」

 爪から滴る血はおそらく人間のもの。

 針のような毛は黄色に黒い縞、そして返り血の赤。

(人面ということは、けっこう人間を食べているな)

 鬼魅きみは人間を食べれば食べるほど顔や体つきが人間に似てくる。

 今目の前にいる虎鬼魅こきみの顔は、体毛と二本の角さえなければほぼ人間だ。

 両手には青龍刀。意匠も凝っている。

 人間の士族から奪ったものだろう。

「言葉がわかるか、虎鬼魅こきみ

虎鬼魅こきみ……? 違う。迅壊じんえだ」

「名前まであるのか」

 虎鬼魅こきみを恐れた近隣に住む人間たちが、名をつけてしまったのだろう。

 名はその者の命運を縛るのろいともなるが、形を強固にするまじないにもなる。

 彼は『迅壊じんえ』という名を得たことにより、自我が芽生え、生きるために殺し食すということへの正統性に自負がある。

 もともと話が通じない相手ではあるが、相手に思考があることにより、正義の対立が生まれてしまった。

(人間は本当にろくなことをしないな)

「あなたを退治しに来ました」

「なぜ」

「人間を殺すからです」

「生きるための食料だ」

「……ですよね。なので、わたしがこれからすることは、殺人と変わりはない」

 銀色の閃光。目の前をかすめていく切っ先。

 頬から血煙があがった。

「……お前、人間ではないのか」

「ええ。違います」

「なぜ俺を殺す」

「人間を食べるからです」

「お前は食べないのか」

「食べません」

「そうか」

 名前のごとく疾風迅雷の斬撃と破壊力。

 体力には自信がない霓瓏げいろうは、なるべく派手に動いて体力を使いすぎないよう、紙一重のところで避け続けた。

 木が根元から弾ける。すごい力だ。

 直撃したらただでは済まないだろう。

 また血煙。腕が切られた。

「お前、甘すぎてくさいぞ」

仙子せんしですから」

 杖を振り、幾千もの矢を産み出し、目くらましにしながら後方へ宙返りし避け続ける。

「こざかしい」

「戦うの得意じゃないので」

 霓瓏げいろうは十分な距離をとると、阿芙蓉アフヨウの力を矢に込め、三本撃った。

「……痛い。……ん?」

 迅壊じんえはピタリと止まり、ふらつきだすと、そのまま前に倒れた。

「お花……、蝶々……」

 うわごとを口にしながら唸っている。

 倒れるときに青龍刀の一振りが腹に刺さったようだ。それでも、痛みはさほど感じていないだろう。

「ふぅ。やっぱり芥子ケシは効きますね」

 結構限界だった。

 腕力もなければ持久力もさほどない。我儘に自分勝手に生きてきた結果なので致し方ないのだが。

 それでも、人間よりは少しマシだろう。

「わたしが人間だったら、とうに死んでる」

 気付けば日が暮れ、夜がもうすぐそこまで迫っていた。

 戦いの中で移動した結果、結構山奥まで来てしまった。この時間に下山を始めるのは自殺行為だ。

「やっぱり泊りだ。今日は祁旌きせい殿のごはんが食べられないのか……」

 霓瓏げいろうが杖でくうを叩くと、虚空に人一人分ほどの穴が開いた。

 スッとその中へ入っていく。

「ただいま、我が屋敷」

 中は仙子せんし族だけが作り出せる空間、幻華天雛げんかてんすうになっており、大きな屋敷が建っている。

 色とりどりの草木が風に揺れ、一年を通して桃の花が開いている、とても幻想的な世界だ。

 丹精込めて育てている薬草畑からは、清涼ないい香りが漂ってきている。

「これを見られたら、祁旌きせい殿に家を追い出されてしまう」

 霓瓏げいろうはさっそく屋敷へと入り、寛いだ。

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