それが彼の名前

***

アルヴィン・ランフォード。……それが彼の名前だ。アルフォンスの親戚だと言ったら信じてもらえそうな名前だ。でも違う。……私は会った事がある。……いや、違う、……初めてじゃない。……思い出せないだけなんだ。……アルヴァン……、

「……アル……」

「……」

「……」

「……」

メリカは目を開けた。見慣れない部屋が見えた。自分は椅子に座って机に向かっていたようだ。

メリカは自分の手元を凝視した。手は震えていた。……これは、なんだろう。……夢じゃない。現実なんだ……。メリカの手の中には、一枚のコインが握られている。銀色に輝く十セント硬貨だ。メリカはそれを見つめていた。その視線の先に何かあったわけではない。彼女の意識は過去に向けられ、現在を素通りしているだけだ。……思い出せ、思い出すのよ……。私は前にもこの光景を見ていた……。

メリカはハッとして、目線を動かした。……えっ……、……嘘……!? メリカは驚いて立ち上がった。その拍子に足を滑らせ尻餅をつく。痛みが襲ってくる。それでも彼女は立ち上がろうとしていた。彼女の視界に映るもの、それはとても奇妙で奇妙なものだ。メリカはそれに釘付けになった。


***

ランフォード博士の研究室はいつも同じ匂いで満ちていた。メリカはこの場所が好きだった。

その部屋に、一人の若い男が入ってきてメリカに尋ねた。メリカと同年輩だ。メリカはその若者を見て微笑んだ。

――いらっしゃい、待ってたわ、アルヴィン・ランフォード君。

メリカは彼に向かって両手を広げた。

――待っていたわ、ずっと……。さあ、こっちに来て……。一緒に遊びましょう……。


***

ランスロットは、床に転がるメリカの姿を見つけて慌てて駆け寄った。メリカを抱き起こして脈をとる。大丈夫、息をしている。死んではいない。……しかし、なんて無茶をする子だ。ランスロットはため息をついた。アルヴィン・ランフォードとメリカは同じ施設で育った幼友達だった。二人は年が同じということもあり、兄弟のように仲が良かった。二人は親友だった。ランスロットとメリカが別れるまでの数年間を、彼らは共に過ごした。

しかしある日を境に、二人の関係は変わった。ある事件をきっかけに、二人はお互いを避け合うようになった。二人とも自分のせいだと分かっていたが謝ることができなかった。気まずくなったまま離れ離れになり、再会することは二度とないだろうと思われた。それから長い時間が経った。二人は別々の道を歩むようになっていた。


***

メリカの呼吸は落ち着いているが、ぐったりとしたまま動かなかった。ランスロットは彼女に呼びかけた。

――メリカ、起きなさい。こんなところで寝たら風邪を引くよ。

メリカの瞼が動いた。目が開いた。

メリカはぼんやりとした表情を浮かべている。しばらくして、ようやく状況を把握したのか、驚いた様子で辺りを見回した。

――ここは? ランスロットが答えた。

――僕の研究所だよ。君はここで眠っていたんだ。

メリカの顔から驚きが消えた。安堵しているようでもあった。メリカの唇が動いた。

――そう……。よかった……。……私ね、変な夢を見ていたの……。

メリカはポツリポツリと言葉を紡いだ。ランスロットは相槌を打った。

――そうか……。どんな内容だい? メリカが言った。

――うん……。昔の話……。私たちがまだ子供だった頃の……。――昔? ああ、そうだね……。

ランスロットが苦笑する。

メリカが訊いた。――あのね、あなたがここに来る前の事だけど……。私の名前ね、実はね、アルフォンスがつけてくれたものじゃないの。

メリカは続けた。――アルヴィンっていう名前は、本当はね、別の人がくれたものだったの。私ね、それをすっかり忘れてしまっていたの。……アルフォンスはそのことを知らなかったと思う。だから、アルフォンスには言わないでほしいの。……お願いします。

そう言って、メリカは頭を下げた。

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