第35話 私の欲しい物

麗奈は徹へ依頼した。


「徹君。京香さんと仲良くなって、この人の事を探って欲しいの。」


徹は、訝しそうに言う。

「そんな事でいいの?京香さんはいつも俺を指名してくるから、そんなに難しい事じゃないけど。」


麗奈は言った。

「ええ、とりあえずは、それでいいわ。もっと頼みたい事があったらお願いするから。」


徹は笑った。

「助かるよ。本当はそろそろホストを辞めたかったから。でも、介護福祉士の給料だけだと、どうしても足りなくてね。結婚したくてもできないし。麗奈は?今結婚しているの?」


麗奈は言った。

「この前離婚したばかりよ。今は一人なの。」


徹は、麗奈に言う。

「元旦那は馬鹿だな。俺なら絶対離れないのに。」


徹は何かを懐かしむように言った。





それから、徹と麗奈は何度も連絡を取り合った。


京香は徹の事がかなり気に入っているようで、何度も徹に会いに行っているらしい。


麗奈はふと、父の遺書を思い出した。


父を騙した女は、父に結婚費用だと言って50万円を渡してきたらしい。そのお金を受け取り、相手が本気だと父が思い込んだら、自宅の物を盗まれ連絡が取れなくなったと書かれていた。居場所は知っているが、会いに行く事は絶対にできない。裏切られた。信じていたのにと女の事ばかりを書いていた。



今日は徹が、麗奈に会いに来ていた。真新しいスーツを着こなし、細身で引き締まった体、整った顔立ちの徹は、ホストとして人気が出るのは当たり前だった。



徹が言った。

「麗奈。どうしたの?」


麗奈は言った。

「徹君。京香さんはどんな様子なの?」


徹は言った。

「相変わらず、よく店に来るよ。スイーツが好きらしく、カクテルと一緒によく注文している。ちょっと甘い言葉を言えば、何でもしてあげるって擦り寄ってくるよ。この前、一緒に暮らしたいって言われた時はゾッとしたけど、冗談には見えなかったな。」


麗奈は言った。

「徹君。お願いがあるの。」


徹は言った。

「なに?」


麗奈は言う。

「この町のマンションを紹介するわ。それに約束した通り仕事も紹介するから、あの人にお金を貸してって頼んで欲しいの。」


徹は言った。

「お金を?どうして。借りなくても十分生活できるのに。」


麗奈は言う。

「あの人は、祖父母の家から何もかも盗って行ったわ。父は50万円を女から受け取った直後に、根こそぎ盗まれたって遺書に書いていたから、また同じようにするはずよ。」


徹は言う。

「まさか、京香と一緒に暮らせって?」


麗奈は言った。

「半年、ううん3カ月でいいの。あの人がいない間に祖母と叔父を説得するわ。お願い。徹君。紹介するこの町のマンションはすぐに入居できるようにしておくから。」


徹は言った。

「分かったよ。でも、もし麗奈の言う通り京香さんが、俺の家に来たら、俺は麗奈の所に行きたい。」


麗奈は言った。

「え?」


徹は言う。

「今は一人だろ。ずっと好きだった。麗奈が急にいなくなってどれだけ後悔した事か。付き合ってほしい。」


麗奈は言った。

「私はそんなつもりなんて。」


徹は言う。

「麗奈に結婚願望がない事は知っているよ。なにか事情があるのだろう。別に結婚してって言っているわけじゃない。ただ一緒にいたいだけだから。それとも、ホストをしている俺の事は嫌いか?」


麗奈は言う。

「嫌いじゃない。徹君は一番信用できる男よ。だからこんな事を頼んでいるの。」


徹は笑った。

「俺は、一番好きな女が麗奈だよ。心の底からね。」





徹にお金を貸して欲しいと頼まれた京香は、徹の家を尋ねて行ったらしい。同棲が始まったと少し嫌そうな徹から連絡を受けた京香は、さっそく叔父の広一に電話をかけた。


だが、叔父に何度かけても電源が切れているようで繋がらない。


今は、丸田家に京香はいないはずだった。


今なら行っても大丈夫だろうと思い麗奈は、丸田家を尋ねて行った。


(丸田家をあの女から解放するの。いつかあの女は、父にしたように丸田家にも害を及ぼすはずだわ。私に残された家族は丸田家だけだもの。)


広い庭に、重厚感のある正面玄関、広い2階建ての丸田家。あの時、私は入る事が許されなかった。でも、今なら大丈夫なはずだ。麗奈はインターホンを押した。


「ピンポーーーン」


中から焦ってかけてくる足音がする。


ガチャ


と音がしてドアが開いた。


出てきたのは、麗奈と同じくらいの年齢の男性だった。初めて会うが従弟の良だろう。


麗奈は自己紹介をして中に入り、丸田家の中を見て唖然とした。


家の中は荒らされ、足の踏み場が無い程、物が散乱している。


初めて会う従弟の良も事情が分からないらしい。


倒れている文に麗奈は付き添った。


(ひどいわ。何があったのかしら?)


翌日病院で医師から説明され、叔父の広一も入院している事を知った。


熱中症だった祖母はすぐに退院になるらしく、そのタイミングで麗奈が祖母を引き取る事になった。


祖母の部屋を麗奈は確保していた。前回叔父に会った時に、祖母が家事ができなくなってきていると聞いていたから、すぐに必要になるかもしれないと思っていたのだ。


意識を取り戻した祖母は言う。

「鈴ちゃんは?」


麗奈は、笑って言った。

「鈴が待っています。一緒に帰りましょう。」


(やっと、お祖母さんに恩返しができる。やっと、私にも家族が。)








京香は相変わらず徹のマンションで暮らしているらしい。


丸田家が大変な時に、自分勝手に出て行った京香について、従弟の良は縁を切ると言っていた。入院中の叔父と京香は既に離婚が成立しているらしく、麗奈がなにもしなくても京香は丸田家から自分で出て行った。


徹は、麗奈のマンションによく来るようになった。京香が徹のマンションに来てからホストの仕事を辞め、麗奈が紹介した介護福祉士の仕事をしている。徹は京香と一緒にいる事を嫌がり数日に1度しか元のマンションには帰らない。


徹は麗奈に言った。

「あの女は本当に酷いな。家事は全然しないし、勝手に家の物を持ち出す。お金はあるはずなのに。」


麗奈は言う。

「元々そういう人なのよ。叔父も知っていたはずなのに、どうしてずっと一緒にいたのか不思議だわ。」


徹は言った。

「もう、300万円近くの貴金属が盗まれたよ。元客から貰った物ばかりだから別にいいけど。」


麗奈は言った。

「本当にそうなの?」


徹は、麗奈に言う。

「今は麗奈がいるからね。感謝しているよ。」


徹は、京香が家に来てから3カ月経ってからマンションを引き払った。すぐに新しい鍵に付け替えられるはずだから京香はマンションを出て行くしかないはずだ。


京香は貸した300万円を諦めるしかないだろう。自分が盗んだ貴金属の方が多いのだから。


それから京香がどこに行ったのか麗奈は知らない。


またどこかで、男にすり寄って家に入り込み盗みを働いているのかもしれない。


だけど、もう京香も年だろう。


それに、徹から聞いた京香の体の異変は、麗奈がよく話をする糖尿病を患っている人達と、とてもよく似ている。あの傲慢な女は気づいてさえいないらしい。








麗奈は、文の部屋に訪れていた。



すやすやと眠る祖母の隣で、麗奈は母の仏壇に手を合わせて小声で話しかけた。




「ねえ、母さんは、父さんと京香さんが付き合っているって知っていたの?


父さんの遺書には結婚前から関係が合ったって書いていたけど。


ううん。もうどうでもいいわよね。


利用して捨てようとした男から逆に捨てられるなんて、京香さんはどんな気持ちかしら。


私のように、家から追い出された苦しみを分かってくれたかしら。


私は今幸せよ。家族も、恋人もいるの。


もう子供はできないけど、その分一生懸命働くわ。


だから母さん。安心して見守ってください。」



仏壇の母、鈴は笑っているようだった。

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