第32話 疎遠な親戚と家族
麗奈には、母がいない。麗奈を産み体調を崩した母は、麗奈が幼い時に亡くなったらしい。
麗奈は父方の祖父母に育てられた。父は、仕事が忙しいと祖父母宅へ寄りつかず、麗奈は年に数回しか父と会う事がなかった。
祖父母宅は、広い屋敷が立ち並ぶ住宅街にあり、近所の人も高齢者が多かった。麗奈は、幼い時からやさしくしてくれた人達に恩返しをしたいと、高齢者や病気の人の役に立つ仕事をしたいと思うようになった。
麗奈が高校生の時に祖父母が相次いで亡くなった。悲しみに暮れる麗奈の元に、父が帰って来て、麗奈に言った。
「麗奈。お前はもう高校生だろ。世の中には既に働いている人もいる。この家を出て行って自立しろ。」
麗奈は驚き、父に言う。
「お父さん。そんな急に。もう医療福祉大学の入学通知も届いているの。入学金だって払わないといけないのに。」
父は、麗奈に言った。
「大学は諦めろ。俺は結婚する事になった。相手がこの家で暮らしたいって言っている。
だから、出て行ってくれ。麗奈なら大丈夫だろう。とにかく1週間後までに、出て行けよ。」
父の結婚相手は京香という名の女らしい。父と一緒に来て、父の後ろで笑っていた。やけに値踏みするような、いやらしい目線が気になった。
追い出される事になった麗奈は途方に暮れた。
医療福祉大学には祖父母宅から通う予定だった。
どうすればいいのだろう。
入学金は?学費は?生活費は?
今からでも奨学金の申請をすれば間に合うだろうか。
大学進学に反対している父がお金を出してくれるはずが無い。
麗奈は自宅の荷物を纏めている時に、電話帳を見つけた。
そこには、母の実家の電話番号が書かれていた。
疎遠で会った事がない母の実家。今どうなっているか、だれが住んでいるのかさえ知らない。
麗奈は、電話をかけてみる事にした。
プルルルルプルルルル
コールの後で、電話に出る人物がいた。年配の女性だった。
「もしもし。丸田です。」
麗奈は、話す。
「もしもし。鈴の娘の麗奈と申します。あの、相談があって、、、」
電話の向こうの人物は言った。
「まあ、よく電話してくれたね。私は鈴の母親だよ。本当に嬉しいよ。」
電話の向こうの人物は少し涙ぐんでいるようだった。
鈴は、話しかけた。
「御祖母さん。」
電話で事情を説明すると、丸田家においでと誘われる。丸田家は祖母の文と、叔父の広一、叔父の妻京香、従弟の良が住んでいると聞かされた。
広い家には、部屋がまだ余っているらしい。
安堵した麗奈は、丸田家の住所へ向かった。
家に入ろうとすると、中から言い争う声が聞こえてくる。
「私は、反対よ。どうして私に何も言わずに決めているの?お義母さんも勝手だわ。ここは、私や良の家でもあるのですから。」
「そんな反対するような事じゃないだろ。部屋だって余っている事だし。」
「貴方は黙っていて。今お義母さんと話をしているの。」
麗奈は、震える手でインターホンを押した。
ピンポーーーーーーン。
音が鳴り響く。
ドアが開いた向こうには、叔父らしき人物がいた。
疲れ切った顔で、笑みを浮かべる叔父は所々白髪が混じる頭に、眉間の皺、頬に染みがある壮年の男性だった。たしか50代と聞いていたが、年齢より老けて見える。
麗奈は、叔父の後ろにいる人物に気が付き、挨拶をする事も忘れて、唖然として紙袋を落とした。
叔父の後ろには、父が結婚相手として紹介してきた京香がいた。
長い茶髪に、白い肌。厚化粧だが、30代のように見える。
なぜ、父の結婚相手が?
「こんにちは。麗奈さん。どうぞ。」
叔父が麗奈に、中に入るように促してきた。
その光景を睨んでいた京香は言う。
「何度も言いますが、私は反対です。広一さん、その女を家に招くなら、承知しないわよ。」
困ったように広一は言った。
「この子は、私の姪だよ。君にとっても義理の姪になるじゃないか?」
京香は言う。
「もう高校生ですってね。まさか、今更丸田家に来て財産でも分けて貰いたくなったの?うちの良だって今、大学生なのよ。親戚だからと言って、従弟ですもの。なにか間違いがあったら困るわ。とにかく、反対ですから。お義母さんも、2度と勝手に決めないでください。」
京香は、麗奈に近づいて来て、麗奈を押してきた。
京香に追い出された麗奈は、玄関から外に出た。
京香に耳元で囁かれ、麗奈はぞっとした。
「2度とこの家に来ない事ね。喋ったら承知しないよ。」
(やっぱり、あの人だ。どうしてここにいるの?。)
丸田家のドアは強く閉められた。
麗奈は、とぼとぼと駅に向かって歩いて行った。
期待していたのだ。私を迎い入れてくれる場所があると。
だけど、そうではなかった。
今まで一度も連絡を取ったことがない親戚だ。
そんなものだと、自分を納得させようとした。
だけど、心細さと、京香への恐怖と怒りで涙が零れ落ちる。
どうしてか分からないが、父の側にも叔父の側にも京香がいる。麗奈が両家から追い出された原因は京香なような気がしてならなかった。
「おーーーい。麗奈さん。」
歩いている麗奈に声をかけてくる人物がいた。
後ろを振り向くと叔父の広一だった。
「あっ?広一さん。」
広一は、急いで追いかけてきたのか汗をかいている。
「悪かったね。妻は気性が激しくてね。あの通り美人で、若い時に懇願して嫁に来てもらったから、私も強く言えないのだよ。同居は難しいが、できる事はさせてくれ。」
広一は、麗奈に封筒と、連絡先が書いている紙を手渡してきた。
麗奈は、その分厚い封筒を受け取り驚く。
「こんなに?」
広一は言った。
「これは入学金と、しばらくの生活費に使えばいい。母のお金だが、いつか鈴の娘の為にと貯めていたお金だ。気兼ねなく使ってくれ。それから、保証人が必要なら私がなろう。家の電話は、京香が出る可能性があるからね。私の携帯電話に連絡してくれ。時々会って様子を教えてくれたらうれしいよ。」
麗奈は笑って言った。
「本当に、ありがとうございます。」
麗奈は無事に福祉医療大学に入学した。
大学の近くのアパートを借りて一人暮らしを始めた。
毎月、叔父からは生活費として十万円が振り込まれ、学費も払ってくれる。
叔父の広一とは、半年に一度程会って近況を報告していた。
麗奈は、医療福祉大学で、拓也と出会った。
拓也は麗奈が一人暮らしだと知ると、よく家に来るようになった。
実家が病院を経営している拓也は、医学部に通っていた。成績が思わしくなく留年しそうな事を家に帰る度に責められ、帰りたくないとよく愚痴を言っていた。
麗奈が無事に、社会福祉士の資格を取り、卒業する年に、拓也からプロポーズされた。
麗奈は寂しかった。
母方の祖母と叔父は援助をしてくれているが、気軽に会えるような関係ではない。
麗奈の父親は遺書を残し、自殺した。遺書には女に騙されたと書かれており、娘の麗奈については一言も明記されていなかった。
拓也から、「麗奈が好きだ。一緒に暮らしたい。」と言われ、麗奈は頷いた。
私を必要としてくれる人がいる。
私にも家族ができる。
私にも。
麗奈は、就職後も、勉強を続けた。5年の実務経験を積み、ケアマネージャーの資格を取った。就職先で能力を認められ、施設管理者の仕事を任せられるようになり、今では施設管理責任者の資格もある。学会にも参加をして論文を発表し、それなりの評価を得てきた。
拓也に離婚を告げられたが、麗奈には仕事がある。
学会で声をかけられた国のモデル事業の介護育児一体ケアの未来都市での仕事。
高齢者の為に働く、住みやすい環境を整える。相談にのる。麗奈の目的に合ったその事業には、参加をしたい気持ちがあったが、少し遠方な為、夫の拓也が反対すると思って、返答を見合わせていた。
夫がいなくても、子供がいなくてもいいじゃないか。
私を支えてくれた人達の為にできる事をしよう。
もうそれで、十分だと、その時は思っていた。
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