第31話 理不尽な申し出

麗奈は10年間支え続けてきた夫に告げられた。





「麗奈。離婚してください。」





麗奈は驚き、夫へ告げる。




「え?どういう事。拓也さん?」




差し出されたのは一枚の離婚届だった。




夫の拓也は言う。

「母さんが、子供の産めない女とは離婚しろと言うから、仕方がないだろ。僕は、瑠蛇総合病院を継がないといけない。やっと医師試験に受かったから、家に帰って来いと言われている。これから見合いで忙しくなるよ。」




麗奈は、唖然とする。

両親が亡くなっている麗奈の事を義両親がよく思っていない事は知っていた。だけど、留年を繰り返す拓也をずっと支えてきたのは麗奈だった。研修医の給料は拓也が全て使い、生活費は麗奈の給料から賄っていた。




それに、、、、

麗奈は、自分のお腹に手を当てながら言った。

「子供ができなくてもいいって言ったじゃないの?」



拓也は言う。

「麗奈が初めてだったから僕も責任を感じていたよ。でも、母さんが初めてだからと言って、麗奈に僕以外に男がいなかったとは限らないって言う。それなら、子宮頸癌の原因は僕とは限らないだろ。僕が責任を感じる必要なんてない。」


麗奈は言った。

「そんな、私には貴方以外いない事は貴方が一番知っているでしょ。私には、そんな時間なんてなかったわ。どうして、そんな事を。」


拓也は言った。

「うるさいな。とにかく、僕は実家に帰る。今すぐ離婚届にサインをしてくれ。」


拓也が頑固な事は麗奈が一番良く知っていた。

強く詰め寄られて、麗奈は離婚届にサインをした。


離婚届を満足そうに見て、拓也は言った。

「いままでありがとう。麗奈。」



一人残された家で、麗奈は消失感と理不尽な申し出に対する怒りに襲われた。


拓也と結婚した後で、子宮頸癌になった麗奈は、手術をした。もう子供は産めないと医師に告げられたが、拓也はそれでもいいと言ってくれたはずだった。関係を持った事があるのは夫の拓也だけで、拓也からウイルスを移された可能性が高い。あの時は、もう麗奈には拓也だけしかいないと思った記憶がある。



それなのに、、、、




拓也は、やっと医師試験に合格した途端離婚を告げてきた。


拓也は麗奈に、合格したら、家を買おう。海外旅行にも行こう。外食を増やそうと言っていた。


拓也に言われてきた、数々の甘い言葉を思い出す。


全部嘘だったのだ。全部。


10年支え続けた拓也との結婚生活で残ったのは、子供が産めなくなった体だけ。



あんまりだ。





ふと、麗奈は離婚後の財産分与について何も話をしていなかったと思った。

拓也は、麗奈に貯金なんて無いと思っている。拓也自身が、入って来た給料を全部使い切る事が多い為、麗奈が貯金しているなんて考えてもいないだろう。


叔父の広一と前回会った時の事を思い出した。高校生の時に父から家を追い出された麗奈に、母方の祖母と叔父が援助を申し出てくれた。就職した後は、援助してくれたお金を毎月、広一の口座へ振り込んでいた。


そろそろ家を買う事になりそうだと広一へ伝えたら、ずっと振り込んでいた貯金通帳を麗奈に渡してきた。初めから広一は、麗奈のお金を受け取るつもりは無かったらしい。自宅購入の頭金にしてほしいと言われた。


優しい叔父と祖母に会いたい。だけど、丸田家には広一の妻京香がいる。

京香については、恨みと恐怖しか感じない。あんな人が、優しい叔父の妻だなんて信じられなかった。



でも、あの時も恨みを心の奥底に封じ込めたじゃないか。今回もできるはず。


元夫の拓也が頑固で自分勝手だという事については麗奈が一番良く知っている。



よかったのかもしれない。



拓也と結婚しているからと躊躇っていたあの仕事を引き受けよう。



そう麗奈は心に決めた。

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