第14話 空になった通帳

京香は、自分名義の通帳を見て、ため息をついた。




京香は半年前に長年勤めてきた会社を退職した。


纏った額の退職金は、夫との話では、京香が全て使っていい事になった。


夫の広一と結婚した後も、京香は仕事をフルタイムで続けてきた。


夫の母親の文は、丸田家の家事を全て担い、京香が息子の良を出産した後は、産後休暇のみ取った京香の変わりに良を育て上げた。


京香の給料の半分は夫婦の通帳に入金したが、残りの半分とボーナスは京香の小遣いになった。


煩わしい子供の面倒は、義母の文に任せ、京香は休みの日に友人と遊んだり買い物をしたりして過ごした。


夫の広一は時折、良にもう少し構ってやれと苦言を呈してくる事があった。


仕事で疲れているから、ストレスを感じているからと何度も伝えると、京香にそれ以上言う事を止めた。


夫との仲は正直冷めきっていたが、丸田家にはそれなりの土地や財産がある。


京香は離婚をするつもりなんて無かった。




退職が近づき、仲が良い同僚に送別会に誘われた。


その日は、最後だからと同僚と共にホストクラブに行った。


そこで、京香は徹と出会った。


30代の徹は、京香にとてもやさしかった。


美人だと褒めてくれて、京香の話を親身に聞いてくれる。


家に帰ると、京香より老けた夫の広一、高齢な義母だけが家にいる。


義母の文は、最近家事をしなくなってきていた。


どんどん溜まる洗濯物、減り続ける食卓の品数。


退職した京香に家事をしてくれと、頼んでくる夫が煩わしくて京香は、より外出する頻度を増やしていった。






気が付けば、数百万あった京香の通帳の残金は数万円まで減っていた。


あれだけあった退職金を、いつの間にか使い切ってしまったらしい。


義母さえ、元気なら、、、、


もっとお金があったなら、、、、


京香は、夫の広一の通帳を探した。


夫が仕事の日を狙い、部屋やタンスの中を漁る。


夫婦だが通帳は別々で管理をしてきた。


夫は几帳面な性格で、金庫で管理をしているみたいだった。


金庫の鍵が、どこに保管されているのかさえ京香は知らなかった。







「何をしている!」


仕事に行ったと思っていた夫が帰ってきた。



京香は言った。

「少し探し物をしていただけよ。」


そういう京香の手には、やっと見つけた丸田家の金庫の鍵が握られていた。


夫の広一は、テーブルの上に置いていた京香の通帳を取り、中を見る。


「止めて!勝手な事をしないで。」


慌てて夫に駆け寄ろうとするが一足遅かった。


広一は唖然としてつぶやいた。

「なんだ。これは!何に使ったら、こんなことに、、、」



数百万円以上あると思っていた京香の貯金が空な事に広一はすぐに気が付いた。



京香は罰が悪そうに言う。

「少し、使いすぎただけよ。年金も入ってくるから問題ないわ。」




「・・・・・・」




沈黙した後、広一は諦めたように言った。

「これだと、食費もないな。とりあえず、これからは生活費として纏まった金を渡すから、それで家事をしてくれ。」



京香は嫌そうに口にした。

「それは、、、、」


広一は言った。

「料理が苦手な事は知っている。だが、一緒に暮らすなら助け合わないと。お祖母さんはもう家事がほとんどできない。君がするしかないんだ。私が退職したら手伝うから、、、」



京香は、黙り込んだ。



正直お金は欲しい。それが広一の金だとしても。だけど、夫や義母の為に苦手な家事をしたくはなかった。



広一は溜息をつき、言った。

「はあーー。君がどうしても嫌なら離婚してもいい。君の年金なら一人でも暮らしていけるだろ。ここにいるより自由に動けると思う。私も、遊びまわる妻に生活費を渡し続けたいわけではない。私が退職するまでに決めてくれ。」



夫の広一は、京香から金庫の鍵を受け取り、部屋を出て行った。



丸田家にいれば、老後は安泰なはずだ。でも、その為に家の事をしなければいけないなんて。





やっと退職して、京香はもう働きたくなかった。


後の人生は、好きな人と、好きな事をして過ごしたい。


心からそう思っていた。













そんな時に、息子から連絡があった。


二人目を考えており、上の子の世話と貯金の為に同居させてほしいと言ってきたのだ。


京香は喜び、同居を了承した。


孫が好きな夫も嬉しそうにしていた。


息子の嫁の鈴奈は、専業主婦をしている。義母の文と似た大人しい印象の鈴奈に、義母と同じように丸田家の家事を全てさせればいいと京香は思った。


京香は、転がり込んできた幸運に喜んだ。









同居が始まって、鈴奈は嫁にも関わらず京香にいろいろ頼もうとしてきた。


京香は家事をする気も、嫁に協力する気も、孫の面倒を見る気も無かった。


夫から貰った生活費を使って、愛する徹に会いに行く。


最近は、店の外でも徹と会うようになっていた。




徹からは、待っている。


もっと来て欲しい。


愛している。


と何度も京香は告げられた。


その度に京香は、思う存分徹に会いに行けない現状をもどかしく感じていた。












暑いあの日、ついに夫から京香は告げられた。


「離婚してください。」


京香は、わなわなと震える。


確かに夫婦仲は冷え切っていた。


金遣いが荒いと思われている事も知っている。


だけど、今までそれでやってきたのだ。


今更離婚だなんて、、、


ふと、京香は「麗奈」の事を思い出した。


10年以上前、広一は麗奈を丸田家に招き入れようとしていた。




まさかと思い、夫に詰め寄ると図星だったらしい。


まだ、あの女と繋がっているなんて、京香は驚き怒りの声を上げた。


この丸田家の財産は全て京香の物になるはずだ。


今更、他の女に渡すわけには行かない。





離婚なんてするわけがない。




広一さえいなくなれば、、、、、




広一さえ、、、、、


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