第2話 誰か分かってくれ
広一は、真っ暗な闇の中で漂っていた。
長年勤めていた会社を先月退職した。
一人息子は立派に成長し結婚し、孫まで産まれている。
それなりの会社に働き、それなりの収入を得て、老後の貯えもある。
殆どの事について悔いがない人生だと思っている。ただ麗奈の事だけが気がかりだった。
広一は不可解な電子音で意識を揺さぶられた。
「ピッピッピッピッ」
甲高いその音は、連続的に脳裏に響いてくる。
瞼が重たい。体も重たい。
眼を開きたいのに、思うように体が動かない。
「ピッピッピッピッ」
その時、誰かが話す声が聞こえたと思ったら、腕を急に触られた感触がした。
広一は目を必死に開ける。
薄暗い部屋。響く機械音。白衣を身に着け、ゴーグルとマスクをした女性が目の前にいた。
「こういちさんん。わあかありいまあすうかあ?」
頭が朦朧とする。はっきりと聞き取れない。目の前の人物が何かを言っているようだ。
開いた眼を細め、なんとか周りを見ようとする。
体中が重い。
広一は腕を動かそうとした。
ガン。
腕はなにかに縛られているように、動かない。
脚も動かそうとする。
ガガン。
脚も動かず、硬いものが当たった音だけが聞こえた。
目の前にいた白衣の女性は、何時の間にか、いなくなっていた。
広一は声を出そうとする。
だが、口から長いものが喉奥まで差し込まれ、口を動かせない。
両手両足もなにかに縛られている。
「ウウウウウウウウウ」
(どういう事だ。だれか助けてくれ。)
そこへ、話声が聞こえてきた。
「奥さん。早くご主人が目を覚まされたらいいですね。」
看護師と一緒に広一のベッドに近づいて来たのは、妻の京香だった。
「ウウウウウウ」
(妻だ!妻が私を殺そうと、、、、)
妻の京香は笑っていた。
「ええ、早く元気になって欲しいですわ。」
(ウソだ!妻が私を、、、、妻が、、、、そいつを近づけさせないでくれ。)
思い通りにならない体、出ない声、わずかに開いた瞳。
広一はなんとか、訴えようとする。だが、その言葉が目の前の看護師に伝わる事はなかった。
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