限界離婚

仲 懐苛 (nakanaka)

第1話 プロローグ

ミーーーーン、ミン、ミン。


蝉の甲高い鳴き声が窓の外から聞こえてくる。


生き急ぐかのように、必死に鳴く蝉達は、一本の木に何匹もの蝉が密集してとまり、鳴いている。


あの、狭い空間に無数の蝉達は、喧嘩もせず、ただただ自分の生を全うする。


自分はどうだろう。


たった一人の妻との関係なのに、満足に構築する事ができなかった。


広一は妻にうんざりしていた。もう限界だった。


妻の京香とは何度も話し合ってきたが、改善する様子が無い。


広一は京香へ告げた。


「離婚してください」








妻の京香は、半年前に長年勤めていた会社を退職した。事務員として働いていた京香は、仕事を辞めた今でも毎日化粧をして、真新しい服を着ている。毎月美容院へ行きよく手入れされた長い黒髪、厚く塗られたファンデーション。若く見られる京香と一緒に歩いていると、京香より2歳年下にも拘らず広一は、京香と親子に間違われる事があった。


京香は言う。

「何ですって?本気なの?」


広一は言った。

「本気だ。もう書類も用意している。」


テーブルの端には、母からプレゼントされた達磨が置かれている。


広一は、事前に用意していた離婚届をテーブルの上に置き、差し出した。




離婚届には、広一の署名まで書かれていた。


京香はワナワナと震えて言った。


「どうして!今更離婚だなんて。あんまりだわ。私は絶対に離婚なんてしませんから。」


広一は驚いた。最近の京香の態度からすぐに離婚に了承すると思っていたからだ。


「何が目的だ!金か!」


京香は鋭く広一を睨みながら言った。


「お金なんて!違うわよ。まさか、あの女の入れ知恵なの!私と離婚した後に、あの女をこの家に招き入れるつもりでしょう!」


広一は押し黙る。広一が定期的に会っている麗奈の事については、京香はもう忘れていると思っていた。今でも広一が会っているとは思っていないだろう。気づかれた様子はなかったはずだ。


「・・・・」


黙る広一を見て京香は笑った。


「ははは。まさか図星だなんて!以前も言ったように私は絶対に許さないわ。」


広一は立ち上がり、京香に背を向けた。


「君が何を言おうと、私の意思は変わらない。とにかくそれにサインをしてくれ。1週間やろう。それまでにこの家から出て行ってくれ。」



広一は、歩き去ろうとした。



その時、後頭部を鈍器で強く殴られたような激しい痛みに襲われ、床に倒れこむ。



とっさに両手を床に付き、後ろを振り返ると、そこには口角を上げ笑う妻がいた。



倒れた達磨が床に転がっている。



そのまま、広一の意識は闇に飲まれていった。

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