第2話

「これ、どうしたの?」


颯真が頭をかいた


「春奈が工藤先生にお願いしていたみたいだ。弁護士に事前に遺書を管理してもらうように。

春奈はすごいよ。春奈なら朝美から逃げきれただろうに、なんで死んだんだ」


颯真の持っていた遺言状のコピーを奪うように手に取る。


私の財産であり、18歳の時に相続する遺産の2割を葬儀代、病院代諸経費へ、後の全ての財産を透に


「どういうこと?」

「春奈がとおるに遺言状を書いてたんだ」

「お金なんていらない。春奈さえいてくれたら」


コピーを颯真に押し付けた。


「はるは、とおるに受け取って欲しいんだ。分かってやってくれ。

俺は、はるじゃないけど、春の事が全て分かるわけじゃない。

だけど、それでも、これだけは分かる。

はるは透の事が一番大切だったんだ。この世の誰よりも大切だったんだ。

とおる、分かってるんだろ」









朝美の顔が苦悶に満ちた顔で透を見上げる。涙で朝美のメイクがぐしゃぐしゃだった。


「はるの苦しみは、こんな一瞬で終わるものではなかった」


朝美の頭にぴったりと銃を突きつける。朝美の口がパクパクと動き、喉元が動いていた。


「はる、ごめんね」


透は朝美から顔をそらし、人差し指を引いた。

途端に血が飛び散った。





颯真が紙を透の前に差し出した。


「朝美は、春奈には何もかも、ないって思ってたみたいだったけど、そうじゃないんだよな。春奈は選んだんだよ」


その紙を開くと、診断書が見えた。


「病気だったんだよ。春奈は」

「なんの?」


透は立ち上がった。颯真が苦い顔をしている。


「やっぱり知らなかったんだな。春奈は選んだんだよ。自分の生死を」


「そっか、そうなんだね。

はる、はるは自由だったの。私を置いていけるくらい自由だったんだ」


喉の奥が熱くなってきた。


「とおる、二枚目も見ろよ」


颯真の目線が紙に向けられていた。紙は三枚あった。


「これを速く届けられなくて、本当に申し訳なかったと思ってる」


とおるへ

とおるの事を毎日夢見ます。

毎日来てくれるのにね。

好きよ。大好き。


透はそこから読むのをやめて紙を抱き寄せ、顔をあげた。


「私も、はるの事が好きだった。大好きだった。誰よりも大切だった。私にとっての唯一だったの」


透の目から涙がツーと流れていく。


「とおる。はるの願いは、透に未来を歩いてもらう事だった」

「未来なんて」


透がリュックを肩から下ろした。


「朝美を殺したのよ、もうどこにもいけない」

「俺が匿うよ。いつまでも。とおるが幸せに生きていけるように」

「そうま」


透がリュックから血の付いた拳銃を取り出し、右手で持ち上げる。腹を握り、人差し指を引き金に滑り込ませる。颯真が顔を引きつらせて一歩後ずさりした。


「逃げないで、そうま」


左手で颯真の右手首を握りしめた。颯真が反射的に右手を引いた。透は気にせず銃口を透自身の頭にぴったりとくっつけた。

すると颯真は驚いて一瞬痙攣したかのようになる。


「そうま、ごめんね。私、颯真がはるの事好きって知ってたのに。いつも相談して、本当にずるい奴だったよね。」

「とおる。とおる」


颯真の声が速くなるのを遮るように続けた。近づく颯真から遠ざかるように後ずさる


「はるを取られたくなくて」


颯真の顔が引きつっている。口が動いているのが見えた。

”そうじゃない”




「何を燃やしているんだ」 


少年は答えない。鹿島は少年の向かいに座った。


「私も一緒にいいか、燃やしたいものがあるんだ」


鹿島は手に持っていた手紙の束を脇に置いた。少年を見ると手に持った紙を握りしめ、ただそれを見ていた。紙の裏側から病院の診断書という文字が見える。するとすぐに鹿島が少年の顔を見た。


「私も、この手紙を燃やしたくない。けど、それでもようやく記憶にきりをつけられそうなんだ。」


少年が小さな音を立てて紙を広げて、中が見えそうになり、鹿島は少し近づき、顔を紙に向けた。鹿島は紙を盗み見し、驚いたように少年の顔を見た。


「それを捨てる気だったのか?ラブレターじゃないか」


突然少年は紙を握りしめた。少年の肩が震える。鹿島は驚き、反射のように謝った。


「すまん、色々あったんだな。とおる君というんだね、君は

私にも大事な娘がいてね。15で亡くなったんだが、白血病でね。色々病院を家内と回ったり、ボランティアで骨髄バンクのドナーを募ったりしてみたんだが、願いは届かなかったみたいで」


鹿島と少年の目が合った。


「人生、どうしようもない事だってあるんだよ。仕方ないよ。仕方ない。」


鹿島が視線を焚火に移し、手紙の束を崩し始めた。


「違うんです。」


少年が肩を震わせて、堰を切ったように話し始めた。


「俺は、俺は何もしてないんです。何も出来なかったんです。好きな子が頑張っているときに、何の力にもなれなかった。

俺はただ好きなだけだったんだ。守りたいって思っていただけだった。

一緒に復讐する勇気も、死ぬ勇気もなかった」


鹿島が驚いて燃やそうと思っていた手紙を握りしめた。

少年は体を縮こませ、まるで小さい子供のように、ただ、泣き崩れていった。

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春の夜の物語 黒木悠里 @yuri-17

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