第11話
「……どういう、事だ?」
思わずつぶやくと、照れる弟の頭をヨシヨシと撫でながら笑う子離れ出来ないかーちゃんが、立ち尽くす廻ちゃんの俺に気が付いた。
どうやら、面影を覚えていたらしい。
「もしかして、廻ちゃん?」
「は、はい」
「あらぁ! ひっさしぶりねぇ! 元気だった!? あの後、ちゃんとお母さんと仲直り出来てよかったねぇ!」
「お、お久しぶりです。か、おばさん」
「ほんと、よかったね〜。いや、おばさんすっごく心配だったんだよ!? それが、こんなに大きくなってぇ!」
「はは、ご迷惑おかけしました」
実は、俺が廻ちゃんに転生した日、廻ちゃんは母さんと喧嘩をしていたらしい。だから、母さんは警察に保護された俺を迎えに来て、喧嘩のせいで家出をしたんだと勘違いしてワンワンと泣きながら謝っていた。
そして、かーちゃんは母さんが俺を迎えに来てくれるまで警察署で一緒に居てくれたから、一部始終を見ていたのだ。
「かーちゃん、この子は誰?」
「廻ちゃん。五年前にウチに来た子でね、T県から走ってここまで来たって言うのよぉ」
「てぃ、T県から!? マジかよ!?」
はぇ~と呟きながら俺の事を見下ろすと、弟は俺の肩を叩いて『ガッツあるなぁ』と呟いた。どうして、こいつは俺の喋り方の真似なんてしてるんだろうか。
「ワンワンっ!」
訝しんでいると、突然コロが俺の元へ猛烈な勢いで駆け寄ってきて、飛びついたかと思うとペロペロと顔を舐め始めた。そして、まるで人間が言葉を発するかのように。
「ワン、ワンワン! ワンワン!」
と、断続的に鳴き声を続けた。
「いや、分からないよ」
「ワンワン! ワンワンワンワン! ワン!」
「あらあら、コロちゃんが喋ってるみたい」
ヘッヘッと息を荒くするコロを撫でると、コロは逆に俺を見つめて再び顔をペロペロと舐めた。本当に、俺の気持ちが分かっているようだ。俺を慰めているみたいに、優しくて温かい。
……こいつ、やっぱり俺を知ってるんだ。
「それで、今日はどうしたの?」
「このあたりに旅行に来たので、ご挨拶にと。しかし、すぐに戻らなければ行けないのですぐにお暇します」
「そっかそっか。ケンヤ、あんたコロの散歩ついでに廻ちゃんを駅まで送ってあげなさい」
「俺、久しぶりに実家に帰ってきたんですけど」
「じゃあ、こんなかわいい子を一人で歩いて帰らせるの? ふざけてるの?」
「いや、そんなことない。分かった、行こう廻ちゃん」
事は、目論見通りに進んでくれた。かーちゃんなら、絶対にそうする。何度もそうしていたから、分かってたよ。
「いえいえ、そんな」
「いいよ、かーちゃん言い出すと聞かねぇから」
「気にしないでね、今度はゆっくりしにおいで」
「……分かりました。ありがとうございます」
そして、俺は俺と共に少し遠回りをして甲府駅へ向かった。町並みを眺めたいと、彼に頼んだからだ。
黙ったまま歩いていると、彼もやはり見ず知らずの女子高生は気まずいようで、特に何もせずテクテクと進むだけ。しかし、せっかくチャンスが訪れたのだから、ここで動かないなんてあり得ない。
必ず確認しなければいけない事が、一つあるだろう。
「すみません、ケンヤさん」
「なに?」
「今、幸せですか?」
「変なこと言うね、まさか君って宗教勧誘しにきたの?」
「違います。けれど、とても重要な事なんです。あなたが今、過去とどう折り合いをつけているのかを知りたいんです」
「ごめん。言ってる意味、全然わからない」
誤魔化してるのか?いや、この反応は本当に知らないって様子だ。まさか、記憶喪失?でも、そんな事って。
「か、香苗さんの事、忘れてしまったんですか?」
「……ねぇ、廻ちゃん」
そして、一瞬考えたかと思うと。
「その人、誰?」
正気を疑ってしまうような、信じられない言葉が彼の口から飛び出した。
「い、いや。香苗さんですよ、湯倉香苗。あなたの婚約者だった人ですよ?」
「だから、知らないってば。なんか、気味が悪いな」
眉をひそめて、彼が言う。けれど、俺はその言葉がどうしても信じられなくて、立ちはだかるように彼の目の前に立って顔をジッと見上げた時、ふと強烈な違和感に苛まれた。
「夢の中の俺と、顔が違う」
「はぁ?」
違う。夢の中で香苗と仲睦まじくしていた俺と違う。違う違う違う。彼は、ケンヤは前世の俺のハズなのに、廻ちゃんになって見ていた俺の姿と違う!
「……け、ケンヤさん」
「なにさ」
「あなたは、誰なんですか?」
言うと、彼はハテナマークを浮かべ、コロをゆっくりと抱き上げた。すると、その姿がどこかで見たような懐かしい感情を俺にくれる。しかし、どうしてだろう。俺は、何を忘れているのだろう。
考えろ。思い出してきた記憶の中で、共通してきた事はなんだ?俺は、一体何を見逃しているんだ?必ず、答えはあるハズなんだ。こいつがただの転生じゃないって、もうとっくに分かりきってる事なんだ!
……俺は、何者なんだ。
「大丈夫?」
「は、はい」
俯いて、思考に苛まれていると、彼はため息を吐いて俺の少し伸びた前髪を指先で分けた。気が付いて再び見上げると、困り眉のままで優しく笑う。
「何か、辛そうだね」
「……すみません」
「いいよ、気にしないで」
そして、彼は俺の頭を撫でた。コロは、相変わらず喋るように『わんわん』と小さく鳴き、足元にやって来てぺろぺろと靴を舐めている。
「訊いても、いいですか?」
「どうぞ」
「コロちゃん、どうして尻尾がないんでしょうか」
「さぁね、俺が見つけた時にはもう無かった。生まれつきかもしれないし、カラスと喧嘩でもしたのかもしれないし、前の飼い主がひどかったのかもしれない」
「この子とは、どこで?」
「ちょうど、この辺りで倒れていたよ。もう、今にも死んじゃいそうなくらい痩せててさ。確か、雨が降ってた日だったかな」
その記憶は、俺の中にはない。自分の記憶が、信じられない。
「師匠、という言葉に心当たりは?」
「ないよ」
「エミちゃん、という言葉には?」
「それもないなぁ」
……ならば、考えられる可能性はもう一つ。
俺は、何度も転生を繰り返している。この俺の記憶は、転生する度に別の体で体験してきた継ぎ接ぎの記憶である。そして、俺がケンヤさんの中にいた記憶を、彼から奪ってしまっているのだ。
「過去、記憶喪失になったことはありますか?」
「記憶喪失になったことを覚えていたら、それはもう喪失してない事になるんじゃないかな」
「そ、その通りですね。すいません、気が動転してしまって」
しかし、この場合は転生という言葉が正しいのかどうか分からない。何故なら、俺には元となる人格と肉体が存在していない可能性もあるからだ。
つまり、俺は最初から魂だけの存在で、何らかのきっかけにより様々な肉体を渡っている。その先々で、見て覚えてきたモノを俺が『俺』として認識しているだけであるという可能性。
ならば、俺に起きている事象は『転生』ではなく『流転』だ。でも、だったら――。
「いいか? 廻ちゃん」
「は、はい」
俺の気を繋ぎ止める為か、ケンヤさんは目線を合わせるように腰を落とした。
「一回、落ち着くんだ。いい? 物事には、必ず原因と結果が存在しているんだよ。君が一体、何を考えてどう迷っているのか、それは分からないけどね。もしも謎を解決したいのなら、まずは君の中にある原因を探るのがいいんじゃないかな」
この場合、俺の中にある『一番古い記憶』ではなく。なぜ、他の誰でもなく廻ちゃんに流転したのかを探れという事だろうか。
「過程ばかりを考察しても、始まりが間違っているなら最後まで間違ってしまう。だから、一度最初まで戻って考えるんだよ。君は、何がきっかけで謎に出会ったのかをね」
……それは、俺が抱えている無知無能のコンプレックスとはかけ離れた、至極ロジカルな言葉だった。
間違いない。俺の幼少の記憶は、ケンヤさんのモノではなかったのだ。
「ありがとうございます、ケンヤさん」
「いいよ」
気が付けば、俺は甲府駅にまで戻っていた。駅前の喫茶店の窓側の席で、三人が俺とケンヤさんを見つけたのだろう。小さく手を振って、挨拶をしている。
「友達?」
「はい、送ってくださってありがとうございました」
「いいよ、君の謎が解決する事を祈ってる」
そして、ケンヤさんは三人に会う前にコロと共に帰って行った。本当は、その背中を叩いて『一緒に考えて欲しい』と願いたかったが。
しかし、きっとそう遠くない未来に、俺は廻ちゃんの体から離れる事になるかもしれない。だから、彼女の知らないところで、これ以上関係を増やすべきではないと考えて引き留めるのを止めた。
やはり、誰にも本質の相談は出来ない。この旅の果て、エミちゃんのお兄さんに出会うまでに、なにか証拠を見つけられるだろうか。
……最初の原因。
俺は、ケンヤさんだった自分が死んだから、廻ちゃんに転生したのだと思っていた。しかし、理由がそうではないのだから、この事象の最初の出来事とは俺の死ではなく、廻ちゃんとして目覚めたことになる。
ということは、廻ちゃんの始まり。つまり、かーちゃんも心配していた母さんとの喧嘩だ。その理由こそが、俺が廻ちゃんに流転した決定的な原因となりうるのだ。
ならば、理由とは一体なんだろう。きっと、10歳の女の子が家出しても不思議じゃないと思わせるほどの、重く深刻な悩みだったハズだ。
廻ちゃん。君は一体、何を抱えて生きていたんだ?
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