第8話
× × ×
「廻ハーレムも3人になったかぁ。いや、エミちゃん先生も含めれば4人。まさに、選り取り見取り。いや、花びら大回転という感じだね」
「花菱さん、変な事を言わないでください。というか、どこからそんなワードを仕入れてくるんですか」
エミちゃんは、そういうのじゃないだろう。たまに、図書館に呼び出されるくらいだ。
「でも、実際にそうじゃん。ねぇ」
「うん」
「うぅ……」
一週間後の昼休み。2つの机をくっつけて、四人で弁当を食べていた。メンバーは、語るまでもなく花菱さんと楠田さんと桜野さんだ。
最近、母さんが更に腕によりをかけて弁当を作るようになった。いつも一緒にご飯を食べている友達が味を褒めていたと伝えたら、中身がどんどん豪華になっていったのだ。そのうち、家に連れてこいとも言われている。
本当に、あの人かわいすぎるだろ。父さんが羨ましいよ。
「そもそも、友達間でハーレムという表現は間違っているでしょう。語弊を呼ぶ言い方は、あまり望むところじゃありません」
すると、3人は互いに目を合わせたあとに顔を赤くして、箸を咥えたままそれぞれの方向に視線を逸した。なんだか、示し合わせたみたいな様子で不気味だ。
なんなんだ、この子たちは。
「それにしても、廻があんなに強いだなんて思いもしなかったよ。あたしよりちょっと大きいくらいなのに」
「カッコいいよね」
「ウチにも教えてよ、柔術」
「え、えぇ」
引き攣っているであろう笑顔を浮かべ、俺は返事をしてから深いため息をついた。持ち上げられるのは、どうも慣れない。
先日、懲りずに先輩を連れてやってきた枢木さん一行を、俺は校舎裏でコテンパンにやっつけた。
彼女的にはもう桜野さんを虐めたいワケではなくて、俺をギャフンと言わせたいだけだったようだが、その思惑はすっかり外れてしまったらしい。
いや、言伝風に語るのは、俺が一番自分の強さに驚いてるからだ。まさか、5人の男子を相手に無双出来るだなんて思いもしていなかった。考えても仕方ないとはいえ、一体どういう理屈なのだろう。打撃ではなく柔術というのが、更に謎に拍車をかけている。
俺ってば、本当にどこで学んだんだろうな。
「廻ちゃん、廻ちゃん」
「なんですか?」
「これ、あげる」
言って、桜野さんはすっかり穴の空いた弁当箱の中に鶏つくねを入れてくれた。この体ではあまり量を食べなくても腹は空かないが、味わえるならばありがたく頂いておこう。
ところで、犬、うさぎと来て彼女を比喩するなら何だろう。体の大きさに反比例するが、何となくフェレットっぽさがある気がしている。人懐っこくて、スキンシップが激しいあたりが。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、桜野さんは腕をわしわし動かして、しかし二人の前だからからゆっくり収めると顔を赤くした。チラチラ見て、体をゆらゆら揺らして、前髪の奥の表情も意外と豊かだ。
「つーか、廻って最近付き合い悪くない? なんで?」
文庫本をパタリと閉じて、珍しく口を開いた楠田さんだったが、内容は如何ともしがたい苦情であった。怒っているのか、寂しがっているのか。恐らく、どっちもだ。
「そうでしょうか、すみません」
「放課後とか、何してるの?」
「日雇のバイトをしてます。道路交通整備とか、農家の手伝いとか」
「偉いなぁ」
実を言うと、俺は例の違和感から夏休み中に何故自分が転生したのかを探ろうと思い立ち、資金調達の為に一ヶ月ほど前からアルバイトを始めていた。
生活には全く困らないとはいえ、自由に使えるお金が無いのは不便だ。ましてや、記憶を辿って色んな所を旅をしなければならないのだから、ある程度まとまった金を持つ事は必至である。
……的な説明を、『夏休み、色んな所へ旅行に行ってみたいと思っている』という文章に置き換えて三人に説明をした。まさか、記憶を探る旅の為だなんて電波丸出しの正解をほっぽりだすワケにもいかないからな。
「ふぅん、ウチも行きたい」
「えぇ……」
「ねぇ、東京行こうよ。あたし、ネズミィとか行きたい」
「いいね」
世界で一番有名な遊園地に行く花菱さんのアイデアに、桜野さんがグッドボタンを押したところで、早くも旅に三人が同行する事になった。
ネズミィは東京ではないと、ツッコミを入れた方がいいのだろうか。
というか、こういう事になるから適当な嘘を吐くのは好きじゃない。この子たち、多分普通よりも行動力と好奇心があるし。断るとあり得ないくらい悲しそうな顔をするから、俺的には迫られた時点でゲームオーバーなのだ。
……まぁ、東京にもいくつかは記憶がある。そこから探るのも悪くないだろう。
「でも、皆さんお金は大丈夫なんですか?」
「お年玉あるし、欲しい時にパパがくれるもん」
「マジですか……」
思わず、ほんのり素の口調が出てしまった。道理で、世の中の女子高生が当たり前のようにブランド物を持ってるワケだ。男とは違う、資金調達の為のパイプを持っていたのか。
そういえば、父さんも『何か欲しい物はないか?』としつこく聞いてくるっけ。自分でやる事が身に染みついているから、意図がまったく読めなかったけど。
まぁ、俺が甘えるってのもな。
「……なんですか?」
しかし、三人は俺が何に驚いているのか分からないらしい。そんなの当然の事だと一蹴すると、花菱さんがニヤニヤしながら俺の唇に触れた。
「『マジ』だなんて、そんな汚い言葉を使う悪いお口はこれかな? チューしちゃうよ?」
「ミッフィーにしておくので許してください」
「皐月、廻は別にいい子ちゃんじゃないってば」
「やだ、いい子なの。賢くて強いのがかわいいの」
「でも、この学校って校則でバイト禁止されてるよ?」
「それは健気だからいいの」
「花菱さんの拘りは、イマイチ掴めませんね」
そんなワケで、夏休み。
俺は、リュックサックに代えの着替えと歯ブラシ、後はスマホの充電器と財布だけを持って最寄り駅にやって来ていた。資金は10万円。ネズミィ用に、父さんに貰った小遣いも5万円ある。これだけあれば、一ヶ月くらいは自由に動けるだろう。
本番は、みんなと別れた後だな。
「おはようございます」
アイスを食べながら頭の中で計画を練りつつ到着すると、駅前には既に三人が集まっていた。訊けば、俺が来る30分以上前から集合していたらしい。もちろん、俺は時間通りにやってきている。むしろ、しっかり五分前だ。
「えへへ、楽しみ過ぎて」
どうやら、三人ともソワソワし過ぎてあまり眠れなかったようである。ちょっとかわい過ぎて、思わずからかいたくなってしまったが。しかし、言うと何倍返しにされるか分かったモノではないから、俺は黙ってアイスの残りを齧った。
というか、みんな荷物多いな。たった二日で、何をそんなに持っていくんだか。
「では、行きましょう」
今日は浅草を観光した後、ホテルに泊まって翌日に例のネズミィーランドへ向かう事になっている。浅草には、一箇所だけよっておきたい場所があるから、これはこれでちょうどいい。
目的地まで、特急列車で三時間ほど。その間に、みんなが眠気をリフレッシュしてくれればいいのだが。
「ポーカーやろう、何か賭けて」
どうやら、そんな気はさらさら無いらしい。賭けというワードに戸惑いつつも、二人も誘いに乗っかった。
結果、俺はメッタメタに敗北して、花菱さんから3回、楠田さんから4回、桜野さんから2回。それぞれ、何でも命令を聞くことになってしまったのだった。
「も、もう止めませんか。私、一生勝てないんですけど」
「廻を負かせるの、すっごく気持ちいよぉ。うふ、んへへ」
花菱さんは、なにかに取り憑かれたように涎を垂らしながら俺を見ている。一体、彼女の頭の中で俺はどんな命令をされているのだろう。
まさか金か?金なのか?
「廻、弱過ぎでしょ。ワンペア以外の役作ったことあるの?」
「無いです。というか、さっき楠田さんに蹴散らされたワンペアが人生初でした」
「そ、それは凄いね。廻ちゃん」
煽られてるんじゃないのかと勘違いしそうになったが、彼女がそんな事をするハズもないのでカフェラテをストローで啜って誤魔化した。俺って、本当に賭け事に向いてないなぁ。
「それじゃ、言うことを聞いてもらうワケだけど。考えてみれば廻って何でも聞いてくれるから、今更する命令もないわ」
「確かに」
「あたしはあるよ、チューして」
「欲望に忠実過ぎる姿勢には、もはや尊敬すら覚えますね」
額にキスをすると、花菱さんはクネクネしながらニヤニヤしてフニャフニャになった。遊び回っていた男の時には同じ事をしてクズ扱いされたような気もするが、今は献身にカテゴライズされるのだから性別って不思議だ。
……ん? 俺は、今でも香苗を愛してるんだよな?
ならば、どうしてそんな記憶があるんだ?
「あれ、どうしたの? 廻ちゃん」
どうやら、俺は意識を失っていたらしい。膝に倒れた花菱さんの頭に手を置いて、ずっと動かなかったようだ。花菱さんは、やっぱりデレデレしている。
「いえ、何でもありません。私も、少し寝不足みたいです」
「楽しみだったしね、仕方ないんじゃない?」
ということで、トランプもそこそこに少しだけ仮眠を取ることにした。命令の消化は、なるべく早いうちにこなしておきたいモノだ。
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