第10話 いきはよいよい かえりはこわい

 は?

 今、何て言った?このオッサン。

「……え……?じょ、冗談…ですわよね……?」

 隣から、八宮の震える声が聞こえる。八宮は必死に笑顔を作ってはいるが、声だけでなくその指先も小刻みに震えている。

 しかし、オッサンは眉をひそめただけで、忌々しげに言葉を続けた。

「八宮財閥と、HACHIMIYA全体での正式な決定だ。お前に選択権は無い。政府にお前を引き渡し廃棄処分とすることで、昨日の一件とHACHIMITAの関与を報道しない取り決めとなった。清世華、お前のせいでHACHINIYAに多大な迷惑がかかったんだ。自分の軽率な行動を恥じるんだな」

 隣で八宮が、肩を震わせながら黙って俯いた。オッサンの偉そうな物言いと、何も言い返さない八宮に腹が立つ。

「で、でも八宮は、八宮財閥と会社のことをいつも大事にしてて……!そんな一方的に廃棄するなんて決めなくても……!」

 オッサンがチラとこちらに視線を向ける。道ばたで干からびてるミミズでも見るような、無価値なものに対する無関心かつ蔑みの目だ。

「……君たちは、清世華の友人か?残念だが、今日をもって「八宮清世華」は「転校」することになった。そう、学校の友人達にも伝えておいてくれ」

 オッサンが指を鳴らすと、入り口の外に控えていた、数人の作業服を来た男達が入ってきた。彼らは私とαを取り囲み、無理矢理部屋の外へ連れ出そうとグイグイと背中を押す。

「出口まで”丁重に”お送りしろ」

「お、オイっ……!」

 部屋の出口の扉近くまで押し出され、背中の方から八宮とオッサンの話し声が聞こえた。

「彼女たちは私とは無関係ですわ……どうか、二人のことは……」

「私に意見する気か?清世華……いや、試作品であり、失敗作に終わったお前に名前など「無い」。お前はHACHIMIYAの恥だ。社史からも、お前の記録は抹消し一切残さない。お前は元々「存在しなかった」のだ」

 

 『私は、HACHIMIYAのオリジナルアンドロイドですわ!』『HACHIMIYAは日本が世界に誇る素晴らしい企業ですの!』『私、八宮財閥が誇れるようなアンドロイドになるために……』


 八宮の今までの言動を思い出す。その根底にはずっと、生みの親である八宮財閥とHACHIMIYAへのひたむきなまでの愛があった。 それを、全部否定して、ぶち壊して、なかったことにするのか。そんな権利があっていいのか。八宮を「造った」側の人間ってだけで、こんなにも簡単に、出来るものなのか。 許されて良いのか、そんなこと?

 いや、法律的には許されるのだ。何の問題も無いのだ。所詮アンドロイドは所有「物」だ。いくら心があろうとも、物でしか無い。所有者の人間の意のままにゴミのように捨てることだって許されるのだ。

 ……それでも、やっぱり私は、

「……αァ!」

「はい、マスター」

 呼ばれたαが立ち止まる。急に立ち止まったαがびくともしないらしく、作業員達が慌てて足を止めてαを囲む。

「八宮を連れて、こんなとこからさっさと帰るぞ!」

「承知しました。命令を復唱します。”八宮清世華の奪取と帰還”。実行に移します」

 やっぱり、私は許せない。世間がどんなにそれが常識だと言おうが、どんなに多くの人がそれが正しいと言おうが、私だけは許せない。

 ゴミのように踏みにじられてもいい心なんかあってたまるか。

 αは瞬時に身をかがめ、自分を囲んでいた作業員達に足払いをかけ一斉に転ばせ私に駆け寄った。そして私を肩車し、部屋の中で向き合っている偉そうなオッサンと八宮の側へ一気に間合いを詰める。

 人間離れしたαの動きを見たオッサンがハッとしたように目を見開く。

「まさか……お前、昨日の……!」

 αがオッサンに右腕を掲げ手のひらを向ける。昨日は少し離れたところからだったし砂煙で何が起こったかよく分からなかったが、今はαに肩車されている状態だから細かいところまでしっかりと見える。αの右手のひらがなめらかに開き、中から数口の銃口が現れた。

「八宮清世華の身柄をこちらへ引き渡してください」

「…………分かった」

 池袋の事件の一部始終を知っているのだろう、オッサンは大人しくαの要求を受け入れた。αは池袋の時と同様、八宮を右腕に抱えた。池袋の時と違う点は、αは今肩にもう一人、私を乗せている。大荷物だ。しかし人二人分(正しくは人一人とアンドロイド一体)の重さを物ともせず、ずんずんとαは歩き出す。

 そのまま開発室の出口へ向かう私達の背に、オッサンの怒号が飛んできた。

「……作業員ども!今、その黒髪のアンドロイドは右手が塞がっている状態だ!恐らく左腕は使えない!飛びかかって捕まえろ!」

 そういえば、先ほどαが足払いをかけて一斉に転ばせた作業員達が、出口付近に倒れたままだった。オッサンの怒号が開発室内に響いても彼らは倒れ伏したままピクリとも動かない。

 先ほどパッと見た感じ、αは包囲を抜けるために彼らを軽く転ばせただけに見えたが、もしかしたら気絶するくらいの衝撃があったのだろうか?

 何の抵抗も受けないまま、床に転がっている作業員をよけつつαは出口に向かう。

 αの、特殊警官のアンドロイドに対する無慈悲なまでの暴力を思い出し、まさかと心配になって転がっている彼らの様子を振り向いて伺う。

 パチ、と一人の作業員の男と目が合った。「!」

 身体を動かさず、オッサンから見えない位置でそいつは口だけをパクパクと動かした。

(「は」「や」「く」「い」「け」)

「……!」

 別の作業員とも目が合う。そいつも、こちらに向けてニヤリと笑い、声を出さずに口を動かして見せた。

(「た」「の」「む」、「き」「よ」「か」「さ」「ま」)

「……っ!」

 αの背に揺られながら、そいつらに向けて力強く頷いた。開発室の出ると、中から口惜しげなオッサンの声が聞こえてきた。

「八宮、お前愛されてんな」

「……そうかしら?私は、HACHINIYAの皆が大好きですけれど……」

「バカだな」

 うなだれたままαに抱えられている八宮は、先ほどの作業員達の様子を見ていなかったらしい。

「あの作業員の人達、わざと見逃してくれたんだよ私達のこと。お前のこと頼む、って」

「……!」

 八宮がパッと顔を上げた。緑色の目が見開かれ、じわりと潤む。

「皆……」

 八宮がギュッと唇を噛みしめる。そうしている間にも、αは歩を止めず通路を進んでいく。アンドロイド開発室から大分離れた地点で、突然館内にアラームが流れ始めた。

「なっ、何だコレ…!?物々しいな……!」

「非常警報アラームですわ。各所のセキュリティがロックされますわね……お父様方、私を工場内から出さないつもりですわね……」

「はああ?諦めの悪い奴らだな!さっさと帰るぞ!急げα!」

「はい、承知しました。歩行スピードを上げます。速度切り替えの確認。しっかりとおつかまりください」

 ビー、ビー、と鳴り響くアラームの中、αが一度足を止め、八宮を持ち直し、肩に乗せた私にも視線を向ける。「しっかりつかまれ」ということなのだろう。αの肩に乗せている足をクロスさせ、両手でαの頭をしっかりとつかむ。

「いいぞ、オッケーだ」

「速度切り替え、「中」」

「おっ、おおお!?」

 ドッ、と身体に風圧を感じる。αが速度を上げて歩きはじめたからだ。「歩きはじめた」という表現がもうそぐわない早さだが、αの姿勢自体は直立したままで、ゆっくり歩く時と変わらない。振り落とされないように、改めてαにしっかりしがみついた。

 来る時はのんびりと進んできた道のりを、すさまじいスピードで駆け抜けてゆく。止められてしまった動く歩道やエスカレーターの上も、αは平然と進んでいく。しばらく進むと、目前の道にシャッターが降りていた。行きには、こんなもの無かったはずだ。

「別のルートはあるか?八宮」

「ええ、少し遠回りにはなりますが……」

 一つ前の曲がり角まで戻り、隣の通路へと

進む。その先にも、同じような金属製のシャッターが下ろされていた。

「くそっ!どうにか出来ないか?α、八宮?」

「”障害物”を破壊いたします」

 グッと振りかぶる動作をするαを、八宮が止める。

「待ちなさい!無理に壊そうとすると、セキュリティが作動して”正当防衛動作”として蜂の巣にされてしまいますわ!私や貴女は大丈夫でしょうけれど、人間の羊子には非常に危険ですわ!」

「じゃあどうする?これじゃ一向に進めないぞ?」

 うーん、と八宮が考え込む。

「……さらに遠回りになってしまいますけれど、迂回して別の道を進みましょう!そちらには弾薬搭載のシャッターはなかったはずですわ」

 八宮の案内に従って、二つ前の曲がり角まで戻り迂回ルートを進む。しかし、その道の先にある扉も固く閉ざされていた。

「この扉なら行きと同じ、ただの”セキュリティゲート”ですわ。しばらくお待ちになって……」

 ピピピ…と、入力画面に八宮が数字とアルファベットを打ち込んでいく。パスコードを入力し終えた八宮がトン、とエンターボタンをタッチするが、異音が鳴りドアが開かない。

「ど……どうなっていますの……!?パスコードは間違ってなんか……?、……あっ」

 八宮が口惜しげに眉を寄せ、苛立ったように親指の爪を噛む。

「何があったんだ?」

「……セキュリティシステムが、つい数分前に更新されていますわ。つまり、パスコードも私が知っているものから変更されてしまったようですわね」

 八宮が指し示すその指先の方を見ると、モニターの左下に小さく、最新更新年月日と日時が表示されている。

「更新時刻は6分36秒前。我々がアンドロイド開発室を出たのは12分42秒前です。我々の脱出への妨害工作と見て間違いないでしょう」

「新しいパスコードは分かるか八宮?」

「わ、分かりませんわ!とにかく、全パターン試していきますわよ……!」

「オイ!どんだけ時間かけ……うわっ!」

 背後から、ダダダダッ…と大勢の人の足音が聞こえてきた。作業員達を追い立てながら、彼らの後ろから黒髭のオッサンが何か指示を出している。

「マズいって!急げ八宮!」

「急いでますわよ!今66パターン目まで試したところで……!」

「あーもう!この扉、壊せるかα!?」

「承知しました。命令を復唱します。”障害物の排除”実行に……」

「駄目ですわよッ!ここのゲートも、無理に壊せば防衛動作が起動しますわ!今そんなの起動させたらウチの従業員まで巻き添えですわよ!?」

「だったらどうすりゃ……!?」

 一本道で逃げ場も無く目前のゲートも開かず、背後から足音が迫るという袋のネズミ状態で緊張感が否応なく高まる中、ピンポン♪という拍子抜けするくらい軽快な音がモニターから響いた。

『パスコード解除。扉を開きます』

 モニターから、自動音声らしき女性の声が流れてくる。

「お、お姉様!」

 八宮の瞳がパッと輝く。

「ありがとうございますお姉様……!ほら、行きますわよ貴女たち!」

 ゲートが開くと同時に、αが猛スピードで先へと進む。すぐ後ろまで迫っていた追っ手の足音が少し遠ざかる。

「どういうことだ八宮?」

「お姉様がセキュリティをハッキングして助けてくださったんですの!お姉様は私より先に開発されたHACHIMIYAのAIですわ!工場内のシステム管理はお姉様に任されていますのよ!」

 αが次の動く歩道の前までたどり着くと、今まで停止していた歩道が動き始めた。ウィィン……という微かな機械音と共に、工場内のエレベーター、エスカレーターも復旧したようで、モニターに電気が灯る。

『館内システム、復旧完了。清世華のご友人の方々、どうぞお足元に気をつけてお帰りください。またのお越しをお待ちしています』

 女性のアナウンス音声が、通路のスピーカーから流れる。

「清世華の姉さん、ありがとな!よし、一気に追っ手を引き離すぞ!」

「ええ!」

「はい」

 αが動く歩道に乗り、尚且つ黙々と足を動かす。追っ手の足音はほとんど聞こえてこないほど距離を引き離した。そしてそのままエレベーターへ乗り込む。八宮が、αに抱えられたまま手を伸ばして「B1」のボタンを押す。「1階じゃないのか?」

 確か、エレベーターは工場に入ってすぐ、入り口の真ん前にあったはずだ。

「このまま素直に一階に向かったら、エレベーターの前で待ち構えられて一網打尽ですわ!まずB1に降りてから階段で1階に登って、出口まで駆け抜けますわよ!」

「こっそり抜け出せる裏口……なんて、あったりしないよな……?」

 一縷の希望をかけ、ちらと八宮の顔をのぞく。八宮はふうう……、とため息を吐いて頭を横に振った。

「ありませんわ。行きにもご覧になったと思いますが、侵入者対策のために出入り口は一つしか設置されておりませんの」

「どんなにあがいてもどうせ出口は一つか……。最後は正面突破するしかないな。頼むぞα」

「はい、マスター」

 チン!とベルが鳴り、B1に到着したらしいエレベーターの扉が開いた。扉の外には、今まで通ってきたフロアとは全く印象の違う空間が広がっていた。

 コンクリート打ちっぱなしの床と壁に、高さ20メートル以上はあるのであろう天井、そこに天井まで届く高さの無骨な金属製の巨大なラックが並んでいる。ラックにはそれぞれアルファベットと番号が振られ、工具やら資材やらが積まれている。

 空間の、飾り気の無いだだっ広さと、そこに置かれている資材の巨大さ、重量感に、見ているだけで何だか圧倒されてしまう雰囲気がある。

「すげーーーーー倉庫だな……」

「そうかしら?資材置き場はこんなものではなくて?」

 八宮にとっては見慣れた景色らしく、目の前の光景に圧倒されている私の方が八宮には不思議なようだ。小首を傾げつつ、αに一階へ向かう階段への行き方を説明している。  私はαに肩車で運ばれながら、遙か上まで伸びているラックを驚嘆の気持ちで見回していた。

「天井の方まで何か重そうなモノ置いてあるのな。どうすんだよ、万が一地震とか来たら?落ちてきたりしたら危なくねーのか?」

「まっっったく!!愚かですわねー電木羊子!!!」

 フン!と八宮が呆れたように鼻を鳴らす。

「そんなこと、設計の時点で皆考えることですわよ!世界に誇る(株)HACHIMIYAの倉庫なんですから!耐震、耐火、耐水はバッチリですわ!震度7強の揺れでも倒れたりしませんし、例えそれ以上でもラックから荷物が落ちない仕組みが……」

 急にピタッとαの足が止まり、私と八宮は進行方向へと視線を移す。そこに広がっていた光景に、八宮は唖然として言葉を失っている。

「オイ……、めっちゃ倒れてるんだけど……」

「そ……そんな……ありえませんわ……」

 目の前の壁の前を覆うように巨大な金属製のラックが一台倒れ、載せられていた資材が散乱して山のように積み上がっている。

「マスター」

 αが肩に乗っている私を見上げる。

「1階へつながる階段はこの奥にあるようです」

「ハア!?」

「やられましたわ……」

 八宮が口惜しげに歯がみしている。

「お姉様がシステムを復旧させる前に、床面を動かしてわざとラックを倒したんですわ。1階への階段を塞ぐために。意図的に動かさない限り、こんな風に倒れたりなんか……」

「理由は今はいい!どうすりゃ通れる!?」

「脱出経路確保のため、障害を排除します」 αは八宮と私を床へと下ろし、資材を片手で持ち上げては隅へと放り投げはじめた。αのスピード自体は悪くないものの、山のように積み上がっている資材を片手で一つ一つ放っているため、埋もれてしまった出口を発掘するまで気が遠くなるような時間がかかりそうだ。

「一気に片付けられないのか?爆破とかで!」

「この空間での弾薬使用は推奨できません。マスターの身に危険が及びます」

 淡々と資材を投げ飛ばしつつαが答える。

「手伝いますわ!」

 八宮がαに駆け寄り、同じようにブロック状の木箱資材を持ち上げ、隅へと放り投げる。私も手近にあった、八宮が軽々と持ち上げていたのと同じ種類の木箱を両腕で抱えてみたのだが、全く持ち上がらない。箱は見た目以上にズッシリと重かった。中に金属部品でも詰まっていそうだ。力一杯踏ん張ってみても、箱はピクリとも動かない。

「何遊んでますの?」

 八宮が横から、私が格闘していた箱をヒョイと持ち上げて隅へ放り投げる。

「……分かった、お前達にまかせるわ」

「?、それは別に構いませんけれど……」

 八宮は思わしげに、黙々と資材をどかし続けるαを見る。

「私とあの方が資材を移動させ続けても、このままじゃ半日はかかりそうですわ。今のところ、こちらに追っ手は来ていませんけれど、時間の問題かもしれませんわね……」

 八宮はしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、すぐにプルプルと頭を振って、その考えを捨てたようだった。

「悩んでいたって仕方ありませんわね!たとえ2階から降りたとしてもそちらの階段だって埋められている可能性が高いですし、今から引き返して2階へ向かうよりも、とにかく手を動かしてここから出た方が早いですわ!」

 八宮がαに駆け寄って資材をどかしはじめようとすると、少し離れたところから、ブルルン、と何かのエンジン音が近づいてきた。音がした方向に視線を向けると、巨大な倉庫に似合いの巨大なフォークリフトが3台、こちらに向かってくるのが見えた。まさか追っ手がフォークリフトに乗ってやってきたのかとぎょっとした私の隣で、八宮が瞳を輝かせ嬉しそうに飛び跳ねた。

「大兄様!中兄様!小兄様!」

 すぐ側まで近づいてきたフォークリフトの運転席を見ると無人だった。どうやらAIが操作しているようだ。それにしても三台とも同じ大きさに見えるが、どれが大で中で小なのか。

 3台のフォークリフトは山のように積み上がった資材を取り囲み、手際よく木箱と倒れたラックを片付けていく。5分もしないうちに、1階へ上がる階段の入り口が見え始めた。「感謝いたしますわ大兄様、中兄様、小兄様!さっ、1階へ向かいますわよ!」

 八宮が3台のフォークリフトに向かって、スカートの両端を上げて丁寧かつ優雅に一礼をしてから階段を駆け上がってゆく。最後まで大中小の区別はつかなかったが、私もペコリと頭を下げてフォークリフトの前を通り抜け、αと共に階段を駆け上がった。

 「1F」と書かれた扉を開けて外へ出ると、案の定、1階ロビーには作業員が集められひしめき合っていた。

「観念しろ!H.O.N-prototype.001号!」

 作業員達の後ろから、黒髭のオッサンの声が聞こえた。

「回避を推奨します」

 αが八宮を突き飛ばす。と、その瞬間、放たれたレーザーが八宮が元いた場所の後ろの壁に直撃し、壁紙を黒く焼き焦がした。

 見ると、オッサンが何やらいかつい機械を抱えて肩で息をしている。2メートルはあるであろう細長い筒のような機械の一方の端から煙が上がっているところを見るに、八宮を狙ったレーザーはオッサンが放ったもので、そしてあの機械はレーザー銃的なものなのだろう。

 一方、突き飛ばされた八宮はと言うと、周りを取り囲んでいた作業員達に受け止められて傷一つ無い。八宮は観客の波にダイブしたロックミュージシャンのように、我先にと駆け寄ってきた作業員達に丁重に支えられ彼らの頭上をベルトコンベアのように運ばれて私とαの元まで送り届けられた。

「くそっ!何をしているお前達!」

 オッサンはカンカンである。当然だ。しかしなお諦めず、重そうなレーザー銃を抱え直して八宮に狙いを定めるオッサンと八宮の間に、作業員達がワラワラと立ちはだかり壁を作る。

「ええい、役立たずどもめ!もういい、お前達ごと撃ってやる!」

「!?、お待ちになって!さすがにそれは労災ですわよ!?経営者側が従業員を故意に傷つけるなんて…!」

 八宮が驚いて声を上げるが、オッサンは聞く耳を持たずレーザー銃を発射させた。

「危ないっ!清世華様!」

 八宮を庇って前に躍り出た作業員の背中をレーザーがかすり、彼の作業服の背面が焼け焦げた。

「だ、大丈夫ですの!?佐藤ロドリゲスJr.!?」

 幸いにもレーザーは彼の作業服だけを焼いたようで、佐藤ロドリゲスJr.はコクコクと頷いて立ち上がった。その後方で、オッサンの怒声が上がる。

「次は必ず当てるからなprototype001号!邪魔立てする奴に当たった場合は「事故」とみなす!いいな!?」

「…………もう、怒りましたわ!」

 八宮が肩を震わせて、オッサンに鋭い視線を向ける。

「うちの作業員に怪我させるなんて許せません!”緊急事態発生”と見なします!私には「施設の入居者を守るための防衛行為」を行う権限があります!リミットを解除しますわ!」

 八宮は作業員達をかき分けて、オッサンに向かって直進していく。作業員達は八宮のために身を引いたため、モーゼの海渡りのように、八宮とオッサンとの間に一本の道が出来上がる。オッサンは慌ててレーザー銃を撃とうとしているが、エネルギーの充填が十分に間に合わないらしくパチパチと銃口からかすかな火花を上げるだけにとどまっている。

「プ、prototype001号!お前を製作した生みの親に逆らうとは…!」

「貴方なんか!」

 八宮がオッサンの襟元を掴んで宙へ釣り上げる。地面から離れてしまったオッサンの高そうな革靴が、ジタバタともがく。

「生みの親じゃ無いですわよッ!」

 その言葉とともにオッサンの身体は1階受付カウンターへと勢いよく投げ飛ばされる。受付カウンターのデスクチェアに直撃したらしく、ズガシャン!という派手な音と共に彼の姿は受付カウンターの中に沈んでいった。 八宮はサラリと金髪をかき上げて縦ロールを整え、周りを見回す。

「皆!怪我はありませんこと?」

 従業員達がワッと歓喜の声を上げる。勝利者の凱旋よろしくお祭りムードで口笛や帽子が飛び交う中、八宮は堂々と胸をはり、優雅に出口へと歩を進める。その後ろを私とαもついてゆく。

 HACHIMIYAの内輪のノリには正直ついて行けず少し気持ちが引き気味だが、八宮は企業の権力者よりも工場内のAIや従業員達から圧倒的に人気があるのは間違いないようだ。おかげで彼らの協力を得て、こうやって花小金井支部工場を無事に脱出することが出来……

「やはり、ここまでたどり着きましたか。清世華お嬢様」

 出口の自動ドアをくぐり抜けた先の正面玄関には、運転手の老紳士が佇んでいた。老紳士は静かにため息をついた。

「彼らに、貴女を止めることは出来ないと思いましたよ」

「お父様……」

 八宮の口から、ぽつりとこぼれた言葉に耳を疑う。

 この上品な雰囲気の老人が「お父様」だと!?じゃあさっきの脂ぎった髭オヤジは何だったんだ?てか、あっちのオッサンの方が偉そうだったけど、八宮の制作者ってことはこっちのじいちゃんの方が偉い人じゃん。そして、このじいちゃんが父親なら、八宮がオッサンに「貴方なんか生みの親じゃない」と言ってた通り、マジであのオッサンは親でも何でもないじゃないか。何だよあいつ。

「……どうか、通してくださいませ。お父様」

 八宮が、まっすぐ紳士に向き合う。しかし、紳士はゆっくりと首を横に振った。

「貴女方を、このまま帰すわけにはまいりません。……特に、そちらの黒髪のお嬢さん。貴女は」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る