第9話 使命を忘れた金糸雀は

 土曜の朝の、花小金井駅。改札前のシュークリーム屋から甘く香ばしい香りが漂い、少し気がそちらへ引かれる。

「北口のロータリーに迎えの車を待たせていますわ、そちらに行きますわよ」

 シュークリームの匂いにつられてついそちらに足が吸い寄せられそうになっていた私に、八宮が声をかける。

 私が応急処置として行った、ガムテープとアロンアルファでくっつけてあるαの左腕を見た八宮が「酷すぎて見ていられないし助けてもらった礼もかねて」と、αの修理を申し出てくれたので、私とαは八宮に連れられて花小金井の(株)HACHIMIYAの工場へ向かっている。

 今まで知らなかったが、どうやらHACHIMIYAの工場は北口方面にあるらしい。と、いうことは八宮の最寄り駅は西武新宿線よりも、もしかしたら西武池袋線の方かもしれないな。もし電車通学するなら、田無に行くためには花小金井から新宿線に乗った方が楽だろうけど。てか、コイツ車で送り迎えされてるんだったわ、電車あんま関係ないか。

 南口の方が個人的には馴染みがある。と、言うのも初等部、中等部の校外学習で何度も江戸東京たてもの園に連れて行かれたからだ。あそこはとにかく広い。私は歴史にもドラマにも興味が無いからフーンって感じだったが、大河ドラマのロケ地にもなったりしているらしく、テンションが爆上がりしている級友達もいた。

 そんな中、私と七瀬は建物を見るでもなく広大な園の中をまったりと休散歩しつつ、とりとめのない話をして過ごした。初夏の日差しが降り注ぐ中、静かな木陰のベンチに二人で座り水筒を飲んだ。隣で七瀬は静かに頬笑んでいて、水筒の麦茶はよく冷えていて美味しかった。何だかんだ、私は江戸東京たてもの園が好きである。

「マスター」

 αに声をかけられ、意識が思い出の中から浮上する。八宮はすでに北口の階段を降りていったらしく、姿が見えない。改札前にαと二人で取り残されていた。

「悪い、ぼーっとしてた。急ごう」

 αに笑いかけ、八宮のあとを急ぎ追いかける。αは隣を歩きながら少し首を傾げて私を見つめてくる。

 何だα、こんなところで南口の方を見ながらぼーっとしてた私が不思議か?

 私だって不思議だ。七瀬以外の相手と、こうやって過ごしていることが、だ。初等部に入って以降今まで、友達は七瀬だけだったし、七瀬以外とこれだけ長時間一緒に過ごすこともなかった。私の思い出の中には全て七瀬がいて、隣で笑っている。


 北口のロータリーに降りると、八宮が腕を組んで仁王立ちで待っていた。

「おっそいですわ!何をしていましたの?」

「ごめん八宮。……って、車、まだ来てないじゃん。んなに急かすなよ」

 パッとロータリーに視線を走らせたが、それらしき車は見当たらなかった。

 そもそも、車で迎えに来てもらえるならうちの家から直で迎えを呼べば良いのではないかと思ったが、八宮が言うには「昨日の一件で、恐らく私は行方不明扱い、そしてそこのアンドロイドは明らかに公務執行妨害の現行犯かつ、私の誘拐犯ですわ。そんな犯罪者と被害者が同時に貴女の家から出てくるなんて、匿っていた共謀者として貴女まで危険にさらすことになりますわ」とのことで、「誘拐犯から逃げる途中迷子になっていたところを偶然、同級生とその”知人”と出会って花小金井駅まで案内してもらったので、彼らを家に招待する」という体を装うために、八宮と、私とαで、時間をずらして家から出、徒歩で20分ほど歩いて花小金井駅の改札前に集合した。

 嘘が上手いわけではない私が言うのも何だが、八宮のごまかし方も大分荒削りで無茶がある。八宮家の使用人がそれで上手く誤魔化されてくれればいいのだが。あとは八宮の演技力とお嬢様パワーで何とかなることを祈るばかりだ。

「とっくに来ていますわよ!どこを見てるんですの!?」

「……え?」

 もしやと、プリプリと怒る八宮の横に止まっている水色の軽自動車に視線を移す。ウィーンと運転席側の窓が開いて、人の良さそうな初老の男性が顔を出した。

「わっ!す、すいません…!気づくのが遅くなって……!」

「もっと大きな、黒塗りの車だと思いましたか?ああいうのは一般道じゃ目立つのでね。それに、こういった軽の方が運転もしやすいんですよ」

 最近はHACHIMIYAもエコ対策に力を入れていますからね、と男性はニコニコしながら後部座席のドアを開けてくれた。笑った時の目尻の皺の入り方が上品で、物腰も柔らかく洗練されている。さすが名の知れた企業ともなると、雇っている運転手すらこうもスマートなのか、と何だか感心してしまった。

 助手席に八宮が、後部座席に私とαを乗せると、空色の軽自動車はHACHIMIYAの工場へ向かって発進した。外から見るとごく普通の軽自動車だったが、乗り込んでみると中は革張りだったり、BGMに落ち着いたクラシックが流されていたりとラグジュアリーだ。

「BGMを変えてもよろしくって?」

「ええ、どうぞ」

 八宮が運転手の紳士に声をかけ、車内の音楽をラジオに切り替える。聞こえてくるのがスローテンポなピアノの音から、軽快なBGMと早口のパーソナリティの声に変わる。

『……と、いうことで、大注目はやっぱり昨日のアンドロイド出没事件!いやー、びっくりしましたよねー。皆さんからのお便りも沢山届いてます、まずは東京都在住のP.N.”ななばんめ”さんから……』

 ピッ、ピッ、と、八宮がラジオの周波数を次々に切り替えていく。

『……です。どう思いますか先生?』『そうですね、映像を政府が公開していないところから、最近あったエレクトロ博士の件との関わりがあると……』


『……の、交通情報をお届けします。次に、昨日夕方に会った池袋のアンドロイド出現事件によって、混雑が見込まれるのは……』


『…位はこちら!『きらめいて☆春スプリング』でした~!そして視聴者からのリクエストは~『私の彼はアンドロイドっぽい?』です~。昨日、あんな事件がありましたもんね~ニュースもそれで持ちきりで~(笑)。それじゃ、行きますよ~ミュージ……』

 一通り全ての周波数の番組をチェックした八宮は、ピッ、と、最初のラジオ番組に周波数を戻して背もたれに体重を預け椅子に深く腰掛けた。

 相変わらずポップなBGMに乗せて早口のパーソナリティが、ラジオに寄せられた葉書を読み上げている。

『”……の時、たまたま僕は池袋に買い物に来ていて事件を目撃したのですが”ええっ!?ヤバいじゃないですか、P.N.みたらしマニアさん!ひとまずはご無事で良かった……!”アンドロイドらしい女の人が特殊警察と戦っていました。驚いたのは、その人がすごく美人だったんです”っへえー!警察は昨日の事件の映像を非公開にしてますからねー、目撃者の意見は貴重ですよー!SNSに動画とかアップしてる一般の人もいるみたいですし、有志の方の投稿、ありがたいですね。”モデルみたいに背が高くて、長い黒髪の”……』

 ピッ。

 八宮の指がラジオを切り、車内に再びクラシックが流れる。ふう、と、運転手の紳士にバレないようひっそりとため息をつく。

 紳士はラジオを聞いているのかいないのか、静かに頬笑んで運転を続けているし、隣に座るαは何食わぬ顔をしている。

 ただ私と、恐らく八宮も、ラジオの内容を緊張感を持って聞いていた。後部座席から見える八宮の横顔は何やら思案げだ。

 どうにも、昨日の一件は大々的にニュースになっているようだ。ラジオのどの番組でももっぱら池袋の事件が話題に上がっていた。だが幸運というべきか、事件の概要と映像は警察が公開していないらしく、八宮とαについて大々的に情報公開されていないらしい。

 ただ、あの事件の時スマホを構えて現場から逃げない命知らずが数名いたのは見えていたが、そういったうちの何人かがネットやSNS上に写真や動画をアップしているようだ。戦場カメラマンのジャーナリスト魂かよ。私があの場から逃げなかったのは、図らずもαに「戦え」と命令してしまった以上、見届ける責任があるはずだ、と思ったからだ。私がもし一野次馬だったら、スマホなんか構えずさっさと逃げている。『いのち だいじに』だ。

 先ほどのラジオでもパーソナリティが読み上げていたが、αの外見について、写真や動画ですでに流出し拡散されている可能性が高い。八宮についてはどうだろうか。αと同じく写真や動画を撮られている可能性は高いが、もしかしたら八宮財閥が各所に圧をかけて、報道と流出にストップをかけているかもしれない。

「到着しましたよ、お嬢さま方」

 考え事をしている間に私達は目的地に到着していた。車の窓からは、横にも縦にもドでかい、高層ビルを何本もまとめたような工場がそびえ立っているのが見えた。


「ここが、我が八宮財閥のアンドロイド開発室ですわ!」

 八宮が誇らしげに両手を広げて案内しているのは、何本もまとめた高層ビルの、最奥の最上階のフロアの、さらに奥の一室だ。

 入り口からここまでたどり着くのに、かなり時間を要した。動く歩道で横の移動、エレベーターとエスカレーターでの縦の移動をしつつ、廊下の途中にあるロックされたドアにパスコードを入力するという作業を挟みながら進むという道のりだ。

 工場の敷地が単純に広いと言うこともあるのだろうが、さすがは大企業が秘密裏に着手していた事業なだけあって、隠しっぷりに本気を感じる。

 そしてセキュリティのためか出入り口が一カ所しか設置されていないようで、工場に入ってからこのアンドロイド開発室に到着するまでの永遠かと思えるほどの道のりを歩いた。正確な時間は分からないが、20分強くらいは移動していた気がする。

 よって、開発室にたどり着いた時点で私はすでにちょっと疲れていた。

「へ~え。じゃ、頼むわ」

「何なんですの!?そのうっすいリアクションは!?部外者の立ち入りなんて滅多に許されない、特別な場所なんですのよ!」

 プリプリと怒る八宮を受け流し、手近な椅子を引き寄せて座る。私の体力のなさをなめないでもらいたい。昨日練り歩いた筋肉痛が痛む中、さらに今日は朝から動きっぱなしでもう足がクタクタだ。

 八宮が不満げにブツブツ言いながらもαの修理を始めようと何かの機械を起動させ、αにも近くに来るよう手招きしている。が、当のαは私の側から一歩も動かずジッとこちらを見つめている。

「マスター」

「ああ、そっか……。直してもらってこい、α」

「承知しました」

 私の指示を聞いたαは颯爽と、頬を膨らませて待っている八宮の方へと歩いて行った。

 椅子に深く腰掛け、αが修理される様子を眺める。八宮は何やら工具を手にしてテキパキと機材の間を動き回っている。

「ふーん、八宮は自分のメンテナンスも自分で出来るのか」

 αは自分で自分の壊れた左腕を修理出来なかったことを思い出しながら、少し感心して八宮に声をかける。

「私はHACHIMIYA最新モデルの特別製ですもの!そして介護従事用アンドロイドとして肉体労働にも耐えられるよう頑丈でありつつ、日常的なメンテナンスを非力な高齢者や子供でも簡単に出来るよう設計されていますわ!だから自分自身のメンテナンスも容易ですの。ですが、こちらのアンドロイドは……」

 八宮は作業の手を止めて、私の方に振り返る。

「見たことがないくらい旧式ですわ。構造も、今流通しているどのモデルとも違っていますわね。今ある部品で直せるかしら……。一度、全体構造をスキャンさせて頂いてもよろしくって?」

「良いけど…。何で私に許可を取るんだ?」

「だって貴女がこのひとの”マスター”でしょう?」

 さも当然といった顔で八宮が答え、αを「最新型半透明発光棺桶」のような装置に横たわらせて、自身は、発光棺桶と線でつながれたPCに向きあって椅子に座る。発光棺桶の中に横たわるαのつま先から頭のてっぺんまで、一本の赤い光線が何度か行き来する。

「…………驚きましたわね」

「何か分かったか?」

「製造年が、アンドロイド技術が正式に確立するより数年前ですわ。エレクトロ博士がD.E.Nシリーズを世界に発表したのが43年前、このアンドロイドの製造年は少なくとも”45年以上前”になりますわ」

 八宮が、答えを求めるように疑問符で一杯の視線をこちらに向けるが、私にだって分からない。

「αを拾った経緯は朝、家で説明しただろ。私だってさっぱり分からん。今は元の持ち主を探してるところだ」

「……はっきり言って、オーパーツ級の技術ですわ。随分と旧式の部品で組み立てられていますのに、今の最新型の戦闘モデル以上のスペックですわ」

 昨日目の当たりにした、αと特殊警官の力量差を思い出す。恐らくは最新モデルである特殊警官達を、αは圧倒的な力の差で叩き潰していた。

「少なくとも、工業用の量産アンドロイドではありませんわね。もはや芸術品の域ですわ。つまり、ご自身で簡易的な修理が出来るほど、単純な作りではないってことですわ。困りましたわね……、部品自体はなんとかなりそうですけれど、今のHACHIMIYAに、「これ」を修理できる技術者は……」

 八宮が椅子から立ち上がり、発光棺桶のような装置を停止させてαをその中から出した。そして何やら思案げな表情をしつつ、開発室の中を歩き回りキャビネットや工具箱の中から部品を集めている。αは相変わらずスンと無表情で、棺桶装置の横にじっと立っている。

「……ま、”芸術品”というなら私だってHACHIMIYAの芸術品ですけれど!同じ芸術品でも、このひとの場合は、”骨董品”と呼んだ方が正しいかもしれませんわね!」

 ホホホ……!と笑いながら、八宮は、中にずっしりと工具の詰まった30㎝四方の白い小箱を私に渡してきた。

「何だコレ?」

「貴女のアンドロイドを直すために必要な部品ですわ。差し上げます。口惜しいですが、私にもHACHIMIYAの技術者にも、きっとそのアンドロイドは直せませんわ……。その部品があれば直すことは可能なはずですから、旧式アンドロイドに詳しい技術者を探すとよろしくってよ」

 それから……、と八宮は続けた。

「内部記憶データが16年前に一度初期化された形跡がありましたわ。憶測に過ぎませんけれど、これだけの戦闘力のアンドロイドですもの、元は特定の個人の護衛用だったかもしれませんわね」

 内部記憶データだと!?それをどうにかして復旧できれば、αの本当の持ち主を見つけだす最大の手がかりになる。私は身を乗り出して八宮に尋ねた。

「その、記憶データを復元出来ないのか!?」

「難しいですわね……。メモリ自体は旧式ではありますが当時の一般的なものが使われていますわ。ですが、強力なプロテクトが掛けられていますの。恐らく、初期化した人物以外が解くことは……」

 ふいにガチャリと音がし、開発室のドアが開かれた。足音と共に、二人の男性が部屋へと入ってくる。

「ここで、一体何をしているんだね?清世華」

 先頭に立って部屋に入ってきた40代ほどの壮年の、黒い口ひげを生やした恰幅の良い男の方が口を開いた。何だか偉そうなオッサンだ。革靴が磨き上げられてピカピカと光っており、少し離れたところからでも分かるほど仕立ての良い、いかにも高そうなスーツを着ている。そしてちょっと小太りな体型からも、普段からいいモン食ってんだろうなと想像させてくる。

 そのオッサンの少し後ろに立っているのは、先ほどの運転手の老紳士だった。

 二人を見た八宮の表情が、嬉しげにパッと輝く。

「お父様!私を助けてくれた友人達に、HACHIMIYAの施設の案内を…」

「…………清世華」

 口ひげの偉そうなオッサンが、重々しく声を出した。

「お前の、廃棄処分が決まった」

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