第8話 目には目を 歯には歯を 恩には恩を
Q.「あなたはD.E.Nですか?」
A.「いいえ、違います」
「私は由緒正しき八宮特製、オリジナルナンバーですわ!旧式の量産型、そして時代遅れのD.E.Nなんかとは格がちがいますの!」
風呂上がりの八宮が、ほかほかと湯気を上げながらムンと胸を張る。
昨日のとんでもない騒ぎから一夜明け、気づいたら寝落ちし早朝自分のベッドでパンツ一丁で目覚めた私は、まだ寝ているαと八宮が起きるのを待った。
二人とも疲れているだろうから起きるまでそっとしておこうと思い、出来るだけ物音を立てないようにベッドから起き上がった。汗やら砂埃やらでベタベタの身体を洗うため足音を忍ばせて風呂場に向かおうとしたら、部屋を出ようとしたところでαの瞳がパチッと開き目が合った。
αはどうやらすでに目が覚めていたらしい。「どこに行くのですかマスター」「同行を許可願います」としつこかった。まだ身体を丸くして寝ている八宮を指さし、口元に人差し指を当て「静かにしろ」というジェスチャーを送る。
とりあえず口をつぐんだもののまだ不服げにしているαをよく見ると、服はボロボロで砂やら泥やらにまみれているし、サラサラだった黒髪も油か何かでペタペタにくっつき、束になっている。昨日、αはあれだけ大暴れしたから当然と言えば当然かもしれないが、思ったより汚れていた。
「……お前、耐水だよな?」
「はい。水圧7000メートル程まで探索可能です。10000メートル以上になりますと機能が低下する恐れがあり推奨されません」
「そりゃ良かった、日本の風呂場より深そうだ」
αを連れて風呂場へと向かい、自分を洗いつつαを洗った。そういえば拾ってから3週間ほど、時々αをウェッティとティッシュで拭いたりはしていたが、こうやって丸洗いするのは初めてだ。左腕の損傷部にお湯があたらないよう注意しつつ慎重にαを洗った。髪の毛を洗う時、お湯を頭からかけても目を閉じず見開いているあたり「ああ、ロボなんだな」と感じる。でもそれ以外は、マジで綺麗な女のひと、にしか見えない。昨日見た対アンドロイド用特殊警察の方が何倍もゴツかったし戦闘用って感じだったのに、αがそいつらを片手でひねり潰したのが何だか信じられない気分だ。
ひととおり洗い終えて、綺麗になったαを風呂場の椅子に座らせて自分は湯船につかりながらぼーっとαを眺める。そうしている内に、ダダダダ……と、階段を駆け下りてくる足音が聞こてきた。しばらくするとパァン、と風呂場のドアを勢いよく開け放って八宮が乗り込んできた。
「でっ、電木羊子!私を一人にしないでくださ……ヒッ!?あ、貴女もいましたのね…戦闘用アンドロイド……!じゃなくて!お、お風呂に貴女方だけ入るなんてずるいですわ!私も入りますわよ!」
どうやら起き抜けに誰も部屋にいなかったのが心細かったらしく、大慌てで駆け下りてきたようだ。その証拠に寝癖もそのまま、口の横に涎の跡もバッチリ残っている。
八宮はスポポポンとあっという間に服を脱ぎ、風呂場に入ってきた。そしてそのまま、私がつかっていた湯船に入ってくる。
「オイ……、狭いんだけど」
あと行儀も悪い。まず身体を洗ってから、湯船には入るものだ。銭湯とかの公衆浴場での常識はこのお嬢様ロイドにはないのかもしれないし、洗い場に座っているαととにかく距離を置きたい気持ちの表れかもしれないが。 残念ながら我が家の風呂桶は銭湯のように広くない、一般的な家庭用サイズだ。女子同士とは言え二人で入るとギチギチで、足も伸ばせない。
もうすでに私とαは洗い終えていたので、αを連れて風呂からあがる。「ど、どこに行くんですの!?」と慌てる八宮を「近くにいるから」となだめすかし、風呂場の扉を閉めて八宮にはゆっくりと風呂に入らせつつ、私とαは風呂場の扉の前の脱衣スペースで身体を拭きながら八宮の風呂が終わるのを待った。
時折風呂場から上がる「そこにいますわね電木羊子!?」という確認に、「へーへー」とか「おー」とか答えながら自分とαの髪にドライヤーをかけて、八宮が風呂からあがるまでを過ごした。
そして、風呂からあがり人心地がつき、またαが私の言うことを聞いて大人しく髪を乾かされたり服を着替えたりしているのを見たことで、八宮のαへの恐怖心も少し落ち着いたようだった。
かくして風呂上がりの3人衆(厳密には1人と2体だが)は私の部屋に戻り、清潔な身体でホッと一息ついていた。
落ち着いたところで、まず真っ先に八宮に尋ねたのは、やはり現在世間を騒がせているらしい「D.E.Nシリーズ」との関係性についてだ。
しかし八宮が言うには「全くの無関係」とのことだった。
「八宮 清世華」は、かつてアンドロイド法が施行される前に(株)HACHIMIYAが精力的に開発に取り組んでいた日本オリジナルアンドロイドシリーズのノウハウを元にして、つい最近製作された「たった1体の八宮オリジナルナンバー」らしい。
「んじゃ、八宮は企業が開発した公式アンドロイドなんじゃん。何で池袋で捕まりそうになってたんだ?」
「……国への登録は、されておりませんの。私、八宮のアンドロイドですけれど、会社の公式な製作ではありませんわ。”お父様”が個人的に、私をお作りになったんですのよ」
八宮がうつむき目を伏せる。手にしている麦茶のグラスに入った氷が揺れ、カランと音を立てた。
個人所蔵で未登録アンドロイド?そりゃ違法だ。けれど……
「でも、八宮は学校に来てるよな?そんなこと出来るんだったら、大丈夫なんじゃないのか?だって登下校も普通にしてた訳だろ」
「私立武蔵野田無学院女子高等部は八宮財閥が創設者だから大分八宮の融通が通るそうなんですの。……それに、”お父様”が学校にちょっぴり寄付をなさったみたいですし。それに、行き帰りの一般道は家から送り迎えの車で登下校していたので、外を出歩いたことはありませんわ」
詳しく話を聞いていくと、どうやら八宮が存在を許されていたのは、八宮財閥の工場内と武蔵女の敷地内だけだったようだ。本当は池袋に行くのも、というか場所を問わずどこかへ外出することは禁じられていたそうで、昨日はこっそり学校帰りに迎えの人間を撒いて、池袋へ向かったらしい。
そしたら運悪く、池袋を巡回していた警官に、ゲームショップに入っていくところを見つかってしまった、と。
「八宮が武蔵女に通えてた理由は分かった。でも八宮財閥にとっちゃ大分リスキーな行動じゃないか?何のためにわざわざ八宮を武蔵女に通わせたんだよ?」
「学院で私がいかに人間らしく振る舞えるかの試運転…、テストのようなものだと聞きましたわ。何せ八宮財閥の開発したオリジナルアンドロイド第一号試作品が私なんですもの」
だから……、と、八宮は彼女にしては珍しい小さな声で呟いた。
「私が人間らしく、優秀であることを証明したかったんですの……。学校で立派な友達を作ることで、八宮財閥の名に恥じない優秀なアンドロイドだと……」
でも結局そのために八宮財閥に無断で行動して、迷惑をかけてしまっていたら元も子もないですわね、と八宮は力なく笑った。
反省しているらしく、八宮はしおらしく俯いている。こうして黙って大人しくしていれば、八宮もただの美少女にしか見えない。
八宮が七瀬を、そして私を、何故あれほど必死に友達にしたがっていた理由を知り、そのひたむきさに私はどう声をかけてやれば良いのか分からず戸惑った。
”七瀬と私はともかく、他の奴らとは馴染んでたじゃん”とか”お前、友達は十分多いだろ、七瀬と私以外の”とか”まだこれからでも七瀬や私と友達になるチャンスはあるじゃん、あきらめんなって!”とか(これはちょっと嫌みかもしれない)、声をかけるべきか迷ったが、きっと八宮が望んでいる答えではない気がした。脳内で最適解を探したが見つからず、私は「…………そうか」と一言だけぼそりと返すという、何ともつまらない選択肢を選んでしまった。
私と八宮の間に沈黙が降りる。普段うるさい八宮が神妙に押し黙っていると何だか気まずい。
ただそれとは関係なく気になるのは、八宮に着替えとして貸した私のシャツの、胸元のボタンが限界を超えてはち切れそうになっていることだ。何かちょっと、シャツを破かれたらどうしようかとひそかに私はハラハラしている。
私の部屋に3人。私は机とセットの椅子に、八宮はベッドに腰掛け、αは床に正座している。
ふとαに視線をうつすと、涼しい顔でどこか一点を見つめている。αの視線の先にあるのは部屋のドアだが、ドアにそんなに見つめる箇所があるだろうか。もしかしたら「敵の襲来」にいつでも対応できるように待機しているのかもしれない。それとも何も考えずぼーっとしてるだけか。
麦茶を飲み干して、八宮に声をかける。
「八宮は、αみたいに戦ったりはできないのか?」
「出来るわけありませんわ!!私はそこのアンドロイドのような野蛮な戦闘用とは違いますもの!知的で高尚な”癒やし”そして”愛玩用”ですの!」
「えっ……?癒やしとか愛玩用って……。八宮って高校生離れした乳と尻だなとは思ってたけど、やっぱそういう男性向けの目的で設計されて……」
「ちっ、違いますわよ!!!」
顔から血の気が引きかけた私とは対照的に。八宮は顔を赤くしてブンブンと両手を振った。
「うう……、正式には”介護用アンドロイド”ですわ。(株)HACHIMIYAは、高齢化する日本の介護需要を見込んで、老人ホームや個人宅での介護人材としてのアンドロイド開発に力を入れていましたの」
高齢者や障害者用施設での様々な職務に対応し、また入居者の会話や遊び相手となって癒やしを与えること。それが、八宮の本来の使命だという。
施設での力仕事にも対応できるように一般的な成人男性以上のパワーはあるそうだが、人間に対して攻撃できないようプログラムにリミットがかけられており、武器弾薬の類いも一切装備されていないそうだ。
「例外として、施設に不審者が侵入した時のような緊急事態には”入居者を守るための防衛行為”をすることは許可されていますわね」
八宮がちびちびと麦茶をすすりながら答える。そういえば、とふと気づく。αはこの家に匿ってから食事も水分補給もしていないが、八宮は学食でランチしているところを何度も見かけたし、今も麦茶を飲んでいる。
「そうやって「物を食える」のも、介護用アンドロイドの機能ってことか?」
「その通りですわ!入居者が私に「おやつをあげて甘やかしたい」という欲求を叶え、彼らに癒やし効果を与える効果がありますわ!ま、そんじょそこらの平凡な介護用アンドロイドにはできないことでしょうけれど!八宮特製ブランドで、八宮の技術の総結集である私は、口から人間の食物をとってエネルギーに変換することも可能ですのよ!」
八宮は誇らしげに胸を張る。ああっ、それ以上胸筋に力を入れると、シャツのボタンが今すぐにでも引きちぎれて飛んでいきそうだ。ハラハラしながら見守る。
まあ確かに、八宮は老人ホームでも人気が出そうだ。明るくて表情豊かで、ハキハキした声も大きくて耳が遠い老人でも聞き取りやすく、裏表が無く真っ直ぐでちょっとアホ。おやつを与え、孫のように可愛がりたい高齢者も多いことだろう。
「なるほどな。高齢者向けだから八宮の口調や言動も時代がかってんのか」
「あら、いいえ?それは……って、ちょっと!何なんですの、この人の左肩の修理の恐ろしい雑さは!?まさかとは思いますがコレはガムテープ!?あり得ませんわ……ッ!」
今まで怯えてまともにαをみられていなかったらしい八宮が、αの左肩の破損にやっと気がついたらしく絶句している。
「こっ…こんな高性能な戦闘用アンドロイドを所有していながら、こんな粗末な扱いをするなんて…!ど、どうしてこんなことに……」
「直す金も知恵もなかったから?」
「もう!そもそも貴女みたいな一般人がこんな戦闘用を持っていること自体おかしいんですのよ!国に登録してアンドロイドを所有するためには、それは煩雑な事務手続きと正当な理由、そして莫大な申請料が必要になるんですのよ!?貴女にそれらの条件がクリアできるとは到底!思えませんわ!どう考えても、この人も”違法”ですわね!?」
「おうそうだな」
「んんんんんもおおおおおお!どうして貴女方はそうやってさも当然みたいな顔をしていられますのよ……!」
八宮が取り乱せば取り乱すほど、何だかこっちは冷静になってしまう。αなんか八宮の慌てっぷりもどこ吹く風といった完全な無表情で、あいかわらず正座し静かにドアの方を見つめ続けている。
それより今はまだ朝の七時前だ。こんな朝っぱらから八宮が馬鹿でかい声で騒いでいたら近所迷惑だろう。とりあえず騒ぐ八宮に静かにするよう注意しようとしたら、八宮が深いため息をついた。
「…………分かりましたわ」
何が?静かにしてくれと注意しようとした私の気持ちをか?先回りして私がこれから言おうとしていたことを読み取るなんてエスパーか。さすが介護用アンドロイドは人の感情の機微を読み取ることに長けて……
「そのアンドロイド、八宮財閥(うち)で直してさしあげますわ!一応、ですけれど、助けてもらったわけですし」
コホン、と小さく咳払いをして、八宮が勢いよく座っていたベッドから立ち上がる。そして腕をブンと振り上げて、どこかを指さす。えっ、どこ指してんだ?そっちの方向にはとりあえず壁がありますけど。
「南西部、現在地からおよそ5キロ。花小金井の八宮の工場です」
今まで無反応だったαが、八宮の指さす方向に視線を向け声を出す。アンドロイドに見えている風景は私達とは大きく違うようだ。「その通り!貴女方を特別に、我が八宮のアンドロイド開発部へとご招待いたしますわ!!!」
いや、だから近所迷惑だから大声はやめてくれ八宮。
八宮がまた腕を勢いよく振り下ろし、今度は両腕を腰に当てて胸を張る。
とうとう、ギリギリで耐えてシャツにくっついていたボタンがはじけ飛び、軽やかに円を描き宙を舞った。
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