第7話 君、破壊されたまふことなかれ

 大都会、池袋。駅前の大きな横断歩道の前は、何故かいつもむわっとした揚げ物の匂いがする。学校が終わった後の今、夕方の時間は特に空腹を刺激される。

「マスターの目的の商業施設まで、徒歩15分程度。混雑具合は、通常の金曜日に比べると空いています。最短経路でご案内しますか?」

「ありがとよα。行き慣れてる店だから大丈夫だ。それより、あんま外で「マスター」って呼ぶんじゃない。あと、変なことして目立ったりすんなよ」

「承知しました」

 ガヤガヤとした人混みの中で、他人の会話に耳を傾けているヤツなどほぼいないだろうが、念のためαに注意しておく。

 八宮よりも早く例のソフトを手に入れると決意した私は、早速その日のうちにαと共に池袋のゲームショップへと向かっていた。αにはとりあえず私のシャツとカーディガンを着せ、動かない左腕は最初から着ていたパンツスーツのポケットに突っ込ませている。

 左腕がもげたときの衝撃で、αが最初着ていたαの上半身のシャツとスーツは破れてしまった。私にそれをつくろう裁縫スキルは無い。アンドロイド工学が何故かするすると理解できたように、裁縫も隠された才能が開花するのでは無いかと一応本を読んだりネットで調べたりしてみた。が、普通に訳が分からなかった。左腕の部分だけ世紀末覇者のようにビリビリに破れたスーツで外出するのはさすがに怪しいので、私の服を着せたのだが、サイズが違いすぎてαが着るとピチピチだ。

 145㎝のJKの服を、180㎝強のOL風美女が着るのは無理がある。腕も七分丈のようになっているし、着丈も短くてヘソ出しだ。しかし、それでもαがモデル体型の八頭身美女なおかげで何とか様になっていた。そしてスンとすまして見えるαの端正な無表情が「は?こういう最先端のファッションですけど?変だと思う方がダサいんですけど?」という無言の圧を周囲に与える効果もあるようだ。実際の所、最初は恐ろしく感じたαの無表情も、今となってはハシビロコウの無表情と同じく特に何を考えているわけでもないデフォルト装備にしか見えないわけだが。

 私が先行して歩き、αは周囲に気を配りながら私の少し後ろをついてくる。周りにはどういう二人組に見えるのだろうか。似ていない姉妹か、年の離れた友人か、それともオフ会の知り合い同士、という可能性もある。

 一人で歩いている時には感じたことのない、周囲からの注目の視線をちらほらと感じる。怪しんでいる、という雰囲気ではない。どちらかというと好意的な、賞賛や感嘆、または純粋な好奇心のこめられた視線。足は止めないままチラと振り返りαの顔を見上げる。αは涼しげな顔で長い黒髪を揺らしながら「目立たず、私の側を離れず、しっかりついてこい」という、出かける前に言い含めた約束をしっかりと守っている。

(…………目立ってるんだよなあ……)

 ため息をはいて、小さく肩をすくめる。αが意図したことではなくαを責めるのはお門違いなのだが、αがワルイ。ここ2週間、αを自室のクローゼットに体育座りさせて保管し、αのずっこけた行動もいくつも見ていたためもはや私にとっては見慣れたポンコツな生きものなのだが、世の人にとっては違うのだ。

 αは一見、映画のスクリーンからそのまま飛び出してきたかのような、クール系長身モデル体型エキゾチック美女なのだ。推定185㎝の美女は町中でも言葉通り頭一つ飛び抜けて目立つ。忘れかけていたけれど、αはとにかく美しいのだった。いつも身近に妖精のような可憐さの七瀬がいるから麻痺していたが、αも負けず劣らずの美人だ。タイプこそ違うものの、両者とも非常に顔が強い。

 αを連れてくるべきではなかったかもしれない。しかし、今更そんなことを考えても仕方ない。一刻もはやくゲームショップで目当てのソフトを買って、さっさと西東京へ帰ろう。歩く速度を早める。小走りに近い感覚で一生懸命進む私の後ろを、αは若干歩幅を広げて悠々とついてくる。クソ、長い足しやがって。

 そもそも私は最初、αを連れて外出するつもりなんて毛頭無かった。5限終了後すぐさま家に帰り、一人で池袋まで行く準備をしていた。お年玉と貯金をかき集めリュックに入れ、私服に着替えている最中にαに声をかけられた。

「今から外出ですか?マスター」

「そうだ」

クローゼットから顔を出すαに、ジーンズを履きながら答える。

「どこまで行くのですか?」

「池袋のゲームショップ」

「目的地は、現在地点から公共交通機関を使用して最短で1時間30分ほどかかる場所です。途中、危険が予測されます。マスターの身の安全確保のため、同行を許可願います」

「はあ?テロか何かが起きてるわけでもないし、危険なんかないって!行き慣れたとこだし」

「同行を許可願います」

「あのなあ……」

 トレーナーからすぽりと顔を出し、αに真っ直ぐ向き直る。

「どっちかっていうと、お前の方だぞ危険なのは!ただでさえ左腕が直ってないのに、人通りの多い池袋までついてくるなんて。アンドロイドだってバレたらどうすんだよ。警察にでも見つかったら、捕まって即行で処分されるかもしれないんだぞ?家で大人しくしてろよ。私なら大丈夫だから」

「「大丈夫」ではない可能性があります」

 αが立ち上がる。クローゼットの中ですっくと立ち上がったαは頭をしたたかにクローゼットの天井にぶつけ、鈍い音が部屋に響いた。しかし本人は露ほども気にせず、私の前に歩み出てきた。

「マスターは以前、東伏見の公園の高架橋から足を踏み外し落下しました。あのとき、私が助けに入ることが出来なかった場合、重傷を負っていた可能性が極めて高い。そのような予期せぬ危険が、いつ、どこでマスターの身に起きるか分かりません。同行を許可願います」

 αの切れ長の真っ黒な瞳に、キラリと光が反射して心なしか揺れた気がした。相変わらずαの表情筋は微塵も動かないが、その真っ直ぐな瞳からはαのいつにない真剣さが伝わってくる。

 かたくなに私についてこようとするαの必死さと、ついてこようとするその理由に上手く反論できず、私は言葉に詰まってしまった。そうなのだ。私には前科がある。αの左腕が壊れた原因だって、元を正せば私のせいだ。 かくして「同行する」と言い張るαを説得できず、池袋まで連れてきてしまい今ここに至っている。

 ゲームショップまで、残りあと幾つかの交差点を曲がるところまでを切った地点で、突然αが私を背中に庇うように前に躍り出た。強歩で邁進していた私は、αの背中に思い切りぶつかった。絹糸のようになめらかな黒髪に顔が包まれくすぐったい。

「っぷ!おい、急にどうし……!?」

「目的地周辺で、事件があったようです」

「ゲッ、何だよこんな時に……」

 言われてみれば、ほんの少し離れたところからサイレンの音が聞こえてくる。前に立ちはだかるαを迂回して、ゲームショップがある方向へと急ぐ。

「落ち着くまで待機することを推奨します。または日を改めた方がよろしいでしょう」

 αが私の後ろを追いかけてくる。

「店は7時で閉店なんだよ!待機なんかしてたら閉まっちまうって。店に入れなさそうなくらいヤバかったらまた明日来るからさ、とりあえず遠目から覗くだけでも……!」

 せっかくここまで来たのだ。それに、今まで散々迷って今日ついに「買う」と決意した大きな買い物だ、購買欲求に火がついてしまっている。店に入れるようなら、絶対に今手に入れたい。もし店が閉まっているようなら、私も買えないが八宮だって買えないのだから、また明日にでも来れば良い。なんせ明日は土曜だ。始発で出発して朝から並ぶことだって出来る。

 横断歩道を渡り、曲がり角を曲がったところで目的の店がとうとう視界に入る距離になったが、それと同時に店を囲むようにぐるっと人だかりが出来ているのも見えた。人垣が出来ているせいで、私の身長では店がどうなっているのかよく見えない。サイレンの音とざわざわとした人の声であたりは騒然としている。

「なっ……何じゃこりゃあ!店はどうなってる!?α!」

「目的地の商業施設は警察によって包囲されています。対アンドロイド用特殊警官も数体配置されている模様です。買い物を続行出来る可能性は極めて低いと推測されます」

 私はギョッとしてαを見た。「対アンドロイド用特殊警官」とは、国家がアンドロイド犯罪に対抗するため、また平和維持のために保有する、国公認の戦闘用アンドロイドのことだ。特殊部隊のため一般人がその姿を見ることは滅多に無く、海外の紛争地帯に派遣されているのを稀にニュースで見るくらいだ。

 そんな特殊警官がかり出されていると言うことは、あの店に逃亡中の「エレクトロ博士のアンドロイド」でもいるのかもしれない。私は思わずαの袖を引っ張り、自分の後ろに隠そうとしていた。

「承知しました。お見せいたします」

「うおおっ!?」

 袖を引かれたことを何かの要求だと勘違いしたらしいαに持ち上げられ、肩車をされる。グゥゥンと私の目線が引き上げられる。高い。約185㎝+私の座高で、軽く2メートルは超えているだろう。ざわめく人々の頭を飛び越えて、視界がサアッと開ける。

 店の周囲10メートル四方に一般の立ち入りを規制するテープが張り巡らされ、そのテープの周りに野次馬達がひしめきあっている。店の前に警官がざっと5人、そのうち3人は見慣れない形のヘルメットをつけ、これまた戦場の軍隊のような厚い装備を身にまとっている。おそらくその3人が対アンドロイド用特殊警官だろう。

 そんな中で、ありえないモノを見つけてしまった。

「は!?あれ、八宮じゃ……!」

 店の中から、前と後ろを警官に挟まれる形で見慣れた金髪縦ロールが出てきた。そっくりさんとかではない。あんなギャグ漫画みたいなスタイルグンバツの金髪縦ロールのJKなんて八宮以外にいない。しかもあいつ制服のままだ。間違いようが無い。終礼後、池袋のゲームショップに直行したのだろう。あの猪突猛進娘らしく、私の先を越そうとしたのかもしれない。

 野次馬達のざわめきとパトカーのサイレンにかき消されてよく聞こえないが、八宮は警官に向かって何か大声で申し立てている。切れ切れに「私は八宮財閥の……」だの「示談金の交渉を……」だのといったワードが聞こえてくる。

「何やってんだよあいつ……!事件に巻き込まれちまったのか?」

 ぽつりとこぼれた私の独り言をαが拾う。

「いえ、そうではないでしょう。あなたが八宮と呼んでいる女性はアンドロイドです。恐らく、摘発されたのは彼女でしょう」

「はああああ!?う、嘘だろ!?」

 思わず身を乗り出して、警官に囲まれている八宮を凝視した。バランスを崩し危うく落っこちそうになる私を支え、αが下で軽く足踏みをして体勢を整える。

 目をこらしてよく見たら、確かに八宮の両手には手錠がかけられていた。八宮が、あんな状況でもいつも通り偉そうにふんぞりかえっているものだから、最初は気づかなかったのだが。それにしても、よくもまああいつはいつも通り堂々としていられるもんだ。

 予想だにしていなかった状況に、頭が混乱する。八宮もアンドロイド!?今まで、大分ヘンテコだが普通に同学年の人間として過ごしてきたあいつが!?しかも違法!?訳が分からない。質の悪い冗談か、大々的なフラッシュモブを使ったドッキリか。

 しかし、誰も笑い出さず、群衆の中に「ドッキリ看板」を掲げる者も一人もおらず、αは淡々と私に告げた。

「嘘ではありません。あの女性は人間ではありません、アンドロイドです」

「マジかー……」

 はああ、とため息がこぼれる。その事実を受け入れた上で、もう一度αに尋ねる。

「……あのまま、警察に連れてかれたらどうなる?」

 八宮は、まだ何か喚いているようだが両脇を特殊警官に取り押さえられ、パトカーの横に止まっているやけにごつい輸送車に乗せられようとしている。 

「彼女の所有者は恐らく八宮財閥でしょう。身柄の引き取りを申し出るはずです。しかし、今の社会情勢では申し出が通るか難しいところでしょう。また、(株)HACHIMIYAの保身のために、無許可でのアンドロイド製造について隠蔽を試みる可能性もあります。90%の確率で、彼女は政府により解体処分されるでしょう」

 感情がこもらないαの声は「明日の天気は雨でしょう」とでも言うのと同じくらい淡々と、八宮の運命について予測する。そのことに、なぜだろうか、意外にも私は少しショックを受けた。

 八宮なんか、私にとってどうだって良い相手のはずだ。友達でも、同じクラスメイトですら無い、隣のクラスの同級生の一人だ。知り合ったのだって、高等部にあいつが入学してからだからたった3ヶ月程度。初等部から9年一緒の七瀬とは雲泥の差だ。八宮はアホだし、いつも偉そうだし、声も態度もデカくてウルサいし、派手だし、口調も古風なお嬢様ちっくで変なヤツだし、思い込んだら即行動に移すくらい単純だし、私に何度も「友達になろう」と言ってきてしつこいし、何度断っても諦めないし……―――


 八宮について、印象的な出来事がある。

 あいつが七瀬や私につきまとうようになるより前、高等部の入学式の時だ。八宮は派手な金髪縦ロールで周囲から浮いていたため講堂で彼女の両隣の席が空いていた。本人はそれを意に介さず堂々としていたが。

 そんな中、ああいう大人数が一カ所に集まって長時間過ごす儀式で大抵一人は気分を悪くするヤツがいるものだが、その一人が八宮の隣の、その隣の女子だった。しかもその子はフラつきながら盛大に吐いてしまった。

 蜘蛛の子を散らすように周囲がその子から慌てて距離を取る中、八宮はゲロがかかるのも気にせず真っ直ぐフラつく女子に駆け寄って助け起こした。そして周囲にテキパキと指示を出しつつ、自身はゲロまみれになりながらその子に肩を貸して、保健室へと連れて行った。

 それをきっかけにしてか、あいつは入学後すぐに同級生達と打ち解けていった。

 クラスが違うから普段の八宮の行動は詳しく知らないが、きっと入学式の時以外でも八宮は、困ってる相手がいたら真っ先に駆けつけて助けるヤツなのだ。だからこそ、派手な外見と変な言動をしていても、八宮の周囲には人が絶えない。

 αに肩車されながら見える八宮は、今も何かを叫んで暴れているが、特殊警官は足を止めず、淡々と八宮を輸送車へと連行していく。八宮が完全に輸送車へ詰め込まれるまで、あとほんの僅かな時間だろう。もしそうなったら、店を包囲する規制も解かれ、今日中にソフトを買えるかもしれない。それに、もし今、αが見つかったら、命の恩人である彼女まで特殊警察に連行されて廃棄処分されてしまうかもしれない。

 ……けれど、誰かが困っている時に真っ直ぐ助けに行くヤツが困っている時に、誰からも助けられないなんて、そんなのはマジでクソだ。優しいヤツ良いヤツ真っ直ぐなヤツが損するなんて一般論は、大っ嫌いだ。

「…………八宮を、助けたい。何か方法はないかな?α……」

「はい、マスター」

 αは肩車を解き、私を道路に下ろす。

「命令を復唱。”八宮 清世華の奪還”。承知いたしました。実行いたします」

 そう言うと、αの姿が私の横から消えた。正確に言うと、目にも止まらぬすごい勢いでジャンプし、人垣を飛び越え警官達の前に躍り出た。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。しかし、野次馬達から、キャーやらワーやら、悲鳴が上がり、ハッとする。逃げていく人波をかき分けて前に進むと、αが特殊警官と対峙しているのが見えた。「人間」らしい方の警官二名がスピーカーで、周りにいる人々に避難を呼びかけている。スマホを構えて録画体勢で待機している猛者もいたが、見物人の多くは慌てて離れていった。

 私も目立たぬようその人波に乗って、近くの建物の影に身を隠しつつ、αの様子を見る。

 バカバカ!あのポンコツアンドロイド!私はそう真っ向からお国の機関に対抗しろなんて言ってないだろ!αと私の知恵を絞って隠密かつ穏便に、こっそり八宮を取り返して助けられたらそれで良かったのに!

 αにどんな考えがあるのか分からない今、αからの合図があれば私もいつでも飛び出していけるよう、近場から離れないで成り行きを見守る。

 αは、何やら特殊警官達に武器を突きつけられながらまっすぐ立っている。αを知らない者から見たら謎めいていて異様な恐怖を感じる姿かもしれないが、私から見たらいつものαのただの棒立ちだ。

 何をするつもりだあいつは…!私はゴクリとつばを飲んだ。αの口がゆっくりと開く。

「八宮清世華の身柄をこちらへ引き渡してください」

 ノープランかーーーーーい!まさかの、そのままド直球でのお願いだ。「取引」ですらない、シンプルな「お願い♡」じゃないか。

「その要求を却下する。お前もアンドロイドだな、国への登録番号を述べよ。未登録であれば、このまま連行する」

 まあそりゃ(ノープランで出て行ってお願いしたら)そう(却下される上に野良ロイドがバレる)だよ。武器を構えて近寄ってくる特殊警官を前に、αは無表情でたたずんでいる。アホか、そんなところでぼーっとしてないではやく逃げてこい!

「”交渉”不成立。命令遂行における障害を排除します」

 αが右手を前に突き出す。警官達の間に緊張が走る。人間らしい方の警官が慌てて何か指示を出した。特殊警官達のヘルメットのゴーグル部が赤く光る。

 オイオイオイまずいって!戦闘用アンドロイドに武力行使されたら、αみたいなポンコツはひとたまりもないだろう。しかも左腕がもげた、一部故障状態だ。

「α……ッ!」

 叫んで駆け出そうとした瞬間、α達のいた地点から銃撃音と爆風が流れ、吹きつけてくる強い風に足が止まる。砂煙がもうもうと辺り一面に立ち上り視界が遮られる中、時折強い光と銃撃音、金属が何かに叩きつけられるような激しい音が響く。しばらくして光と音が止み、一瞬の静寂が訪れた。砂煙を避けるために顔を覆っていた腕をはずし、目をこらす。

(オイオイオイオイオイ……こりゃ……!)

 まだ薄く立ち上る砂塵の中、αが立っていた。αだけが、立っていた。

 右腕に八宮を抱えて、左足の下にサッカーボールのように、ヘルメットをつけたままの特殊警官の頭部を置いて。その頭部は胴体とくっついていなかった。αの足下に、おそらくその頭部と元はセットであっただろう胴体や、破壊され、バラバラにされた特殊警官達の変わり果てた姿が散らばっていた。

 特殊警官達もアンドロイドとはいえ、ちょっとした地獄絵図だ。そしてその地獄に君臨する鬼がα。人間の方の警官二人は、地面に伏せて震えている。パッと見たところ、そっちの二人はどうやら無傷のようでホッと胸をなで下ろす。αが「鬼」から、「とんでもない大悪党」にまでならずに済んで良かった。

 ~何と言うことでしょう。αはとんでもない高性能戦闘マシンだったようです。~

 頭の中で、建物リフォーム番組のBGMと共にナレーションが流れる。

 そして、「八宮を助ける」という命令のために排除すべき「障害」が全て沈黙したことを確認したαは、呆然として口が半開きになっている八宮を小脇に抱えたまま一瞬で姿を眩ませた。砂煙の中にαの残像が揺れ、瞬く間に消える。

 あとには、ズタズタに壊され散らかされた特殊警官達のなれの果てと、震える警官二人、再び騒然とする群衆、そして唖然として立ち尽くす私が残された。

 ――― そうか。

 押し寄せる人波のざわめきとサイレンの音に包まれながら、ハタと気づく。

 ――― αは失敗が”出来る”のだ。

 自分にとってαがファーストアンドロイドだったから気付きもしなかったが、もしかしたら通常のアンドロイドは、うっかりもしないし失敗もしない。と、言うか”出来ない”のではないだろうか。きっと彼らはプログラム通りに規則正しく正確に動くだけだ。

 αは表情筋こそ死んでいたものの、挙動は「ポンコツ」だった。つまり、桁違いに「人間らしい」のだ。

 そして、国家保有の戦闘アンドロイドを文字通り片手でひねり潰す戦闘力。右手だけでアレなら、もし左手も使えていたらどうなってたんだ。

 ついさっき目の当たりにしたαのバカみたいな強さをもってしたら、あのド直球の「お願い」も、実は「こっちの戦闘力は50万だ、戦ったら確実にお前達の負けだが戦うのか?」みたいな「交渉」に該当していたのかもしれない。でもまあ、それをするなら前もって自分の強さを相手にアピールしなきゃ意味が無いし、どっちにしろそれを「交渉」と捉えるαは脳筋だ。

 もしかしなくても、αは本当は、非常にハイスペックなのかもしれない。と、言うか、戦闘用だったとは……。眉間に寄った皺を押さえる。どうしたものだろう、一般家庭のクローゼットに入れておいて良いものなのだろうか。αがうっかり誤作動でも起こしたら、家が吹っ飛ぶのでは?そしてαはどこ行ったんだ?八宮まで抱えたままで。

 

 その後私は、αが起こした事件で大騒ぎとなり、人でごった返す池袋をひととおり歩き回ってαを探したが見つからず、へとへとに疲れ切って帰宅した。

 ぐったりしながら二階へと続く階段を登っていたら、空のはずの自分の部屋から何やら話し声がする。まさかと思って階段を駆け上がり部屋の扉を勢いよく開けると、そのまさかだった。安心と、どっとあふれ出た疲労が膝に来てヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

「お帰りなさいませ、マスター。”八宮 清世華の奪還”。完了いたしました」

「ちょっと!電木羊子!貴女一体何なんですの!?一般庶民の貴女がこんな戦闘用アンドロイドを保有しているなんて聞いていませんわ!それにこの女、この私を池袋からここまで徒歩で歩かせたのですわよ!?文句を言ったら銃口突きつけてくるし、私とっても怖かったんですの!聞いてますの電木羊子!?」

 「持ってきた」が出来た犬がボールを見せびらかすかのごとく、八宮を隣に座らせ誇らしげに目を輝かせるαと、戦闘用アンドロイドをぼろくそにした隣の黒髪の女に怯えて半ベソでキャンキャンと吠える八宮。

 そうだな、偉いぞα。とりあえず手段はどうあれ八宮の持って来いはできたもんな。グッドガールだ。

 そして八宮。分かる、分かるぞその恐怖。怖い奴らに連れてかれそうになったら、さらに怖いヤツが出てきてソイツにさらわれたんだもんな。しかも八宮とαは初対面だし、八宮から私は見えなかっただろうから、マジでαのこと怖かっただろうな。アンドロイド絶対殺すマンアンドロイド(?)だと思うよな。 分かる。分かるぞ二人とも。分かるけれど、私の疲労も分かって欲しい。

 お前達を探し回って日が暮れるまで池袋を練り歩き、夜の帰宅ラッシュでごった返す電車に乗って帰ってきたのだ。

 頼むから両側から二人同時に話すのは止めてくれ。二人の声が立体音響のようにダブって聞こえはじめたとき、とうとう疲労が限界まで到達したことを感じた。

 そのあと自分が何をどうしたのか記憶が無いが、気がつくと朝、キャミソールとパンツ一丁でベッドの中で目が覚めた。昨日来ていた服はベッドの周りに脱ぎ散らかされていた。とりあえず服は脱いだがパジャマに着替える余裕は無かったらしい。 

 そして窓から朝の日差しが差し込む中、開け放たれたクローゼットの中でαと清世華が寝ていた。αはいつもどおりの場所でいつもの正座姿で目を閉じているが、八宮はαから出来る限り距離を取った上で、私の服をクッション代わりに丸めてその上で身を丸めて横になっている。金髪はところどころ泥まみれだし制服もヨレヨレで、いつもの不遜な態度とのギャップが何だか不憫だ。

 今日は土曜日、明日は日曜日。学校は休み。時計を見ると、朝の5時過ぎを指している。日の出と共に目を覚ますなんて随分と久しぶりだ。時間はたっぷりある、八宮をとりあえず助けたもののこれからどうしたものか、その傾向と対策を考える時間も。


 こうしてもう一体、我が家のクローゼットに違法未登録アンドロイドの居候(仮)が増えた。

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