第6話 貴女のすなるゲエムというものを、私もしてみむとて
4月も月末に近づくと、どんどんと暖かさを増してくる。今日のような晴れた日の昼頃なんかはちょっとした初夏のようだ。その分、朝晩の冷えが身にしみるのでカーディガンは必携なのだが。
四限終了の鐘が鳴る。昼休みが始まりざわめく教室内、七瀬がお弁当を持ってまっすぐにこちらにやってきた。
「羊子ちゃん、今日も授業中ずーっと起きてた。ここ2週間と1日ずっとそう。変だよ、やっぱり何かあった……?」
出たよ七瀬名探偵。開口一番、ここのところ継続しているらしい心配事を口にする。
七瀬の席は、教室の後ろの方だ。私は眼鏡をしているものの視力が悪く背も低いからという理由で、前の方の席に座らされている。そんな前の方の席で、今まではめっちゃ寝てた訳だが。七瀬も、どんだけ授業中私のこと見てるんだ。授業に集中しろよ。私も人のこと言えた義理では無いのだけれど。
この前図書館に行った日から、授業中は授業を聞かずに図書館で借りたアンドロイド関連の本を読んでいる。
今までアンドロイドに何の興味も無かったので関連知識ゼロだしそれらの資料に触れたこともなかった。しかし、何か、αに関する情報を、ほんのささやかな手がかりでも見つけられたらと思って図書館にあるアンドロイド関連の資料をめくった途端、ドッと知識が流れるように自分の中に入ってきた。カラカラにかわいた土地に雨が降ったときのように、知識がするすると吸収されていくのを感じる。 中高生向けの資料は数日で読み終わり、今は図書館内にあった、大学生~大人向けのアンドロイド工学の本をかき集めて授業中も帰宅してからも読みあさっている。幸運にも、武蔵女は(株)HACHIMIYAが創設者の学校なだけあって、図書館の蔵書にアンドロイド技術・工学系の資料は潤沢だった。JKは中々読まんだろってラインナップの本が、埃を積もらせながらもきちんと棚に並べられていた。
私の成績は地を這うような低空飛行だし、外見は普通でも頭の中身はかなり可愛い方だと自負している。数学も生物も理科も、テストで破滅的な点数をたたき出したことがある。文系科目に至ってはもってのほかだ。
それなのに、アンドロイド工学に関しては、何故だか分からないが「分かる」のだ。自分でも戸惑うし、アンドロイド関連の本を読み始めた当初は混乱してゲロ吐きそうになるくらいだった。寝ている間も変な夢を見た。おそらく、急激な負荷をかけられたマイ脳みそちゃんが一生懸命知識の整理をしていたのだろう。
夢には、αが出てきた。まあコイツのためにアンドロイド工学の本を読みあさってるんだから当然と言えば当然だ。それから、なんと七瀬も登場した。七瀬大好きか私。妙な点は、その七瀬が車椅子に乗っていたことだ。現実世界で今まで、車椅子に乗る七瀬なんて見たことがない。さらに、なぜか夢の中の私は分かっていた、車椅子の七瀬は怪我をしているわけでは無く「元からそう」なのだと。そしてαは七瀬の車椅子を引き、私達は談笑しながらどこか知らない庭を木漏れ日の中歩いていた。
謎の夢だった。夢なんて大体支離滅裂だから、そんなものかもしれない。しかし、その夢は何故か数日経った今でもわりとはっきり覚えている。
「何でもないってば。七瀬」
不安げな顔をしている七瀬に笑いかける。七瀬の眉毛が下がり、八の字になっている。美少女はどんな顔をしていても美少女だ、七瀬元来の透明感に儚さが加わって、これはこれで趣深い。でも、やっぱり私は七瀬のこういう顔は苦手だ。七瀬は笑顔の時が一番かわいい。
「羊子ちゃん、この前の一週間は授業中ぼーっとしてたけど、今は何か教科書の下に隠して夢中になって読んでる……?何読んでるの?」
尋問か。七瀬の追及の手が止まらない。七瀬は察しが良い。細やかな気配りが出来る世話焼きタイプなため、主に私の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれている(赤点常連の私が及第点ギリギリを維持して何とか進級出来ているのも七瀬の努力の結果だ)のだがこういうときは厄介だ。なおかつ9年来の付き合いで、私のことを私以上に把握している。中々誤魔化されてくれない。
「最近出たゲームに予想以上にハマっちゃってさ、そのゲーム情報が載ってる雑誌を調べて買い集めてるんだ。今読んでるのはそういうの。あ、お昼購買で買ってくるからちょっと待ってて」
「ふぅん……。購買、一緒に行く」
まだいぶかしげな顔をしている七瀬と一緒に教室を出て、購買へ向かう。
ごめんな七瀬。心の中でそっと、隣を歩く勘の良い完璧超人美少女の幼なじみに謝罪する。七瀬を巻き込みたくないんだ、本当のことを黙っててごめん。心配かけてごめん。きっとすぐ解決するはずだから、そんなに心配しなくても大丈夫だ。こういう状況だと厄介だけど、勘の良い美少女、私は好きだぞ七瀬。
「それで、そのゲーム、何てタイトルなの?そんなに面白いなら私もプレイしてみようかな」
おっと、七瀬警部の追及の手はまだ止まっていなかったようだ。マズいな。私は普段、他人に気を遣うことなく歯に衣着せずズケズケ物を言っているせいで、ウソが下手だ。真実を「黙っている」だけならまだしも、ウソのゲームのディティールを詳しく語り出すとボロが出てきそうだ。七瀬に「異議あり!」と逆転されたり、「それは違うよ!」と論破されたらひとたまりもない。
「あ~、うん、まあ……、でも七瀬はあんま好きじゃないジャンルだと思うぞ?あっ、それよりさ!」
とにかく話を変える。我ながら話題転換の仕方が中々に不自然で苦しい。七瀬の眉毛も、不安げな八の字から、不審げな逆八の字になってきている。何だか段々、妻に隠れてキャバクラに通っているのを感づかれて詰められている旦那みたいな様相を呈してきたな。
「この前の日曜に池袋の中古ゲームショップに行ったら、ずっと気になってたソフトを見つけてさ!旧機体のソフトで、その製作会社も潰れちゃってるから中々ネットで探しても流通してないタイトルなんだよな。当時は時代を先取りしすぎててあんまり売れなかったみたいなんだけど、今でもかなり評価が高くてさ。人気があるソフトなんだよ。でも、やっぱプレミア価格になっててさ、ガラスのショーウィンドウに入っちゃってんだよ。それがとんでもない値段でさ、最新のゲーム機本体が買えた上でおつりが出そうなくらいで……」
これは本当のことだ。七瀬のジト目がチクチクと刺さって痛いが、その日の昼休み、私は池袋で見つけたそのゲームソフトのことを熱弁し続けた。ひとまずは七瀬の執拗な追求を逃れることは出来たが、熱弁を振るった場所が良くなかった。購買で惣菜パンを買った私とお弁当を持参している七瀬は、食堂に場所を移してそこで昼食をとっていた。そして食堂には運悪く、あの小うるさい自称ボッチお嬢様がクラスメイト達とランチをしながら、私の話に聞き耳を立てていたのだ。
昼休み終了10分前、クラス委員長でもある七瀬が5限の準備の手伝いのため先生に呼び出され職員室へ向かったその隙に、ソイツはやってきた。
「聞きましたわよッッッ!電木羊子ッ!」
教室の外の、廊下にある自分のロッカーから5限の教科書類を取り出している最中に、横からバカでかい声をかけられる。七瀬が居なくなった瞬間すぐに声をかけてきたところから察するに、隣のクラスの窓からずっとこちらの様子を伺って声をかけるタイミングを見計らっていたのだろう。暇か。隠れながらソワソワ登場のチャンスを待ち構えている金髪縦ロールを想像すると気が抜ける。
「何だよ八宮。そろそろ昼休み終わるぞ、私は忙しい」
私が忙しいってことは、こいつだって忙しいはずだ。何せ条件は同じなのだ、授業開始まであと数分をきっている。何故こいつは余裕をかましていられるんだ。のんきに私にちょっかいかけてきてる場合か。この数分で伝えられる文章量は限られている。いつもの長文演説をしようとすると字余りになるだろう。「貴女、池袋のゲームショップにお目当ての商品があるんですってね?」
思わず、ロッカー内の教科書を探す手が数秒止まってしまった。
これはマズい。嫌な予感がする。
「ない」
「いーえ、この耳でハッキリと聞きましたわ!店名と商品名、価格までしっかり記憶しておりますわよ!」
八宮は左手を腰に、右手の手の甲を口元にあててホーホホホ……!と勝ち誇ったように高笑いをする。今時ギャグ漫画でも中々お目にかかれないような、古風で由緒正しき「悪役の笑い方」のテンプレートそのものだ。しかし、今気にするべきはそこではない。
「その「ゲームソフト」、私が買わせて頂きますわ!貴女がコツコツとしょっぱいお小遣いをためている間に!私ならすぐに買えてしまうささやかな金額ですもの!」
「はああ!?お前あのゲームに興味ないだろ!?」
「ふん!つい先ほどから俄然興味が湧いてきましたわ!中々手に入らない商品なのでしょう?手に入れた暁には、貴女が「どうしても清世華様の友達にしてください」と這いつくばって頭を下げるんでしたら、ちょっとくらい貸して差し上げてもよくってよ?」
「そっ……そんなことのために……!」
「せいぜい、私に友情を乞うための土下座の練習でもしていたらよろしくってよ、電木羊子!」
高笑いをしながら、こちらに背を向けコツコツと足音を鳴らしながらゆっくりと優雅に去って行く八宮。その姿は上品かつ高貴、そして冷酷な、悪役令嬢そのものだ。が、予鈴が鳴った瞬間、八宮の姿は隣の教室に流れるようにスッと吸い込まれていった。変なとこ真面目だ、学園創設者の子孫で大金持ちなのだから、ちょっとした規則ぐらいどうにでもできそうなものだが。
私も急いで教室に戻り、席につく。それにしても困ったことになった。面倒なヤツに話を聞かれてしまったものだ。
正直、あのソフトは欲しい。喉からも鼻からも尻からも手が出るほど欲しい。今まで買うことを躊躇していたのは、その値段の高さと、高額さゆえにしばらく買い手がつかないだろうという心の余裕だった。そして今、買おうとしているのはあの八宮だ。百歩譲って、あのソフトの価値を分かっている同族のゲーマーの手に渡るならまだマシだ。いや、実際それですら許しがたいのに、八宮に至ってはソフトの価値など一ミクロンも分かっちゃいないだろう。そんなヤツが、さして欲しくも無いのに財力にまかせてあのソフトを簡単にかっさらっていくのが非常に許しがたい。資本主義の世の中、金さえあればあの中古ゲームショップも普通に八宮にソフトを売るだろう。マネーイズパワー。
そして八宮はあのソフトを「私の気を引くため」という実にしょーもない理由で買おうとしている。アホか。たとえ八宮がソフトを手に入れようとも、それを理由に「八宮の友達になりたい」とは思わない。絶対に、これっぽっちも、断固として、だ。
八宮にそう伝えに行ってもいいのだが、あの猪突猛進アホアホパツキン娘は「ソフトを入手すれば私が友達になりたがる」という思い込みを捨てないだろう。むしろ「あら、そんな嘘をついてまで、私が商品を購入するのを止めたいんですの?ホホホ!必ず手に入れて見せますわよ!」って感じで、火に油を注ぐ結果になるのが目に見えている。
本鈴が鳴ると共に、先生と、教材の箱を抱えた七瀬が教室に入ってきた。席で頭を抱えている私を見て、七瀬が不思議そうにことりと首をかしげた。
5限の間、私はずっと脳内でいくつかのシュミレーションを繰り返していた。授業中起きてはいたが、当然授業内容を聞いているわけではなかった。
あのソフトを買えるだけの貯金はある。引き出しに保管していたお年玉をかき集め、すこしずつ貯めていたお小遣いをまとめて全ぶっぱすれば買える。しかしほぼ全額を使い果たすことになるだろう。そうなるとスッカラカンだ。しばらく謹慎状態。何も買えない。来月発売予定の新作ソフトも買えなくなる。と、言うかあのソフトを買う金で、新作ゲームが何本買える?10本……下手したら20本は買えるんじゃないか?てか、新しいゲーム機本体だって買えちゃうんだよなあ。まあそれも抽選になるかもしれないけど。それに、αの機材だって買ってやりたい。段々アンドロイド工学の基礎的な知識が身についてきたから、工具と機材さえあれば左腕の応急処置的な修理も出来るはずだ。
あのバカみたいに高い中古ソフトを買わない理由はこんなにも沢山あって、全部理にかなっている。50分間、私は悩み、どうにかあのソフトをあきらめるための方法と自分を納得させる理由を模索し続けた。
授業終了のチャイムが鳴り、ざわめきはじめる教室内。私は授業が始まった時と同じ姿勢のまま、思った。
無理だ。あきらめるなんてできない。
どうしても、あのソフトを手に入れたい。八宮よりも早く。
こんなチャンス、滅多に無いのだ。
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