第5話 学友さん。私は、貴族です。
「ハイハイ、ゴキゲンヨー。八宮」
振り返ると、外見も言葉遣いと同様少々古めかしい香りが漂う同級生が、腕を組んで仁王立ちでふんぞり返っていた。
相変わらず、一昔前の少女漫画にでも出てきそうなコテコテの「おぜうさま」ルック。長い金髪を名古屋巻き、というか縦ロールに巻き、まつげはつけまつげでもつけてんのかってくらいバサバサと長く、フランス人形のように目は緑である。そしてそれが痛々しくなく、妙に堂々とした雰囲気も相まって、彼女のスタイルとして確立している。つまり、美少女であることは疑いようがない事実なのだ。
しかし、八宮にはなんとも言えないバタ臭さと庶民臭が漂う。こんなにも、ある種古風なお嬢様然としているにも関わらず、だ。
その理由は、八宮のスタイルと、その言動によるところが大きい。
七瀬は透明感のある清楚な美少女、αは凜とした雰囲気の美女。八宮も造形が整っていることに変わりはないのだが、彼女を擬音で表すと「バインバイン」の「ボインボイン」だ。とにかく胸も尻もすごい。はちきれんばかりである。日本人離れした、ギャグ漫画ばりのスタイルの良さだ。
人によって好みがあるとは思う。好みがあるとは思うがデカけりゃ良いってもんでもないだろうと私は思う。ちなみに私は16歳としては平均的なサイズだ。そして七瀬は、真っ平らだ。何がとは言わないが。しかしそこもまた、七瀬の神性を高めている。
「今日こそ、イエスと言わせて見せますわ電木羊子!私の友達に、してさしあげてもよくってよ!」
ホーホホホホ…!と高笑いしながら、こちらに向けて威風堂々と指を指してくる。少年よ大志を抱け的なポージング。だが、人を指さしちゃいかんだろ。八宮に背を向けて教室に戻る私の後ろを、この擬似クラーク博士は優雅についてくる。
そして言動。八宮は妙に古風で時代がかった言い回しを常用している。八宮を見ていると大正時代の女学校にでも居るような気分になるが、そんなことはない。令和の武蔵野の女子校である。そして八宮は言っている内容自体もかなり奇抜でエキセントリックだ。
まあ、実際、このヘンテコな同級生は正真正銘のお嬢様ではあるようだ。この私立武蔵野田無学院女子高等部の創設者である、旧・八宮財閥のご令嬢だ。
八宮財閥とは、電気と製造業で財を成し、今も西東京一の財力を誇る企業「株式会社HACHIMIYA」の前身となった、由緒正しく歴史ある一族だ。創業者である八宮清十郎は晩年、近代日本の男子、女子教育にも貢献し、我らが私立武蔵野田無学院を設立した。
(株)HACHIMIYAは、一昔前には国産アンドロイドの開発に力を注いでいたらしいが、その全てはエレクトロパニックにより国内にアンドロイド所有法が施行され頓挫したという。
当然、武蔵女内でも「八宮 清世華」と言えば有名人である。色んな意味で。
八宮は中学生まで海外で生活していたそうで、高等部から武蔵女に編入してきた。いわゆる帰国子女である。
海外生活が長かったからか生粋のお嬢様であるせいか、一風変わっていて一挙一動が何か偉そうではあるが、裏表がなくカラッとしているし、美少女なのにどことなく香るバタ臭さや庶民臭さが親しみやすく、校内で割と人気がある。
学年もクラスも問わず色んなヤツが八宮に気軽に話しかけるし、八宮もそれに変な壁を作ったりせずハキハキと受け答えしているところには、好感が持てないこともない。
しかし、八宮には友達がいない。校内では名の知れた人気者だし誰かと話しているところはしょっちゅう見かけるが、本人的には「誰も友達ではない」そうだ。八宮いわく「友達がいないんじゃありませんの。選んでいますのよ!『名誉ある孤立』というものですわ!この優秀で美しい私に見合う相手じゃないと、友達などと呼べませんわね!」らしい。 そしてその八宮のお眼鏡に唯一かなった相手というのが、七瀬のようだった。
実際、八宮は運動も勉強も出来、見た目だって、妙にムチムチしているが悪くない。華やかで派手めの美少女だ。しかし、それら全てにおいて「七瀬の次に」という接頭句がつく。
八宮が悪いわけではない。七瀬がスーパーミラクル完璧超人なのだ。八宮は、運動も勉強も美少女っぷりも、武蔵女内では七瀬の次の「二番目の女」になってしまう。
そんな七瀬を「友人も自分にふさわしい相手を」と公言してはばからない八宮が選ぶのは当然と言えば当然かもしれない。が、七瀬がそれを拒んだのである。なんと、私を理由にして。
「羊子ちゃん以外の友達はいらないし、羊子ちゃんと一緒に居られる時間が減るのは嫌だから……」と、七瀬は控えめな笑顔でふわふわと私に話したが、私は真実を知っている。八宮の声がバカデカいから、以前、教室の外で七瀬と八宮が話していた内容はなんとなく聞こえていたし、大体予想がついた。八宮は胸だけじゃなくて声も態度も常識外れにデカい。
「七瀬に、私(羊子)はふさわしくない。友達は選ぶべき。あんな劣った相手を親友に選ぶなんて間違っている。自分なら七瀬と釣り合う友達になれる」といったようなことを声高に主張する八宮の声が聞こえ、相対する七瀬の声はほとんど聞こえなかったが、声色からいつもの優しい暖かさが抜け降りていた。例えるなら、息も凍る極寒の地の氷点下。今まで一度も聞いたことがないような、七瀬に声の温度にギョッとした。
教室をかけだして二人の間に割って入るべきか考えあぐねている内に、七瀬が八宮を置いて教室内に戻ってきた。戻ってきた七瀬はいつも通り穏やかで優しい笑顔を浮かべていたが、間違いない。あのとき、七瀬は静かにキレていた。
それ以降、八宮は七瀬に完全にシャットアウトされている。八宮が押そうが引こうが、まるで無関心。七瀬は八宮に対して、確固たる壁を作ってしまったようだった。
しかし、それでも八宮は諦めず、あの手この手で執拗に七瀬にアタックしていた。その間、八宮に好意的な相手は何人も現れたようだが、八宮は相変わらず来る者拒んで去る七瀬を追っていた。
当初、八宮は「七瀬の親友」ポジにいる私を勝手にライバル視していたが、あるタイミングで何か気づいたのか、「七瀬一本釣り」作戦から「将を射んと欲すればまず馬を射よ」作戦に切り替えたようだ。今は、私という馬に狙いを定めて、七瀬が一緒にいないタイミングを見計らい、「友達にしてやる」と猛アタックをかけてくる。七瀬が一緒の時は、八宮が私に近づこうとすると七瀬が怒りの闘気を身にまとうので近寄れないらしい。
「聞いていますの電木羊子!?この才色兼備な私の友達になれるなんて、能力も容姿も平々凡々な貴方には滅多にないチャンスですのよ!」
聞いている。聞いた上で、毎度同じ話を繰り返して飽きないヤツだなと思っている。聞き流していても、うるさいだけで特に害はないことが分かっているので、粛々と帰り支度を進める。今日は結構暖かいので帰り道にカーディガンは羽織らなくても大丈夫そうだ。たたんで鞄にしまう。
最初は、よくもまあこうも正面切って人を平凡だの何だのと小馬鹿にできたものだなという驚きと、腹立たしさを超えいっそ清々しささえ感じて新鮮だったが、最近は何だか慣れてきてしまった。夏になると蝉は鳴くし、鳩も首を前後に揺らさないと歩けないし、マグロも泳ぎ続けなければ死んでしまうのと同じように、八宮もギャンギャンと喚かないと生きられない生き物で、それは自然の摂理の一つのように思えてくる。
鞄に荷物を詰め終わり、机の中の忘れ物を確認する私の正面に回り込み、八宮がいつもの自己PRをはじめる。
「まあ、私は学問も運動も、七瀬天満にはほんの僅か至らないところがありますけれど、スタイルの良さ!これは七瀬天満より優れていますわ!」
八宮が、腕を腰に当ててムンと胸をはる。確かにすごいよ。ミサイルでも撃てそうな胸である。好みはひとそれぞれだし、世の中にはおっぱい教信者も多数いることだろう。だがしかし、私にとっては友達選びの基準に乳のサイズなど何の関係も無い。
「そして家柄!私はこの学園の創立者の家系ですのよ!ごく普通の一般人である貴方や七瀬天満より、ずっと由緒正しく歴史ある血筋ですわ!希少価値がありますの!」
鞄を持って椅子から立ち上がる。
家柄にも興味ないし、血がどうの希少性がどうのと言われても、血が主食の吸血鬼でもなけらば、ありがたみがいまいちピンと来ない。血統ランクの、ソシャゲでいうところのSSレアみたいなもんだろうか。別にこいつと交配して子孫をのこしてその血を自分のものにする予定もないし。そもそも雌同士で子孫を残す技術はいまのところ開発されていないし。何も無い。興味も何も。
教室の出口に向かって歩き出す私の前に、八宮が小走りで回り込んでくる。
「それにッ!私にはあなた方庶民よりずーーーーっと資産がありますのよ!好きな物は何でも手に入りますわ!私の友達になれば、その恩恵を貴方にもちょっとばかり恵んでさしあげてもよろしくてよ!」
正面の八宮をよけて、教室から出る。まあ、お金があるのはすごいよな。正直、お金はないよりあった方が良い。資金があれば、知恵は無くてもαの腕だって金の力でどうにか直してやれるかもしれない。とにかく、自分がお金持ちなら出来ることは格段に広がるだろう。
でも別に、お金があるから友達になりたいかと言われるとそうでもない。時給で「友達になるお仕事」みたいなビジネスが、あるかどうかは知らないが、特段そんなバイトをしなきゃいけないほどお金に困ってる訳でもない。それに、そんな自分の意にそぐわないことをしてまで得るものが多少のお金っていうのも、割に合わない。確実に自分の中の何かが減る。
後ろで八宮が地団駄を踏む音が聞こえる。お嬢様で頭も良いはずなのに、そういうとこ素直にアホっぽくてまあまあ好感は持てる。だからといって友達になりたい訳では無いが。 実際、八宮は「友達はいない」と言い張っているが、地団駄を踏んで悔しがる八宮に駆け寄ってなぐさめる女子が数人、視界の端にうつる。普通に八宮は、私や七瀬なんかより友達が多い。偉そうだが、「ちょっと鼻につく」程度の偉そうさでは無く、全力で威張り散らしている様子はもはや天晴れとしった感じだし、裏表の無いアホだから見ていて面白いのだろう。
後ろから、八宮の悔し紛れの捨て台詞が聞こえてくる。
「貴女は、あの七瀬天満に取り入って彼女の「親友」の地位に居座っているのでしょう!?貴女は何を目当てに七瀬天満の親友になったんですの!?私は、私と友人になるメリットをこんなにも提示しているのに満足できないなんて!電木羊子!なんて欲深い人!あさましいですわ!」
八宮がまだ何か喚きながら暴れているのを背中に感じながら、振り向かず廊下を歩き続ける。
七瀬と友達になったことに、目的なんか無い。メリットとかもどうでもいい。七瀬と一緒に居ると楽しいからという、ただそれだけの単純な理由しかない。気づいたら七瀬が側に居たし、いつの間にか友達だった。七瀬の能力の高さも顔の良さも、オマケのようなものだ。知り合うきっかけさえあれば、たとえ七瀬が「無能で小汚く地獄からの使者のような顔面崩壊生物」だったとしても仲良くなっていたに違いない。
そう考えていて、ふと校門へ向かう足が止まった。
たまには、図書館で調べ物するのもアリだよな。αの腕のくっつけ方も何か良い方法が見つかるかも分からんし。今日は天気も良くて暖かいから帰る時間が遅くなっても肌寒く無さそうだし。早く帰ってやりたい新作ゲームも今はないし。観ようと思ってマイリスに溜めてたプレイ動画も昨日見尽くしたところだし。
それに、図書館で調べ物してたら、生徒会が終わる時間くらいにはなってるかもしれないよな。
スマホを取り出して、七瀬にメッセージを送る。生徒会の活動が終わって、もしメッセージに気づいたら、七瀬は夕方の図書館へ来るだろう。きっと、いや、絶対に来る。
はにかんだ笑顔を浮かべながら、嬉しそうに息を弾ませて生徒会から急いで駆けてくるはずだ。
そしたら一緒に帰ろう。たまには田無から電車に乗らずに、ゆっくり歩いて帰るのもいい。運動にもなるし。私は運動不足だから途中でへばるかもしれないが、七瀬はニコニコしながら待っていてくれるだろう。
無性に七瀬の顔が見たくなった。
私はくるりと進行方向を変え、図書館へと靴の先を向け歩き出した。
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