第4話 クローゼットのあなた

 夕暮れに染まる、西東京市富士町某所の一戸建て。閑静な住宅街の中にある、その二階の一室が、私の部屋である。

「帰ったぞー、まだ居るか?α」

「はい、マスター」

 ガララ……、とクローゼットの開く音と共に声が聞こえた。その中から、居住まい正しく正座している黒髪の美女が現れる。

 野良の違法ロイドを故あって連れ帰り、自室に匿ってから早一週間。一向に出て行く気配が無い。

 私を助けるためにもげてしまった彼女の左腕は、とりあえずの応急処置として百均で買ってきた金属用アロンアルファとガムテープで、元の場所である肩にくっつけた。完全なる力業だが、ごく普通のJKである私にアンドロイドの直し方の知識があるだろうか。あってたまるかという感じですらある。

 当然、左腕がちゃんと修理された訳ではないので、動かない。ただ肩からぶら下がっているだけだ。しかし、一目見ただけで「アンドロイド」だとバレてしまう金属の断面は、肩と腕をくっつけるためにぐるぐる巻きにしているガムテープの上から服を着ることで、隠せる程度になった。これでひとまずは彼女が人間に擬態して街を出歩くことが可能なはずだ。

 だが、どうにもこの野良ロイドが出て行かない。一度「出て行っても良いんだぞ」と言ったら「それは命令ですか?」と来た。今までの流れからして「命令だ」と言えばきっとこいつは大人しく出て行くだろうと予想がついたが、それでは根本的な解決にならない。

 この野良ロイドは、私のことを彼女の「マスター」だと勘違いをしている。中途半端な修理をして家から追い出しても、私をマスターだと思い込んでいる彼女はまた私の周りをうろつくだけだろう。そしていずれアンドロイドだと誰かにバレて捕まり、処分される。そんなことになっては結局こいつを見殺しにするのと変わらないじゃないか。寝覚めが悪いにも程がある。

 途中で見殺しにするくらいなら、最初から手なんか出すなと言う話である。助けようと思って連れて帰ってしまったからには、最後まで面倒を見るのが野良を拾ったものの務めだと私は思っている。その最後というのが「助ける」であるにしろ「処分」であるにしろ。だがしかし、出来ることなら助けたい。

 この野良ロイドの本当の「マスター」を見つけて引き渡す。それが私と、この野良ロイドが目指すべきゴールだ。

 私の方でもこいつの本当の飼い主を探してやった方が良いと思ったし、いつまでも「オイ」とか「お前」とか、熟年夫婦のような呼び方をするのも不便だったので、拾ってから三日経った日、野良ロイドに名前を聞いた。

「型番ということでしょうか?」

「違う、お前固有の名前を聞いてるんだってば」

「型番に含まれる製造シリアルナンバーは一体ずつ違うものになっております」

 まっすぐにこちらを見つめる凜々しいまなざし。私の言っていることが通じているようで微妙に通じていない。

「シリアルナンバーじゃなくて、いや、シリアルナンバーも後で聞くけど、お前の言う『マスター』からは何て呼ばれてたんだ?」

「『お姉さん』、『オイ』、『お前』、『ちょっと』、『ねえ』……」

「ちょ……、そりゃ私じゃないか!?」

「マスターは貴方です。マスター。私の名称変更をご希望でしたら、どうぞお申し付けください」

「いや……、そうじゃなくて……」

 正直、名付けなんてしたくないし、するつもりもなかった。名前なんかつけてしまうと、情が湧く。私はこいつの本当の持ち主が見つかるまでの仮の預かり主なのだ。だからこそ、名前を聞いたのに。  

「…………シリアルナンバーは?」

「『S.F.S.N-t0001.L0708-α』です」

「んじゃ、『α』な」

「承知いたしました。名称変更『α』。登録いたしました」

 それ以後、私はこいつをαと呼び、αもそう呼ばれると答えるようになった。人目に触れないように、αは日中私が学校に行っている間、私の部屋のクローゼットに住まわせている。押し入れ的な空間はオーソドックスな、居候ロボの寝床のはずだ。国民的大スターの某猫型ロボットもそこで寝起きしていた。

 聞き出したシリアルナンバーなどでネット検索をし、αの持ち主を調べているが一向にめぼしい情報は出てこない。

 「行方不明(スペース)アンドロイド」で調べると、エレクトロ博士の逃亡中アンドロイドのニュースばかりがHitして出てくる。いくらページを移動しようと、エレクトロ博士のニュースばかりだ。

 そのとんでもない記事の多さから、世間がどれだけエレクトロ博士のアンドロイドの件に注目しているかがよく分かる。そして、七瀬から聞くまで全くそのニュースを知らなかった自分の情報弱者っぷりと、知識の偏りを改めて突きつけられた気分だ。

 シリアルナンバーの方で調べても、『S.F.S.N』というシリーズ番号のアンドロイドの情報が一切出てこない。もしかしたら『S.F.S』というナンバリングシリーズは、大量生産され一般流通していたモデルではなく、どこかの誰かが個人で組み立て、もしくは流通品を改造して造ったものかもしれない。

 持ち主の捜索自体は難航していたものの、私は内心ホッとしていた。どうやら、αは「D.E.Nシリーズ」とは無関係そうだと分かったからだ。

 そもそも、αはちょっと抜けている。

 私からの「命令」を忠実に守ろうとしてはいるのだが、「姿を見せるな」と言われてもうっかり登場してしまったり、ターミ○ーターよろしく威厳を漂わせた立ち去り際にもずっこけたり。家に連れて帰ってきた当初も、背が高いために家の鴨居に頭をぶつけたり、ドアに足を挟んだりと散々だった。

 「アンドロイド」とは、もっと緻密で正確なものだと思っていたが、みんなこんな感じなのだろうか?α以外のアンドロイドを見たことがないので比較しようが無いのだが。

 制服を脱ぎ捨てて、部屋着のゆるい短パンとキャミソール一丁になった私は、脱ぎ捨てた制服を拾いハンガーに掛けつつαを眺める。αは、クローゼットから出ようと立ち上がった拍子にクローゼット上部にまた頭をぶつけていた。すまんね、身長180超で手足も長いモデル体型のアルファにとっては、ここは小人族の家みたいなものかもしれんね。

 それにしても転んだり頭をぶつけたり、仮にも超精密機器だろうにこんなに高い頻度で衝撃を加えても大丈夫なのだろうか。

 αが、私を見て首を傾げた。ハッと、自分が無意識に首を傾げていたことに気がついた。そうなのだ。こいつは最近、悩んだり考え事をしている時に首を傾げる私の真似をして、首を傾げる動作をするようになった。

 外見はエキゾチックな東洋系クール美女なのに、中身や動作が園児のようで気が抜けてしまう。

 本当の持ち主探しに野に放とうとも、こんな感じのポンコツ具合で生きていけるのだろうか。どこかで転んだりぶつかったりして、人知れずぶっ壊れてスクラップになっていそうで心配になってしまう。

 こいつとずっと一緒に居たいとかこいつを幸せにしてやりたいとかいう強い感情は無いが、不幸な状態になってしまうのを考えると忍びない。

「どっかで勝手に幸せになってくれりゃいいんだけどなあ」

「『幸せ』の定義がわかりません。しかしマスターの側でなければ私の存在意義はありません」

 ぽつりとこぼれた独り言をαが拾い上げて、答える。真っ直ぐに、見つめてくるαの視線に耐えられず目を逸らす。

 そうなんだよな。だから、早く本当の持ち主を見つけ出してやりたい。左腕を直す知識も無いような、仮の「マスター」じゃない、本当に大切にしてくれる相手を。


「羊子ちゃん、大丈夫……?」

 話し声と椅子が引かれる音、教室を出て行く足音などでざわめく教室。心配そうに覗き込んでくる七瀬に声をかけられてハッと意識が現実に戻ってくる。考え事をしている間に、6時間目もいつの間にか終わっていたようだ。「羊子ちゃん、ここしばらく授業中寝てないよね……?何か悩み事……?」

 授業中に寝落ちてないことで心配されるなんて何ともアレだが、さすが七瀬、9年来の友人なだけある。

「んー、まあ……。でも大したことじゃないから心配しなくても大丈夫だよ。ありがとな。てか、今日も放課後はアレだろ、生徒会。今回は遅刻すんなよなー。あんまり遅刻が多いと周りの心証悪くするぞ」

 尚心配そうにしている七瀬に無理矢理帰り支度をさせ、華奢な背を押して教室から送り出す。

 何度もこちらを振り返りながら生徒会へ向かう七瀬の背を、子供を幼稚園に送り出す母親のごとく見送る。毎度のことだが、七瀬は後ろ姿も可愛い。全方位隙がない。後ろ姿からですら美少女だと分かるっていうのは、顔だけじゃなくて身体全体のバランスが理想的に整っているからなんだろう。

 そんなことをつらつらと考えていたら、廊下の、後ろの方から声がかけられた。

「ごきげんよう、電木羊子!」

 この古めかしい挨拶と、人をフルネームで呼び捨てにしてくる相手は校内に一人しか居ない。

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