第2話 友あり9年来の親友、また楽しからずや

「……ちゃん。羊子ちゃんってば。もう、6限も終わったよ」

 ゆさゆさ、と控えめな力で優しく肩を揺すられる。

 どうやら私は爆睡していたらしい。古文の授業が始まって、最初の5分以降の記憶がない。

 昼食を食べ終わった後の満腹感と、春の日差しで良い感じに暖まった教室。そして特に当ててくることもなく淡々と進む授業と、抑揚の無い先生の声、チョークが一定のリズムで黒板を叩く音。全てが私を心地よい午睡に導いていった。

 ほぼ50分の睡眠を取った私は、とても気持ちよくスッキリした気分で目を覚ました。授業中ではなく、終わってからシャッキリするのはシャッキリの無駄遣いな気もするが仕方ない。私はいつも大体そうだ。だから成績も低空飛行を続けているのだろう。特にそれを嘆く気持ちもないけれど。

 一つ伸びをして視線を上げると、ふんわりとほほ笑む七瀬の顔。うん、寝起き一発目に見るものとして最高のものの一つ。七瀬はやっぱり顔が良い。さすがこの、私立武蔵野田無学院女子高等部においてナンバー1の美少女と言われているだけはある。

 肩の長さまでの色素の薄い亜麻色の髪、抜けるような白い肌、睫毛はバサバサと音が出そうなくらい長く、目はマジでデカい。びっくりするほど大きく黒目がちで、常にウルウルしている上に、朝の海の浅いところがキラキラ光っているみたいな、発光しているかのような水色の瞳。

 誰かの目を宝石に例えるなんて、客観的に見るとキザったらしい行為だとは自分でも感じるが、七瀬の瞳はアクアマリンみたいだと私はひそかに思っている。

 つまり、私の幼なじみで親友の七瀬天満は、すこぶる透明感のあるとんでもない美少女だ。

 ただ、本人的には美少女であることがコンプレックスのようで、前髪を長く伸ばし、出来るだけ顔を隠そうとしている。が、それでも分かってしまうほど、隠そうとしてもどうしようもなく周囲から際立ち目立ってしまう、超弩級の美少女である。

 附属小学校からの付き合いだから、かれこれ10年は一緒に過ごしてきたことになるけれど、いくら見ても見飽きることのない顔の良さ。「美人は10日で飽きる」なんて言うがアレはウソだ。ついでに七瀬は性格まで優しく控えめで、ワーキャーと五月蠅く騒いだりせず物静か、そして私のワガママも女神のように許容してくれるなど、中身までパーフェクト美少女なのだ。

 七瀬が何故顔の良さをコンプレックスにしているかというと、恐らく初等部(附属小学校の正式名称は私立武蔵野所沢学院初等部といい、男女共学だった。中等部から男女が別々になる)で、気の強い女子グループからいじめられていたからだろう。「可愛い」せいで男子達からもてはやされ、「可愛い」せいでいやがおうにも目立ってしまう七瀬は嫉妬の対象だったようだ。

 そして七瀬の美点である「大人しく控えめで優しい」性格も、悪い方向に働いた。いくらいじめても言い返してもこなければ反撃しても来ない、いじめっ子達にとって都合の良い恰好のターゲットにされてしまっていた。

 私はそのころから協調性に欠けており、友達もおらずボッチだった。しかし気が強くワガママで五月蠅く、可愛くもなんともなかったため、特に注目されることもいじめられることもなく野放しにされたボッチだった。まあ、そもそも他人への興味も薄く、別段友達が欲しいとも思っていなかったため一人行動を楽しんでいた。七瀬に対しても「綺麗だな」と思うだけでそれ以上の感情もそれ以下の感情もなかった。

 が、ある日、野放しにされていたボッチにもとうとう同調の強要が来た。例の、気の強い女子グループがクラスの女子全員を集め、「みんなで一緒に七瀬をいじめよう」と号令を出した。その「みんな」に私も入れというのである。教室の端で、七瀬が静かに泣いていた。

 七瀬を助けようと思ったわけではなかったが、私はその誘いを断った。ただただ面倒くさかったのだ。何より、誰かに命令されて動くのが大嫌いだった。自分のしたいことだけをしたい、というワガママな性格はその頃から私の中で確立されていた。

 それ以来、気づくと七瀬が側に居るようになった。七瀬は見た目も綺麗で性格も嫌みが無かったため、集団行動が苦手な私でも一緒に居ることが苦ではなかった。私の後をついて回るようになった七瀬は、いつのまにか私のたった一人の親友になっていた。

 中等部に上がり受験で入ってきた外部性がクラスの過半数を超えると、七瀬はいじめから崇拝の対象へと一転した。中等部からは女子校という特殊な環境もあって、見目麗しく、そしてそれを鼻に掛けたりしない謙虚な七瀬はアイドル的な存在の人気者となった。それとは逆に、初等部で七瀬をいじめていた女子達は中等部に上がって以降、どんどん影が薄くなっていった。あれだけ初等部で栄華を誇っていた気の強い女子達はおごれる平家ばりにカースト底辺まで落ちぶれて、高等部に入った今では見る影もない。完全な逆転現象が起きた。

 一方の私は、初等部から何も変わらないままだ。協調性がなく、気が強くてワガママで五月蠅い、七瀬しか友達の居ないボッチ。残念なことに、身長すら当時と大して変わっていない。

 七瀬はすっかり人気者になったのだから友達だって選びたい放題のはずなのに、今も学校でのほとんどの時間を私と過ごしている。どうやら他の級友達からの誘いを断りまくっているらしく、もったいないから他のヤツとも遊んで来たらどうだと提案したことがあるが「私は羊子ちゃんがいれば良いから」とやんわりと却下された。

「おはよ、七瀬」

「うん。おはよう羊子ちゃん」

 小首を傾げてほほ笑む姿も「ああ、女の子への夢と希望をこねくり回して煮詰めて固めたらこんな姿になるだろうな」ってくらい可憐だ。「THE・女の子」という感じ。そしてその動作に下心がなくて自然に出てくるものだから、変な嫌みも無い。

 声も優しく穏やかで、聞いていて心地良い。女子にしては少し低めのウィスパーボイスだ。七瀬の声からは、漫画で読んだことのあるf/1のゆらぎとやらが出ているに違いない、と思っている。とにかく七瀬は全部が可愛い。七瀬が可愛くて今日も良い日だ。

「羊子ちゃんごめんね、今日は生徒会の活動が遅くなりそうだから先に帰ってて欲しいんだ」

 七瀬はそう言って、申し訳なさそうに目を伏せた。

 我々が通っている私立武蔵野田無学院女子高等部はその名の通り、武蔵野台地のほぼ中央に位置する西東京市の、西武新宿線田無駅北口から駅前の某大型スーパーの脇をを通り抜けて徒歩15分ほどの場所にある。ちなみに男子の中・高等部は田無駅南口からバスで10分ほどのところで、女子部とは反対方面にある。 西東京は田無市と保谷市が合併して誕生した比較的新しい市であり、「西の東京」という名前だが地図上ではどちらかというと東京都の真ん中より東側に位置している。

 武蔵野田無学院の生徒の99%は西武線ユーザーだ。と、言うか西武線以外の電車は田無には通っていない。西武新宿線と西武池袋線が強風で遅延したりすると、生徒の大半が遅刻する。時間通りに到着する残りの1%は徒歩かチャリ通である。

 七瀬と私も例に漏れず西武線ユーザーであり、七瀬の最寄りは東伏見駅。私は西武柳沢と東伏見の中間地点くらいの、西武柳沢寄り。西武柳沢からなら田無は一駅隣なだけなので頑張れば徒歩でも行ける。チャリならもっと早いだろう。けれど私は運動は苦手だし疲れるのもイヤだし、朝はギリギリまで寝ていたい派なので電車で通学している。

 七瀬とは家が近いため普段から一緒に登下校している。そして今の春先、痴漢だの露出狂だのと変態の出没情報があちこちで報告されたので学校からも「一人での登下校はできる限り避けましょう」とお達しがでている。

 そんな事情もあり、なおかつ私の友達は七瀬だけということもあって、何がなくとも毎日待ち合わせて二人で登校、下校しているのだ。

 先週、妙な変態に運悪く遭遇してから一週間、七瀬と一緒に登下校しているためか、あれからあの変態にもどの変態にも一度も会っていない。

 しかし、七瀬は高等部一年ながらに生徒会役員だ。しかも上の学年からの推薦での役員入り。期待の星である。何を隠そう、七瀬は美少女なだけでなく成績も常にトップ、品行方正、運動神経抜群と、絵に描いたような完璧超人だ。

 唯一の欠点らしい欠点と言えば、私に対して異様に甘く、過保護なところくらいだろう。「甘い」を通りこして介護レベルで世話を焼こうとしてくれる。七瀬が側に居ると自分がどんどん何も出来ない駄目人間へと堕落していきそうな気がして、世話を焼くのを止めさせようとしたことがあるが、七瀬が寂しげな何とも言えない悲しい顔をしたため「なーんてな☆」と冗談めかしてお茶を濁してしまった。結局私は七瀬には弱い。

 しかしその欠点だって、私以外の人間にとっては何の害もない、小さすぎる欠点だ。七瀬の、欠点を補ってあまりある大きすぎる魅力の前では皆等しく無力だ。詰まるところ、七瀬は皆からひっぱりだこの多忙な人気者である。

 あの日、私が変態と会ってしまった日も、七瀬は放課後の生徒会活動の日だった。

「そっか、りょーかい。生徒会がんばれよ、七瀬」

「……でも、羊子ちゃんが心配だよ。私、やっぱり欠席の連絡を……」

「大丈夫だって七瀬!皆お前のこと待ってるだろうし、行ってやれよ生徒会」

「…………私は、生徒会なんかより羊子ちゃんの方が大事だよ……」

 不満そうに、白い頬をぷうと膨らませる七瀬。可愛い。そして、さっきからさりげなく私の髪をさわっている。

 流れるように七瀬の指が私の頭にくっついていた髪留めを2個ともはずし、手ぐしで髪を整えはじめる。

「おーい、七瀬?生徒会、遅刻するぞ?」

 後ろに立って黙々と髪をすいている七瀬の顔を覗き込むように、椅子に座ったまま頭をのけぞらせる。

 七瀬はまだ頬を膨らませたままだ。

「羊子ちゃん、机に突っ伏して寝てたでしょ。寝癖がついてるし、髪型、ちょっと崩れちゃってる」

「いいってそんなの。もう帰るだけだし」

「よくないよ、せっかく羊子ちゃん可愛いのに。勿体ないもの」

「へーへー」

 するすると、手慣れた様子で七瀬は私の髪を整えていく。ちなみに、私を「カワイイ」と形容する人間は七瀬一人だ。

 自慢じゃないし、本当に何の自慢にもならないが、私の外見は世間一般の「カワイイ」という容姿からは外れている。

 普通にしていても、ぼーっと見ているだけで相手が怯えることが多い、赤色のキツい釣り目に、生まれつきの白い髪はゴワゴワの剛毛だ。私のパッと見は、白い髪に赤い目の、いわゆるアルビノめいた色調だ。視力も低いから眼鏡をかけているし、それでもよりよく見ようとするとさらに目つきが悪くなる。そして色素の抜けた髪は、どれだけ七瀬が梳かしても、ピョンピョンと力強く飛び跳ねてくる。手入れも面倒だしまとめるのも大変で、短く切ってショートにしてしまおうと何度も思ったが、七瀬が毎回頑なに止めるから結構な長さに達している。そのままだと足にまとわりつきそうになるくらい長いので、頭の両脇で結い上げてツインテールにしている。

 毎朝、登校中に私のワガママヘアを手なづけて二つにまとめているのは七瀬で、七瀬がショート反対派なのは「私が羊子ちゃんにしてあげられることが減っちゃうから……」だそうだ。別に、七瀬が髪をまとめてくれるから友達でいる、という訳でも何でも無いのに。それでもやはり、髪を切ろうとすると七瀬が悲しい顔をするので、私は髪を伸ばし続けている。

 だから、髪型にこだわりはない。七瀬が毎朝ツインテにまとめるから任せているだけだ。 そしてそこそこ背が低い。145㎝ちょいである。通学中、満員電車で後ろのオッサンが私の頭を台の代わりにして新聞を読んでいたことがあってキレそうになった。

 つまり私の容姿を客観的に言い表すと『目つきの悪い白髪ツインテのチビ眼鏡』といった感じだ。自分で言うのも何だが、ハッキリ言ってちんちくりんの部類だろう。この奇抜な容姿も、私が周囲から敬遠されてボッチな理由だとは感じている。

 まあ、何だかんだ言っても、私は私の外見をそれほど嫌っているわけではない。かといって大好き!という訳でもないけれど。自分の姿なんて、自分で常に見られるものでもないし、どうでもいい。興味が無い。無である。 自分が見る対象が、例えば七瀬のような美少女だとそれなりに気分が良いとは思う。

 ふと教室の外を見ると、傾きかけた太陽の光に照らされた青空が広がっている。窓ガラスに写っているのはがらんどうの教室と、七瀬と私。5限終了後しばらく過ぎた教室に残っているのは二人だけになっていた。亜麻色の髪の美少女に熱心に髪を梳かされている、気の強そうな白髪のちんちくりんがこっちを見ている。

 先日の変態も、何故私なんぞをターゲットにしたのだろうか。もし私が変態だったら、私じゃなくて七瀬のような美少女を狙うだろう。それともアレか。武蔵女の制服は、今時にしては古風なセーラー服で一定層の熱い支持を得ているらしい。そんな制服を着ているJKであれば、誰でもよかったのかもしれないな。変態の考えることなんて常人の理解の範疇を超えているんだから、そもそも理解すること自体不可能かもしれない。

「七瀬、もう良いって。寝癖、十分直っただろ?ホントに遅刻しちゃうぞ、生徒会」

「ん……」

 七瀬が名残惜しげに私のヘアゴムを整える。特に飾りも何もついていない黒のヘアゴムに、そんな整える箇所があるか?ってくらいじっくり向きを調節している。

「……心配だよ……、羊子ちゃん……」

 ぽつりと七瀬が呟く。私は少しドキッとした。七瀬に、バレてはいないはずだ。

 先日、七瀬と一緒に下校しなかった日に変態に会ったことは、誰にも話していなかった。先生に報告すれば、他の生徒達への注意喚起のために変態の出没状況と具体的な対策を朝礼などで情報共有することになる。それは皆の為にもなるし、別に良いのだが、私が変態に遭遇したことを知ったら七瀬の過保護がヒートアップすることは目に見えている。

 今ですら私の寝癖を直すためだけに生徒会をボイコットしようとしている七瀬だ、変態に会ったことなど知られたら全てを投げ打って私のボディガードに徹しかねない。そんなことになれば、七瀬の関係各所に多大な迷惑がかかってしまう。だから私は、先日の変態のことを七瀬には絶対に秘密にしようと決めている。

「大丈夫だってば、七瀬!七瀬こそ、帰り道気をつけろよ。遅くなるなら生徒会の誰か家近いヤツと一緒に帰った方が良いぞ。最近痴漢だの露出狂だのと変態も多いみたいだし」

「えっと、”そっち”の心配だけじゃなくて……」

 七瀬の、宝石みたいなコバルトブルーの瞳が揺れる。

「最近、TVで逃亡アンドロイドのニュースばっかり流れてるでしょ。あの、エレクトロ博士が製作した残党っていう……。まだ捕まってないみたいだし、私、心配で……」

 初耳だった。

 私はTVを全く観ない。一応家にあるにはあるが、ゲーム用のモニターと化している。暇な時はもっぱらゲームをするか、ネットでゲームのプレイ動画を漁っている。

 私は興味がないものにはとことん興味が持てず、ニュースや流行などの時事的な事柄は七瀬から聞いて、周りから数テンポ遅れて初めて知るというパターンが常だ。

「ふーん、最近TVじゃそんなニュースがながれてのか。てか、『エレクトロ博士』って名前、すげー久しぶりに聞くな。10年以上前に死んじまったんじゃなかったっけ?」

「うん、亡くなってる。エレクトロ博士本人はね。でも、実は亡くなる前にアンドロイド8体を隠してたことが今になって分かったんだって。つい最近、全て廃棄処分になったはずのD.E.Nシリーズの起動信号が受信されたことで発覚したって……、でも居場所についてはまだ不明みたいで……」

 今回の件も、七瀬から聞いて初めて知った。しかし、七瀬がこんな不安そうな顔をするくらいだから、世間では大きな騒ぎになっているのだろう。


 『エレクトロ博士』


 その名前は、常識に疎い私でも知っている。全世界で知らない者はいないであろう、超・有名人だ。主に、悪い方向での、だが。20年ほど前、私たちが生まれるより前のことだが、アンドロイドを利用して世界を大混乱に陥れた犯罪者だ。

 天災が起きた際と同等か、それ以上に、ライフラインの停止、交通の混乱、人的被害など、未曾有の事態を世界中で巻き起こしたという。

 しかし、極悪人として恐れられると同時に、今なお一部に熱狂的なファンがいる人物だ。

 なぜなら、彼女は天才だったのだ。

 彼女は独自の人工知能を開発し、世界初の、人間と遜色ないアンドロイドを創り出した。

 エレクトロ博士はアンドロイド開発学の母とも呼ばれ、人類の発展に貢献した人物の一人でもあった。

 世界中にD.E.N(ドクターエレクトロナンバー)シリーズと呼ばれるアンドロイドが流通し、様々な方面で利用されていた。

 人々の生活がアンドロイドなしでは成り立たなくなった頃、突然、エレクトロ博士の『反逆』が始まった。

 博士は、自身の作ったアンドロイド達を使った大規模なデモを引き起こした。そのデモによる大混乱は後に『エレクトリカル・パニック』と呼ばれた。

 世界中が戦々恐々としていた中、突然始まった博士の『反逆』は、16年前突然終わりを迎えた。博士の『死』によって。

 エレクトロ博士の死因については、暗殺だの自殺だの、事故死だの様々な説があるが、はっきりとは分かっていない。当時のアメリカ政府が、エレクトロ博士の死亡状況についての資料を公開しなかったこと、また、政府によって保管されていたという博士の脳が、いつのまにか消失していたらしいことも、ますます彼女の死を陰謀めいたものにしていた。彼女が何を目的として反逆を起こしたのかすら、今でも憶測の域を出ておらず、謎に包まれている。

 エレクトリカル・パニック以来、世界的にD.E.Nシリーズは見つかり次第廃棄処分された。天才であり、狂人でもあるエレクトロ博士の残した製作品にどんな仕掛けが施されているか、第二のエレクトリカル・パニックを人々は恐れた。

 そんな中、新たなアンドロイドの製作・所有を禁じた国も多い。日本もそんな国の一つだ。

 銃刀法と共に、アンドロイド所有法という法律が作られ、国に届け出をし特別に許可された者以外が、アンドロイドを保有することは禁止されている。

 私達より一回り上の大人達にとっては、『アンドロイド』は身近な存在だったようだが、エレクトリカル・パニック後に生まれた私達にとっては『アンドロイド』と言われても現実味が薄い。D.E.Nシリーズの廃棄と、アンドロイド所有法が広く施行され、物心ついてから『アンドロイド』というものを実際に見たこともない。

 アメリカなど幾つかの国ではアンドロイドの危険性より有用性を重視され、D.E.Nシリーズは廃棄されたものの、今でも新しいアンドロイドの開発や、一般人によるアンドロイドの所有が許されているらしい。

「ってかさ、アメリカの話だろ?それ。8体残ってたっていうD.E.Nシリーズが発見された場所だって。行方不明っつってもわざわざ日本に来たりするか?アメリカからめちゃくちゃ遠いぞ?しかも何しに?観光でもしに?随分優雅だな?」

「それは……」

「TVは大騒ぎするもんだって。シチョーリツ?とやらを上げるためにさ。心配性だな七瀬は。大丈夫だよ」

 なお不安そうにしている七瀬に、にっこりと満面の笑みを向ける。

「うん……、そう、だよね……」

 やっと少し安心したのか、七瀬は小さく微笑みを浮かべた。

「でも、羊子ちゃん」

「ん?」

「もし、何か少しでも、身の回りでおかしなことがあったらすぐに教えてね。絶対だよ。約束」

 ふと、先週の変質者の顔が頭をよぎったが、あの春先によく出てくるタイプの変態と、エレクトロ博士の件とは関係ないだろう。

 それに、ただでさえ心配性で、ピリピリと不安そうなこの七瀬に余計な心配は掛けたくない。

「おう。じゃーな七瀬、また明日」

 そう言って七瀬を生徒会まで送り届けようと生徒会役員室の前までついて行ったのだが、そのまま役員室に入っていくと思っていた七瀬は、そのまま向きを変えて私を見送りに校門までついてきた。七瀬を送り届けるはずが、何だか逆に遠回りさせただけだった。私の姿が見えなくなるまで校門で見送ろうとする七瀬をなだめすかして、渋る七瀬をやっとのことで生徒会へと向かわせた。

 校門の時計を見る。時刻は既に16時30分。完全に生徒会には遅刻だろう。七瀬のヤツ、大丈夫なのだろうか?……いや、きっと大丈夫なのだろう。

 七瀬は仕事が出来るし、人望も人気も申し分ない。生徒会だって、先輩からの推薦もある上、周囲から頼み込まれて無理矢理入らされたようなものだ。多少の遅刻程度で、七瀬の立場は揺らがないだろう。

 七瀬が私を心配するように、私も七瀬を心配してしまうが、そのどれもが七瀬には要らぬ心配だ。「私」という友人自体、七瀬にはもう必要ないかもしれない。七瀬は変わった。七瀬の周りには、どんどん人が集まってくる。もう昔の、いじめられっ子だった七瀬ではない。私だけ、昔のままだ。七瀬が私に見ている夢から目が覚めて、いつ私から離れていってもおかしくはない。

 ふう、と小さくため息が零れていたことに気づいた。ズッ、と零れてしまったため息分の空気を慌てて吸い込んだ。ムン、と胸を張り、俯きかけていた姿勢を正す。

 七瀬は親友だ。どんなに七瀬が変わろうと、私のたった一人の大事な友達だ。だからこそ、七瀬の足かせにはなりたくないと思う。

 私は今まで七瀬に散々甘えてきた。高等部に上がった今、『七瀬離れ』をするべきなんだ。

 気合いを入れ直し、両手で持っていた鞄を肩にかける。大分日が傾いて、オレンジ色に染まりかけた空を眺めながら校門を出て、私は一人田無駅へと向かい、帰路についた。 

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