汐見麻希は仲良くなりたい
「あ、
戸惑い気味に汐見は名前を呼んだ。
「え、なに、知り合いなの?」
「知り合いもなにも……同じクラスでしょ……。
「いいや」
異性と関わりないし、つーか同性とも、そもそも人との関わりを絶ってきた俺にとって、同じクラスであろうが知らない人は知らない。何なら汐見の下の名前も覚えてない。使う機会のない情報なんていずれ忘れ去るものだ。
だが少しは記憶に残っているかもしれない。俺は自分の脳を試すように、立ち上がったその小柄な少女を見つめ思い出そうと頑張ってみた。
肩まで伸びた癖っ毛。小顔でさらに童顔な顔立ち。細く小さい華奢な身体。純白のパンツ。いや下から見上げている形なので嫌でも視界に入ってしまうんだこれは不可抗力で回避不可能。よって俺は悪くない。無罪。
それよりもどの情報を使おうが彼女のことが判明しない。
やはり同じ服装なのだから個性が表面に出ずらいのだろう。これが学校教育という名の洗脳か……。社会に適合するために、身なりから思想を都合良く変えてしまおうだなんて現代社会の闇だ。俺も正常な判断が下せる今のうちに学校をやめてこよう。
「天都さんもここでお昼を?」
「あ、うん……」
開かれた弁当箱を手に持っている天都は、視線をキョロキョロとせわしなく動かしながら小さく頷いた。
「よかったら一緒にお昼、どうかしら?」
汐見が空いている隣を指し、首を傾けて提案すれば、天都はまたも遠慮がちに頷く。
「じゃあお二人でごゆっくりどうぞ」
立ち上がると素早く腕を掴まれる。
「佐波黒くん、あなたも一緒よ」
「……いや、俺は二人の関係を邪魔しないように紳士的に立ち去ろうとしただけであって――」
「言い訳無用」
冷たい声音が聞こえたかと思えば、次は握られた腕を強く引かれて再度座ることを強制された。それに対して、天都には隣へ座るように優しい笑顔で促していた。
この扱いの差は一体どういうことなんだ……。
ぞんざいな扱われ方を悲しんでいる俺をよそに、汐見は天都へ顔を向けて自己紹介をし始める。
「改めて、私は
なんだよその紹介の仕方は……。俺はお前の引き立て役じゃねぇよ。
「あぁ……どうも」
絞り出したような声を発しながら天都は俺たちへ頭を下げた。
「しかし天都さんがここにいるなんて思わなかったわ。どうしてここで食事を?」
コイツ残酷な質問するなぁ……。こんな
本人には至って悪意がなく純粋な疑問なのだろうけど……嫌な質問には変わりない。
だが、俺は助け船は出さずにパンを頬張り咀嚼する。
天都からすぐには答えが返ってこず、しばらくしてから彼女の小さな声が聞こえてくる。
「あぁ……えと……静かだから……」
「確かにそうね。私、ここで勉強しようかと一瞬思いついたくらいだもの」
だから……そういう意味じゃないからな。教室にいるのが居た堪れないからここに来てるだけだからな。
天都の消極的な態度から、ポジティブな訳でここに来ていないことが明白に分かる。余儀なくここで食べていると言い換えたら自然か。
「そういえば、佐波黒くんはどうしてここに?」
汐見はくるりと頭を回してこちらに問いかけてきた。
「うるさい奴がいないからだ」
イヤホンで音楽を聴いていようが周りの騒音を完全に遮断できるわけじゃない。そんなお悩みはここに来れば即解決。人がおらず喧騒は遠く、気兼ねなく自分の世界に没頭できる。
「それに俺がいなけりゃ席が空くから、その席は誰か知らない奴によって勝手に使われる。つまり俺は無料で椅子を貸してやってんのさ」
そう、ちょっとの間トイレに行っていただけなのに、アイツらは無断で俺の椅子を奪い取ってしまう。だったら最初から俺が別の場所で食べればいいだけ。奪い返さない俺、超優しい。
得意げに語っていると、なにやら視線を感じた。不思議に思い見てみると、天都が俺のことを物珍しそうな目で見ていた。しかし俺と目が合うと彼女はすぐに逸らす。
「天都さん。佐波黒くんはこんな感じで少しおかしな考え方をする人だけど……悪い人ではないから…………たぶん、きっと、おそらく……」
「推量表現そんなにいらないだろ」
汐見は目には疑いの成分が含まれていた。おかしな考えとは失礼な。おかしいのは俺ではなくこの世界のほうだ。
頭の中でそんなことを言っていると、汐見は新たに質問をしていた。
「天都さんは部活動何をしているの? 私は合唱部よ」
「え……あぁ……私は何も……」
「そうなの? せっかくの高校生活、部活動をしないともったいないと思うのだけれど――」
「なんで俺を見るんだよ」
「――何か理由があるの?」
「えと…………勉強に、集中しようかと……」
考えてから天都は答えた。
「なるほど。確かにその時間の使い方は良いわね。佐波黒くんも見習いなさい」
「なんでいちいち俺に話を振るんだよ。それに俺は他人に迷惑をかけないように集団から外れているだけだ。決して怠けているわけじゃない」
「授業中に寝ている人から言われても説得力が無いわよ……」
汐見の呆れ声を聞き終えると、またもや天都と目が合う。そしてまたすぐに逸らされる。俺の目付きが悪いから逸らされているんですかね……。
「部活動に所属していないのなら家では何をしているのかしら。あ、勉強以外で」
「……あぁ、んと……」
天都は俺たちとは別の方向へ顔を向け、しばらくの間沈黙を作った。
遠くの喧騒が大きくなって耳に届く。
「あっあの……!」
すると突然、天都が弁当持って立ち上がり声を上げた。
「あのっ、あの、私、用事、あるの……思い出したので、これで……」
ついに汐見の質問責めから逃れたくなったのか、言って、彼女は階段を駆け下りていく。
「天都さん」
踊り場まで下りたところで汐見が声をかけ、柔和な笑みでこう続けた。
「また今度、ゆっくりお話しましょうね」
天都は虚を突かれたように目を丸くして、それからまごつきながらもゆっくりと頷き、去っていったのだった。
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