笹塚愛梨は伝えたい
放課後になると、学校内のいたるところから活気溢れる音が聞こえてくる。校舎内にいると吹奏楽部が奏でる楽器の音を主として、教室内に残っている生徒たちの語らいも耳に入ってくる。
そんな青春謳歌の彼ら彼女らが製する音を搔い潜って俺はひっそりと昇降口を目指していた。
いつもならこの活気に包まれる前に学校から抜け出してしまうのだが、なんと今日は担任に呼び出されてしまった。なんでも、荷物運びを手伝ってほしいのだと。
なぜ三十名以上のクラスメイトの中から俺が選ばれたのか……。
帰宅部が故に放課後は暇だと勝手に決めつけられたのか? だとしたらそれは間違いだ。学校ではやることがないだけであって、外ではやることが山のようにある。それも富士山級ではなくエベレスト、いや、オリンポス山級と言って差支えはない。
要するに帰宅部だから時間が余っているとは限らないことを頭に入れておいてほしい。
この現代は情報過多で一日が四十八時間になっても足りないくらいにはコンテンツが増えすぎているため、一つひとつにじっくりと時間を使うことが難しくなり、時間を無駄にはできないのだ。
じゃあ授業中は睡眠をとるのではなく、本やゲームに興じればいいのでは? しかしそれだと先生及び汐見の説教でロスタイムが発生してしまう。やっぱり学校休んで家で楽しむのが最善策だな。
ついに昇降口へ到着した俺は、下駄箱から靴を出して履き替える。そして勢い衰えさせず駐輪場まで行き、家に着いてからの計画を練りながら自転車の鍵を開ける。
他の自転車を倒さないことを最優先に、丁寧かつスピーディーな手捌きで自分のを引き出す。ようやくサドルにまたがり出発、の直前だった。
珍しく見知った顔が目に入り、せわしなかった動きを思わず静止してしまう。
学校指定のジャージを身にまとっているポニーテールの
「あ……」
彼女は俺の存在に気がつき声を上げた。
なんとも気まずい雰囲気だ。俺は目を逸らしてしまった。
が、笹塚から話しかけられた。
「あのさ……。佐波黒……だっけ? その、なんて言うか……」
ポニーテールをいじりながら
「アタシは……アンタのこと苦手だけど……感謝してる」
女子の言う「苦手」は嫌いと同義だということを俺は知っている。そりゃそうだ、俺はコイツらの交友関係を破壊しようとしたのだから嫌われて当然だ。
それにもかかわらず、笹塚は感謝していることを打ち明けた。
嫌悪に謝意。背反する感情を二つ持つ彼女は何を思っているのか。それを彼女自身が口にする。
「アタシたちのこと止めてくれたし、麻希と友達になるきっかけ作ってくれたし……」
麻希……そういえば汐見の下の名前が確かそんな感じだった気がする。どうやら知らない間に名字呼びをやめるくらい親密な関係になっていたらしい。
「結局、アンタは……証拠を見せなかったし、だから……アンタのしたことは、半分感謝してる」
笹塚は頭を下げた。
「
下の名前で言われると誰だか分からないが、話の内容から推測するに、笹塚といつも一緒の
彼女ら三人から感謝の気持ちを差し出されるが、俺はそれを受け取ることができなかった。
さらに、つい荒く突き放すような語勢を発してしまう。
「別に……感謝されるようなことしてねぇから顔上げろ」
笹塚は困ったようにポニーテールを撫で始めて目線を落とした。
「そうかもしれないけど、でも、結果、アタシたちは良い思いしたわけだしさ、こうしないと落ち着かないっていうかさ……しなくちゃいけないっていうか……。あぁ……とにかく! ありがとっ……! それだけ」
投げやりで乱暴な言い方をした割には丁寧にお辞儀していた。見た目とか口調では分からないが、意外と礼儀正しいのかもしれない。
「そうか」
対して俺はというと、何か適切な言葉を探してみたがこれっぽっちしか出てこなかった。
まぁ、彼女の気が済むのならいくらでも言わせてあげよう。後は俺が彼女らの感謝を受け流せばいいだけだ。
あの件に関わった理由も、解決策も、全ては利己的な考えのもとに動いたまでだ。結果がどうあれ俺は感謝されるべきではない。
「あとさ…………最近アンタと麻希仲良さげだけど、その……麻希は大丈夫だよね?」
「大丈夫って何が?」
「いや……いいんだ、普段通りなら。じゃあアタシ部活戻るから」
笹塚はそう言い残して俺の横を通りすぎた。
彼女はどこか寂しげな雰囲気を醸し出していたのだが、俺が何かをしてやれるわけでもないうえ介入すべきではない。
笹塚と汐見の問題なら彼女たちで解決すべきだ。
彼女の後ろ姿を見送ることをせずに、俺はもう一度ペダルを踏み帰路へと着く。
テニスコートから響く重たいサーブ音をよそに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます