だから佐波黒陽介は見過ごせない
春の不安定な気候が今日も空を雲で埋め尽くす。おかげで昼なのに外は薄暗いし、体育のときは肌寒かった。
冬に想像していた陽気かつ穏やかな春はどこへ行ってしまったのか。それともそんなものは存在しないのか。
ただはっきりと言えるのは、クラス内の雰囲気が外と同様に薄暗く、とてつもなく居心地が悪いということだ。
読んでいる文庫本の内容が全く頭に入ってこない。
先日の昼休みに起きた、汐見とあの三人組との
休み時間の今頃、普段の汐見なら、誰かのところへ行ってお節介をやいているのだが、今回は席から離れることなく教科書や英単語帳を見ていた。
しかしページが全然進んでいない。あの出来事がショックで集中できていないのか、授業中でも度々先生からの指示を聞き逃していた。真面目な汐見にとってこれは切腹物なのだが、近頃はずっとこの調子だ。
次にあの三人組。彼女らは、教室の前、教卓のそばでスマホ片手に談笑している。
「汐見さん最近は大人しいね」
「仲間、いないからでしょ?」
「ちょっとやめなよー。可哀そうだってー」
小さな声で、しかし汐見には聞こえるような絶妙な音量調整で楽しそうに話していた。汐見を一瞥し、またクスクスと堪えるように笑う。
クラスメイトはその気持ちの良くない会話を耳にはするものの、全員無視。彼女ら三人がスクールカースト上位なのかは分からないが、何か楯突くと不利益が起こるのだろう。
いや、違うな、そもそも利益がないのか。
汐見はクラスのために頑張っていた。期限を一秒でも過ぎれば叱る、忘れ物をすれば叱る。それでいてどうやら彼女は、このクラスをまとめる、クラス長なる役職に就いているらしい。
だから、みんな少なからず彼女に嫌悪している。
嫌いな奴を救う理由などない。嫌なものは視界から外されるか、優越感に浸るための蔑み道具になるかの二択であるから、クラスメイトはこの状況をむしろ良しと考えているのかもしれない。
ウザかったアイツは今じゃ元気を無くして何も干渉してこなくなっている。
皮肉なもんだ。誰よりも正義感を持って人のために行動していた彼女が、誰よりも嫌われているとは……。
まぁ……汐見自身に悪意はなくても、過剰な行動で人を不快にさせていたのだから当然の結果だ。
なのだが……。
先生が教室に入ってきたタイミングで、俺は読んでいた本に栞を挟み、汐見へ目を向ける。
今日の汐見は上履きではなくスリッパを履いている。そして一冊のノートを一日中使用している。
それを見て、彼女たちは笑っている。いや、嘲笑っている。
何を意味するか、理解に時間はいらなかった。
そこまでやるのは違うだろ。
確かに汐見はウザい。面倒くさい。嫌われて当然だ。けれども、もう汐見は充分傷ついて自分の行ってきたことを理解した。誰かを過剰に注意をすることは無くなったから、もう誰にも迷惑をかけていない。
もう彼女は前の彼女ではないのだから、何かを起こす必要はなくなった。
なので、これはあの三人組の過剰防衛だ。
一度汐見に強く反抗した際、委縮して反撃が返ってこなかったことを良いことに、彼女たちの憂さ晴らしはエスカレートしていった。
加えて、誰も止めないこの状況を、クラスを味方につけて続けている。
被害を受けてもなお汐見が助けを求めないのは、心配されたくないからと考える。バカ真面目な性格が故に、自身の問題で相手に迷惑を被ることを嫌がっているのだろう。
そんな汐見を、あの彼女たちを見ていると、虫酸が走る。
俺も汐見のことは嫌いだが、嫌いだが、いじめられているところを見て気分が晴れることはない。むしろ、いじめという卑怯なやり方で意思を伝えることに心底腹が立つ。
皆に嫌われているから放っておいていいなんて、そんな多数決に俺は惑わされない。俺はいつだって少数派だった。集団の洗脳になんてかからない。
周りがいじめを止めないのであれば、俺がやるしかない。
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