13 気づいたこと
コトリはミチを見送ったあと、カナリにこう打ちあける。
「ミチさんって、ふしぎな人ですね。わたしが悩んでいたことなんて、吹っとんでしまいそう」
ふふっ、と思い出したように、ほっぺたを緩ませる。
存美村に来てからの、8日間を振り返る。
村人たちは仕事によろこびを感じるらしく、ほとんどがはたらき者だったけど、ミチだけは違っていた。
彼女がはたらいている姿を、一度たりとも見ていない。
コトリの知っているかぎり、ミチは遊んでばっかりだ。
役に立ちたいなんてことは、考えてもいないだろう。
カナリは首を縦に振る。
「ミチどのは、自分の心の思うままに従っているのでございます。やりたいから、やっている。コトリどのとのご縁についても、お導きでありましょう」
「わたしと友だちになることも……?」
「さようです。存美村に子どもはほとんどいませんから。同じ年頃の女の子の友だちを欲しておりました。ああ見えても、ミチどのはさみしいお方です。遊ぶことでその心を、まぎらわしていたのでしょう。コトリどのとの出会いはきっと心の支えになるはずです」
「……わたしがミチさんの支えになる? なんの役にも立てないのに」
「過ごすだけでもよいのです。役に立てるかどうかなんて、ただの結果にすぎませぬ。大切なのは、思う心。感情を共有しあうこと」
「ああ……っ」
――やっと視界が開けてきた。
本当に求めていたものが。
どうして見落としていたのだろう。
コトリは涙を流しながら、祈るように手をあわせる。
「ありがとうございます……。わたし……、わたしは……」
目をつぶれば、家族の顔が浮かんでくる。
両親が過保護になったのは、大ヤケドをしてからだ。
大事に思っているからこそ、なにもさせてはもらえない。
だけど、なにもできないのは、間違いなんだと気づかされる。
相手を思うようになれば、自然と手足が動くもの。たとえ結果が出なくても、自分がしたいと思ったから。
「ヤゴローどのにも、コトリどのの気持ちが伝わっているはずです。だからこそ無理をさせたことを、悔いておられているのでしょう」
「そんな……わたしは……」
「気に病む必要はございません。必ず村へと帰られます。ミチどのを信じて、待ちましょう」
「はい……」
そうは言っても、コトリは不安でたまらない。
まだ何かができないかと、考えこんでいたときだ。
ぐきゅるるぅぅぅ〜
大きな音がコトリのおなかで鳴りだした。
「きゃっ」
はずかしくって目を伏せる。遠慮なく聞かれて、いたたまれない。
「ご、ごめんなさい」
「生きていると、おなかがすいてきますよね。拙僧が腕を振るってあげましょう。久方ぶりのことですゆえ、味の保証はしませんが」
「ではわたしが手伝います。少し気分がよくなったので、からだを動かしたいのです」
「ええ、よろこんで。くれぐれも無理はなさらぬよう」
「はいっ、気をつけます」
カナリは旬の野菜を集めて、精進料理を作るという。
コトリの担当はかんたんなもので、調理器具や食器の用意、味つけの調整などだった。
それでもいっしょに作った料理は、どれもおいしく健康そう。
「いただきます」
かぼちゃの煮付けを口にして、甘みがほわっと広がった。山菜の煮浸しはおかゆとよく合い、箸の進みがとまらない。ゴマ豆腐も絶品だ。あっという間に完食する。
「ごちそうさまです」
「コトリどの、いかがかな?」
カナリは見ているだけだったけど、満足そうなまなざしだ。
「すごく、おいしかったです」
おなかがすいているときは、食べものがいっそうおいしくなる。
トウモロコシのときもそう。村に訪れたばかりの日に、ヤゴローがくれたトウモロコシ。
みずみずしくて、甘くって。
あんなに親切なヤゴローを、放っておいていいわけない。
「ヤゴローさん……。どこに……、あっ!」
トウモロコシの包み紙が、コトリの頭を横切った。
新聞紙。あれはミチたちと出会った場所の、ヒミツ基地にも置いてあった。
(ヤゴローさんは、ヒミツ基地を知っている……?)
そうでなければ新聞紙を、彼が持っているはずない。
ヒミツ基地の新聞紙は、ヤゴローのものだった……?
(……そうじゃない!)
コトリは思い出している。ガケから落ちて、ヒミツ基地に穴を開けたあのときだ。
新聞紙に足をすべらせころんだときに、ミチはこう言っていた。
――「それ、あたしのじゃないからね。あいつが勝手にヒミツ基地を、すみかにしちゃったんだからっ。今はもういないけど」
いないというのは、脱走だ。ヤゴローはまだ村にいた。
そうなれば答えはひとつだけ。
新聞紙は、ツキベのもの。クロスワードの右下のサインも、彼が書いたものだろう。
村から逃げたきっかけも、そこにあるにちがいない。
そもそもゾンビが新聞を買うこと自体が不自然だ。
貴重なポイントを使ってまで、村の外の時事情勢を知りたいなんて思えない。ハンターに疑われるだけだ。
(だから大量の新聞を、ヒミツ基地に隠したの?)
「どうされました? コトリどの」
カナリが心配そうにして、コトリの表情をうかがった。
コトリは両目をしばたかせる。あと少しで、ツキベのゆくえをつかめそうな気がしている。
情報がたりない――。
「お坊さん。はぐれゾンビのツキベって人は、どうして村に来たんですか? 教えてください」
向き直って、たずねてみた。コトリの瞳に強い意思。
カナリはゆったりうなずいた。
「ツキベどのは、ホームレスでございます。ゾンビとなったきっかけは、飢えをしのぐためなのです」
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