12 楽しい約束

「ああっ、コトリどの。おいたわしや……」

「カナリさん、たのめるかな? コトリちゃんの看病を」

「もちろんでありますともっ!」

 坊主のゾンビは誇らしげに、自分の胸に手を当てる。いつも法衣を着こんでいる、住職のおとなりさん。

 カナリは数珠を両手に持つ。

「コトリどのに取り憑いている、悪霊をはらってあげましょう。ミチどの、拙僧とともに念仏をとなえてくれまいか?」

「えぇー……。念仏ぅ〜……」

 ミチはいやそうな顔をする。カナリの念仏だけは苦手で、舌を噛みそうなほどなのだ。

「……やんなきゃ、だめ?」

「とうぜんです。コトリどのの苦しみを解くには、親しい者のお声がけが必要です」

「しょうがない。やるよ、復唱。コトリちゃんのためだもの」

「ありがたき、御心を」

 ミチとしては、コトリをまかせて早く出たいが、カナリはこれを許さない。とりあえずお祈りしておかないと、ここから出してくれなさそう。

 そもそもゾンビが悪霊なんて信じるのかという話だが、村のみんなが信心深くて、見えない幽霊を恐れている。なんとなくミチも幽霊が怖くて、おとなしく従うことにする。

 カナリは数珠をじゃらじゃらした。

「悪霊退散〜」

「あくりょうたいさん〜」

「悪霊利用し栗料理よろしく用意しろ〜」

「あくりょうりようしくりりょうよりょしくりりょうりしろ〜」

「件のラクダの枕はダークでまっくらだ〜」

「くだんのまくだのだくだはだーくでまっくらだ〜」

「まさか逆さまの笹かまぼこ〜」

「まさかさかさまのさかさまぼこ〜」

 これがカナリのお経である。正確に呪文を唱えることで悪霊の口がまわらなくなり、逃げていってしまうらしい。たとえ遊びが好きなミチでも早口言葉だけは苦手で、舌を噛んでしまっている。

 さて、効き目のほうはといえば……。

「……なんですか、その呪文。ミチさん間違えまくりです」

「コトリちゃん!」

 長いまつげがぴくりと動いて、こげ茶の瞳があらわれる。コトリは薄くほほえんで、まぶしそうにミチを見る。

「思わず笑っちゃいました。笑ったの、ひさしぶり。赤豆まき青豆まき生なめまき、でしたっけ?」

「生豆まき、です。コトリどの」

「そうでしたっ。まだまだです」

 ほっぺたはまだ赤いけれど、話し方が軽やかだ。憑き物が、落ちたように……。

「ミチさん、わたしはだいじょうぶです」

 とたんに目つきが鋭くなる。ヤゴローの失踪を知った上で、話している口ぶりだ。

「お願いです。ヤゴローさんを助けてください」

「……うんっ、わかった!」

 ミチは言葉どおりに受けとり、力強くうなずいた。心配はまだ残っているけど、コトリにもプライドがあるはずだ。「役立たず」どころか「お荷物」のレッテルを貼るわけにはいかない。

 それにもう、ミチにとってコトリは大切な友だちだ。役に立つとか立たないとか、そんなものはどうでもいい。気がつけば、思っている。あまり遊んでいなくても、このあとコトリと離れたとしても、いっしょに過ごした時間はきっと忘れられないものになる。

 だから、ミチは約束する。

「お盆祭りいっしょに行こ! 早くからだを治してね」

「はいっ!」

「おまかせあれ。ご武運を」

 コトリとカナリに見送られて、ミチは引き戸を開けていく。月明かりへと飛び出して、薄い闇を駆け抜けた。

 ヤゴローを追うために。もし浮世へ行ったのなら、かならず無事に連れ戻す。

 あわよくば、みんなで花火を見たいもの。

「できるかな、このあたしに」

 ちゃんちゃんこから、ぬいぐるみを取りだした。

 ――ネコ隊長。

『ミチ隊員。きみにミッションを任命しよう』

 ドキドキがとまらない。しゃべれるようになっていた。

『今、ヤゴロー隊員はターゲットの駆逐に向かっている。そこは危険区域であり、われわれもまた凶暴化するおそれがある。もって24時間だ。最悪の事態をまぬがれるためにも、隊員を援護してほしい。ターゲットを駆逐したら、2人で無事に戻るのだ。よいな?』

「はいっ、ネコ隊長! ぜったいに、やりとげます!」

 自分を奮い立たせていく。この遊びはやさしくない。チャンスはたったの1度きり。失敗したら、おしまいだ。ヤゴローどころかミチさえも、ハンターに狩られることになる。

 それでも――と、ウォッチを見る。コトリがためたポイントが、この中へと入っている。ヤゴローに尽くした努力と思いを、決してムダにはしたくない。

「でもあたし、ヤゴローを見つけられるかな? 外のことは知らないし……」

『ならばリョウ隊員を、このミッションに加えよう。ゾンビ歴1年未満の彼なら、今の浮世に詳しいはず』

「賛成ですっ! リョウ隊員を誘いましょう!」

 急ブレーキで引き返して、ミチの足どりは工場へ。

 途中には、お祭り広場が見えるけれど、今は通り抜けることに、なんのためらいも感じない。

 ちょうちんのあかりの下には、立派なステージができている。大勢のゾンビたちがラッパや太鼓の演奏をしていて、本番に向けてリハーサル。曲がちょうど終わったとき、ミチは彼らに拍手した。

「よかったよ、がんばってね!」

 こんな言葉、以前のミチなら出てこない。コトリと行くと約束したから、お盆が楽しみになったのだ。

「ミッションを達成したら、いっぱいいっぱい遊んじゃお! どんな屋台がでるのかな? 輪投げかな、射的かな? ヨーヨー釣りも楽しいよねっ」

 超高速でスキップして、リョウの工場に突っこんだ。

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