11 誰のせいでもないはずなのに

 黄泉の湯にて。

 ミチは湯船に浸かりながら、顔を沈めて泡を吹く。

「ぶぶぶぶぶぶっ」

「行儀わりぃー。やめろよな」

 リョウにたしなめられたため、水面から口を出す。

 こんな遊びをやっていないと、ますます気分が落ちこみそう。

「……あたし、どうすればいいんだろう。コトリちゃんをゾンビにするのは、間違ってると思ってるし」

「そうだよなあ……。おれたちにだって、非があるんだ。限界を知らずに押しつけたから……」

 リョウも責任を感じるらしく、腕を組んで沈んでいる。

 応援したかっただけなのに、苦しめる結果となってしまった。

「ちゃんと見るべきだったんだ。わかっていたはずなのに」

 これで2度目の後悔だ。なにも進歩していない。――あのときから。

「コトリには、ぜったいにゾンビにさせたくねえ。おれたちみたいになっちゃだめだ!」

「……うん。そうだよね」

 今ならミチにもリョウの抱える後悔がわかる気がしていた。

 けれど今度はあのときと違う。なにもしないわけではなく、コトリのために動いたから。みんな熱心すぎたから、限界を超えてしまっただけ……。

 ミチはそう言いたいけれど、どんななぐさめの言葉さえも、耳には入らないだろう。

 リョウとはそういうやつなのだ。

「ぶぶぶぶぶぶっ」

 気がつけばまた泡を吹く。今度はなにも言ってこない。赤いお湯が玉のように、ふくらんでは弾けていく。

「ぼぼびばんばっ」

「遊ぶかしゃべるか、どっちかしろ」

「ばーいっ」

 やっぱり怒られてしまったので、頭だけを持ち上げた。

 あきれているリョウのとなりで、ミチは相談を持ちかける。

「あたしもさ、はたらいたほうがいいのかな」


「なにぃぃぃ――――――――っ‼」


 リョウが風呂から飛び上がる。

 聞いていた周りのゾンビたちも、波のようにざわついた。

 みんなして、大騒ぎ。

「たいへんだ! あのミチがっ、なんて言いだした!」

「明日はあられか竜巻だ!」

「隕石が村に落ちてくる!」

「大変よっ、住人を避難させなくちゃ!」

「存美村もおしまいだぁーっ!」

 ミチ以外の村人たちは、踊るように足踏みした。

 リョウはミチへと鬼気迫る。

「ほんとか! 本当におまえはのかっ!」

「え〜っ、んー。そうしたほうが、いいかと言ってみただけでぇ〜」

「なんだ、言ってみただけか。びっくりさせるな、わははははっ」

「あははははっ」

 なんとも微妙な空気が流れ、2人ともがカラ笑い。

 ミチは自分のウォッチを見つめ、くちびるをへの字に曲げていく。


   ☆


 その日の夜。

 ミチがコトリを看病してると、ゲンシンが家に帰ってきた。

 白髪頭をぼさぼさにして、あわてているようすだった。

「ミチ! ヤゴローを知らないか!」

「知ってるよ、運び屋でしょ」

「そうじゃないっ!」

 このような珍問答に、ゲンシンは構う余裕がない。

 いきなり本題を打ちあける。

「あいつ、はぐれたかもしれねえ。村役場に保管していたツキベのファイルがなくなった!」

「うえぇ! はぐれたぁ⁉」

 これにはミチも、寝耳に水。ヤゴローが村を出るなんて、思いもよらないことだった。

「どうして……。花火は買えなかったけど、家族に会えるはずなのに」

 お盆祭りはあさってだ。ヤゴローの家族が来るというのに、逃走なんてありえない。

「俺はともかく村中をまわって、本当にいないか確認する。もしあいつがツキベを追って、はぐれゾンビになったなら……」

 ファイルがなくなっているのだから、とうぜんそう考える。ヤゴローは、薬を取りに役場へ入り、ツキベのファイルを盗んだのだ。

 ――なんのために?

「ファイルには何が入ってるの?」

「履歴書と……手帳だな。手帳のほうはボロボロだが、なにも書かれてなかったな」

「書かれてない?」

「表紙だけにはサインがある。しかもあれは落とし物で、届けようとした矢先だ。ツキベがいなくなったのは」

「…………」

 さらにヤゴローもいなくなる。ツキベのファイルを持ちこんで。

 胸騒ぎがとまらない。

「もし本当にはぐれたなら、ハンターに狩るよう連絡する」

「そんなのやだっ!」

 薬のビンを、にぎりこむ。温泉から帰ってきたら、家に置いてあったのだ。

 ちゃんと配達してくれた。コトリのために、お薬を。

 自分のことしか考えないで、出ていくようなやつではない。

 ほかになにかの可能性は……。

「……………………」

 思い当たるフシはあったが、ヒミツなので黙っておく。これをバラしてしまうのは、ミチのプライドが許さない。

 ゲンシンはくちびるを噛んでいる。

「ツキベに続いてヤゴローまで……。また値上げがはじまるぞ!」

 村人たちのなげく姿が目に浮かぶ。ヤゴローだって花火が買えずに、あんなに心を痛めていた。

 気持ちはわかっているはずだ。

「俺は、ほかをあたってくる!」

 ひるがえして家を出る。背中が遠くなっていく。

 ミチもあとを追おうとしたが、コトリを放っておくことができず、その場に足を踏みとどめた。

「ヤゴロー……っ」

 手ぬぐいをしぼり、コトリの汗を拭いていく。肌は荒れて傷だらけ。ミチがつけたおでこの傷も、まだ治っていなかった。

 ヤゴローを追ったときのもの。トロッコの洞窟だ。

 洞窟の先は、村の外へと続くので、入ってはいけない掟がある。

 ヤゴローは運び屋だから、近くまで行くことはあるらしい。――そう本人は言っていた。

 入口にいるのはおかしくないけど、あのときのようすは変だった。

 ミチはたしかに目撃した。見まちがいではないはずだ。

 洞窟へと向かっていた――入ろうとしていた足取りだ。

「やっぱり外に出ようとした? もしかして……」

 理由はたったの1つだけ。

 ツキベのファイルがなくなったこと。

 花火が買えなかったこと。

 

「そんなの危険すぎるって! あたしたちはゾンビだよっ。村の外で、はぐれゾンビを退治なんてできっこない!」

 もしハンターに見つかれば、ヤゴローは消滅させられる。

 しかも飢餓状態という、爆弾さえも抱えている。

 黄泉の湯が、村の外にはないからだ。イキビトの生気を奪うしか、ゾンビのからだは維持できない。

 ハンターが許すはずがない。

「とめなくちゃ、ヤゴローを」

 手ぬぐいを桶へと浸しながら、ミチはコトリを見つめている。

 彼女だったら自分自身を責めてしまうかもしれない。

 役に立てなかったから。

「コトリちゃんのせいじゃない。だから、ゾンビにならないで」

 祈るように手をにぎる。

 冷たいはずの胸の奥に、熱さを感じた瞬間だ。

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