14 遊びじゃないけど、遊びなの
「オヤジさーん。リョウ借りるね」
「おいっ!」
ミチは突入してくるなり、リョウの腕を引っぱった。
工場の中はすすだらけで、回転音が響いている。
ドリルで
リョウの父は横目で見るなり、「行ってこい」とゴーサイン。無愛想に見えるけれど、おごそかでやさしい背中をしていて、ミチを邪険に扱わない。
それどころか、
「そこの箱から好きなものを持っていけ」
ガレージの近くに置いてある、緑色のおもちゃ箱。リョウの父が趣味で作っているものらしく、たまにミチにくれるのだ。
「ありがとっ、オヤジさん!」
ネジ巻き式の、鳥のおもちゃを手にとった。ひねってみると、黄色い翼がパタパタと動いてかわいらしい。飛ぶことはできなさそうだけど、見ているだけで癒やされる。
「なんだかコトリちゃんみたい」
ちゃんちゃんこの裏ポケットにしまいこむ。これはコトリにあげる用。
「もう1個もらおっと」
同じものがあったので、念のためにもうひとつ。これは自分で遊ぶ用。
リョウは口をとがらせながら、ミチに文句を言いつけた。
「そいつはあさってのお祭りの大事な景品だっつーの」
「じゃあ、あたしがお祭りで、景品を当てればチャラだよね」
「どんな思考回路だよ。……って、おまえ、行かないんじゃないのかよ。どういう風の吹きまわしだぁ?」
意外そうに、目をまんまるに大きくする。
ミチは「てへっ」と、照れ笑い。
「コトリちゃんと行くんだもん。仲よくなれたの、うれしーのっ。リョウもいっしょにお祭り行こ?」
「なんでだよ」
そうは言いつつ、足はゆらゆら揺れている。誘いを断る気はなさそう。
「ん?」
リョウは箱にあるものを見つけて、ポケットの中へとこっそりと。素知らぬふり。
ミチはネコ隊長を出して、リョウにミッションを言い渡す。
『リョウ隊員。きみもチームに加わるのだ。危険区域に突入しているヤゴロー隊員を援護せよ!』
「おまえの用事ってそういうこと? やだね、おれは行きたくない」
「なんで!」
ヤゴローのはぐれ疑惑について、リョウはすでに知っているらしく、すぐにノーを突きつける。
「……だってよー、おれたちまで村を出たら、はぐれゾンビが増えるだろ? ハンターがますます村をしめつけてくるじゃんか」
とうぜんの理由だけど、リョウの歯切れはわるかった。
これからの村のことと、仲間たちとの天秤だ。
もしハンターに見つかれば、はぐれゾンビとされるだろう。狩られるどころか存美村にも影響を及ぼしかねないのだ。
あまりに不利な状況だが、ミチはゲームが好きだった。
ピンチになるほど、燃え上がる。
「あたしだけでも行くからね。みんなで花火を見たいから。ミッションを達成させて、最高のお祭りにしたいんだ」
ヤゴローが消えても花火がなくても、ミチにはだめなものだった。
リョウもそう思っている。後悔はしたくなかったから……。
「わぁーったよ。しょうがねーから、やってやる。このまま放っておいたって、村はよくならねーんだ」
なにもしないで無視をしたら、あのときとおなじようになる。
ゾンビになった理由を考え、リョウは心に決めていく。
「行くぞ、ミチ!」
「ありがと、リョウ!」
向かう先は、温泉だ。村の外へと出る前に、まずは生気をたくわえる。
「タイムリミットは明日の夜。ヤゴローは先に行ったから、昼か夕方ぐらいだな」
指を折って、やるべきことを確認する。
ミッション1は、ヤゴローを村へと連れ戻す。
ミッション2は、ツキベを狩る。カタログの値段をもとに戻して、打ち上げ花火を買うために。
「だけどよー、ハンターのやつらは本当に戻してくれるのか?」
リョウは疑問を口にしたが、考えるのは野暮だった。
今はともかくやれることを、全力でやってみるしかない。
立ち上がる。
生気はもう満タンだ。黄泉の湯からあがった2人は、今度は浮世の湯へ向かう。
ひょうたんにお湯をくみだした。
「慎重にな。ぜったいにさわるなよ。おどかすなよ」
「わかってるよぉっ」
リョウに釘をさされてしまって、ミチはぷいっと横を向く。場をわきまえない遊び人だと、思われてしまっているらしい。
誤って緑のお湯に入れば、ゾンビのからだは灰になる。
いくら遊びが好きなミチでも、ここでイタズラなんてしない。
「あたしだって、そこまで子どもじゃないんだから」
お湯をひょうたんの中に入れて、漏れ出ないようにフタをする。
浮世の湯は、はぐれゾンビを退治するには、必要になるアイテムだ。
いわば必殺兵器となる。
「同胞をこれで灰にしなきゃいけないのか……」
リョウは少し複雑そう。ゾンビ歴が浅い彼には心苦しいものがある。
ツキベだって、もとはふつうの人間だ。社会のはじきものにされて、家もお金もすべてうしない、食べものを求めてさまよった。
飢え死にそうになったところで、存美村にたどりつく。そしてゾンビになったのだ。
今年の7月上旬ごろで、梅雨は明けていなかった。
ゾンビの中でもまだ新入り。1か月も経たずに逃げだした。
「しょうがないよ。イキビトの生気を奪うのは、ぜったいにだめなことだから」
浮世で事件は起こっている。ツキベは生気を奪ったゾンビで、もうはぐれてしまっている。退治はしかたのないことだ。
ヤゴローなら、まだ間にあう。イキビトを襲っていないはず。飢餓状態になるまでは。
「あいつらの居場所はわかるのか?」
「そのためにリョウがいるんじゃない。外のことは知らないよ」
「おまえなぁー……」
リョウはあきれ返っている。なんて無計画なのか。
「……時間もねえし、こうなりゃぶっつけ本番だな。聞きこみするか、インターネットで検索するか、さがしてみるしかねーよなー」
「なんだか探偵みたいだねっ。楽しそう!」
「ごっこ遊びじゃねーんだぞ。ハンターに見つかったら、おれたちも攻撃されるんだ」
「スリル満点でいいじゃない。すっごくドキドキしているよ。遊びじゃないけど、遊びなの」
ミチの瞳は星のように輝かしくきらめいた。
これほど活気にあふれるゾンビは、いったいどこにいるのだろう。
「行こうよ、リョウ。あたしたちならできるから」
根拠のない自信だけど、ミチなら達成しかねない。
リョウはくちびるを緩ませて、ミチとこぶしをぶつけあう。
ミッション開始の合図だ。
「やってやる。おれだって遊びは好きなんだ」
今度はちゃんと周りを見て、村のことや家族のこと、友だちのことを気にかける。
この道はきっと正しいと、リョウの本能が告げている。
袴のポケットに手を入れると、父の作ったネジ巻きおもちゃが、かたく指にあたっている。モチーフは、ドラゴンだ。リョウが好きだとわかっていて、わざわざ箱に入れていた。ふだんは怒られてばかりだけど、なんとなく背中を押された気がして、胸の中がくすぐったい。
夜の風が吹きつける。
坂の下から、坊主の男が叫びながら走ってきた。
「ミチどのぉぉ〜」
カナリだ。コトリを背中におぶっている。
「コトリちゃん⁉」
「ミチさん……」
声は細くて弱々しい。体調はまだよくなさそう。
だけどその勇ましい目つきに、なにかがあると感じとる。
「どうしたの?」
「ヒミツ基地に行ってください。ツキベさんとヤゴローさんの手がかりがそこにあるはずです」
「本当か!」
リョウは声を張り上げる。ミチと顔を見あわせた。「行こう!」と大きく腕を振る。
チャンスが来た。2人のゆくえをつかめれば、ミッションが成功しやすくなる。
つまりハンターを出し抜ける。見つかる前に、ヤゴローをこっそり連れ戻すことができるのだ。もちろんツキベを倒すことで、汚名返上したいところ。
存美村の住人たちはみんな善良なゾンビだと、ハンターに警戒を解かせたい。
コトリはたしかな口調で言う。
「わたしもいっしょにさがします。確証はないですけど、ツキベさんの脱走は……」
そこまで言って、目を閉じる。疲れて仮眠をしたいらしい。
ミチはコトリの寝顔を見つめて、頭をそっとなでつける。
「ありがとう、コトリちゃん」
見つかるはずだと信じている。
ミチたち4人は坂をくだって、ヒミツ基地へと向かっていく。
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