15 はぐれた真相
ヒミツ基地19号は、クヌギ山の中にある。
カナリは顔をキョロキョロさせて、ツル草のドームを眺めている。
「かような場所がありましたとは……」
「ほんとはヒミツなんだからっ。暗号が解けた人だけが、入れる資格があるんだよっ」
不本意そうに、ミチはくちびるをとがらせる。
コトリは薄目を開けながら、ふふっ、と小さな笑い声。
「それならわたしも、資格はなかったのですね……。あそこから落ちてきましたから」
天井には、大きな穴。コトリはそこからやってきて、ミチたちと出会いを果たしたのだ。
今ではいい思い出だ。
「コトリちゃんは、特別だからいいんだよ。大事な友だちなんだからっ」
「手がかりってやつを、さがそうぜ。この中にそれがあるんだろ?」
リョウは新聞の山に近づき、1枚ずつめくっていく。
ミチとカナリもしゃがみこんで、同じように紙を持つ。
「あっ、クロスワード!」
ミチは目を輝かせるが、問題はすでに解かれたあと。
ペンで文字が書かれている。黒に近い青色だ。
「ちぇっ」
「お手がらです。ミチさんが書いたものでなければ、彼はペンを持っています。それに……」
右下のサインを指し示す。三日月のような崩した字。
「ツキベさんのものですよね。わたしもよく自分のものにお名前をよく書きますが……。クロスワードを解いた成果を、自分のものにしたいのでしょうか?」
「たぶんね。あいつ、すごくケチなんだよ」
不満そうに、ミチは言う。
「あたしだって解きたいのに、新聞貸してくれないし。そのくせここを占拠して、追い払おうとしているし」
どうやら仲がわるかったらしく、ミチはへそを曲げている。
コトリはほおに指を当てて、手がかりについてアドバイス。
「クロスワード以外にも、筆跡はおそらくあるはずです。彼が興味を示した記事を、みんなでいっしょにさがしましょう」
「よしっ、やるぞ!」
4人はひざをつきながら、新聞紙へと目を通す。すみからすみまでチェックする。
このときは誰もが真剣だ。新聞紙をめくる音が静かなドームに響いている。
「ちきしょう!」
沈黙が破られた。
リョウだった。紙をグシャッと丸めていく。
「……リョウさん?」
「っ、すまねえ。……芸能人が詐欺グループにだまし取られた記事を見て……つい……」
「つらい思いもあるでしょう。致し方ありませぬ」
カナリがリョウを気づかった。リョウの家族は詐欺グループの被害者だ。熱くなるのもうなずける。
だけどすぐに冷静になって、
「おれのことはいいんだよ。とにかくペンの筆跡を……」
他の紙へと手を伸ばし、頭をすっぽりうずめていく。ミチは黙って見つめている。
10分が経過する。
コトリがとつぜん声をあげた。
「ありました! 思っていたとおりです! ヤゴローさんはこれを見つけて、銀行へ向かって行ったんです!」
ペンで囲まれている箇所を、ミチたちへと突きつける。
3人は目を皿にして、数字の羅列に注目した。
宝くじの、当選番号。
上のほうの特賞の数字に、ペンで下線が引いてある。しかもそこにも例のサイン。
つまりツキベは宝くじで、大金を当てたということだ。
その額はなんと1億円。
「1億円だぁぁぁぁ――――――っ⁉」
驚きのあまりに、リョウは後ろへ転がった。
ミチは首をかたむける。カナリはあごをなでつける。
「そういう事情でありましたか。ツキベどのが逃げた理由……」
「え? え? どうゆうこと?」
「ミチどのには、無縁の話でございまする」
「ひっどーい! ちゃんと説明してよねっ」
ミチはぷんすか怒りだすけど、カナリもリョウもコトリでさえも、意味ありげに笑っている。
「ミチさんは、知らなくてもいいですよ」
「遊びとお金が結びついたら、たいへんなことになるからな」
「宝くじはまだよいですが、さらに恐ろしいギャンブルが、世の中にはありますゆえ」
「知りたぁ――い! 知りたい知りたい!」
だだをこねる子どものように、腕をブンブン振り回す。
あまりに勢いをつけたせいで、リョウにパンチが飛んできた。
「のわぁ!」
あごへとクリーンヒットした。例によって、腕が切り離されたのだ。
さらにミチはじだんだを踏んで、あちこちへと跳ねまわる。ツル草のドームがギシッギシッと、悲鳴をあげて揺れている。
「………………」
コトリの顔はまっさおだ。
これ以上、暴れられたらヒミツ基地が壊される!
「ミチさんっ、やめて! ちゃんとお話しますから!」
「やった!」
ミチは急におとなしくなって、自分の腕をくっつけた。
なんてゲンキンなのだろう。
「……しかたあるまい。よいですか、ミチどの」
カナリも観念したようで、説明をしぶしぶはじめていく。
「宝くじというものは、当選するとお金……この村でいうポイントがもらえるシステムでございます」
「ふーん、そういうシステムかあー」
ミチの反応が薄いことに、3人はほっと息をつく。カタイ言葉をあえて使って、なんとか興味をそらさせた。
それほどギャンブルは危険であり、遊びが好きなミチには特に気をつけなければならないのだ。
「それでなんで銀行って場所に、向かわなければならないわけ?」
「当選したくじの券とお金を交換するためです」
今度はコトリがこう答える。銀行は村の中にはないから、ミチにはピンとこないだろう。
「少ない金額の当選であれば、販売所でも交換できます。だけど彼が当てたくじは、1億円の大金です。これをお金に換えるためには、指定された銀行に行かなければなりません。だから行くべき銀行もしぼられるということです」
「なるほどなあー」
リョウは顔をこすりながら、コトリの推理に感心する。
「でもよー、ツキベが逃げて、もう10日も経ってるだろ。12日か? それだけの期間があいているなら、換金を終えて、遠いところに行ってんじゃねーの?」
その疑問はもっともだ。時はすでにおそかった。
ところがコトリの目の光は、まだ消えてはいなかった。
「1億円の換金は、行くだけではできません。身分を証明できる書類と印鑑が必要です」
「まさか、換金していない⁉」
「換金できていないのです。ツキベさんは、ゾンビでしかもホームレス。信頼できる身内も呼べず、銀行の前でぼうぜんとしていることでしょう。1億円の当たり券を持ったまま……」
「…………………………」
沈黙が、舞い降りる。誰も言葉にできないで、口を開けたままだった。
ミチだけを、除いては。
「すっごーい! コトリちゃん、天才だよっ!」
大きな拍手をしたあとに、コトリへと飛びついた。
顔面いっぱいに輝かせて、からだをギュッと抱きしめる。
「すごいすごい! 名探偵がこんなところにいたなんて。大先生って呼んでいい?」
「それはちょっと……遠慮します」
大げさなほどにほめられたので、コトリは照れ笑いをする。
――こんな経験、はじめてだ。
だけど、くちびるを引き結ぶ。感動へとひたれる時間は、みんなで花火を見られたとき。
今はその1歩目を踏みだせたというだけだ。
「たぶん、まだ間にあいます。事件は起こっていますから。1億円もの大金があれば、ハンターの耳に届かないよう、生気を吸うのも可能でしょう。たとえばお金で人を集めて、密室にエサを閉じこめるとか」
「………………」
冷酷な言葉を吐いたことに、コトリはあわてて手を振った。
「だからっ、信頼できる受け取り人が見つかるまでは、だいじょうぶです! 銀行あたりにうろついていて、ヤゴローさんも気づいたはずっ、行きましょう!」
「うん! ありがとう、コトリちゃん!」
「すげーな、コトリ。見直したぜ!」
「見事な推理でございました!」
穴のあいた天井へと、4人は視線をめぐらせる。
紺色の空に、星が強くまたたいた。
ミチが指をさして言う。
「こっちから、出てみない? あたしとリョウの2人だけなら、ガケだってきっと登れるよ!」
「なるほどなあー。ハンターの見張りもこっちのほうが少ないか」
リョウは天井からたれた、ツル草のロープを手に持った。
「あのっ、待ってください! これを!」
2人が登ろうとする直前に、コトリはカードを差し出した。
「ここにお金が入っています。コンビニでも使えますので、ファウンデーションを買っておけば……」
ゾンビの肌は、青くて目立ってしまうので、化粧で隠せばいいと助言。
リョウはカードを受けとった。金ピカだ。
「サンキュ、コトリ。化粧をすれば、ハンターの目をごまかせるか」
「なにそれ、ずるい。あたしが持ちたい!」
「だめだ。ミチのようなオコチャマには渡せねー。これは大事なものなんだ」
「リョウだって、オコチャマでしょ? パンツの柄はドラゴンだし」
「おまえ、エンシャントキングドラゴンのかっこよさを知らないな? 古代竜の王なんだぞ!」
「エンピツトケシゴムドラゴン?」
「ちげぇぇーっ!」
言いあいが続きそうなので、カナリが間に入っていく。
「これも持っていきなされ」
ミチのちゃんちゃんこの中に、新聞紙を差し入れた。ミチはやはり眉をゆがめて、「あたしはこれぇー?」と不服そう。
「2人とも。時間は限られておりますぞ。ヤゴローどのを連れ戻すのでは、なかったかな?」
「「はい、そうでしたっ!」」
2人はロープを登ろうとするが、たれているツルは1本だけ。
「あたしが先!」
「おれが先につかんだんだ!」
「レディーナントカっていうでしょ? オトメにゆずるものなのよ!」
「ここにレディーでオトメつったら、コトリだけしかいねーけど?」
「ひっどーい! リョウなんか、だいっきらい! パンツ! ドラゴン! ケシゴム!」
「…………早く行ってくれませんか。ヤゴローさんが……」
せっかく希望が見えたというのに、不安だけしか広がらない。
カナリはコトリの手を引いて、
「ケンカするほど仲がよいとは言いますが……」
ヒミツ基地の出口へと、そっと歩いていくのである。
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