16 よーい、ドンっ!
河川敷の橋の下で、若者の群れが取り囲む。
「てめーは社会のゴミなんだよ! クズなんだよ!」
「目ざわりだっ! ギャハハハ」
「おめーなんか死んだって、悲しむやつは誰もいねえっ!」
近くには、ダンボールと新聞紙。
痛々しい音に混じって、男のしゃがれたうめき声。
「ううっ……」
これだけの暴行があっても、夜空の月は見ているだけ。誰も助けに現れない。
1人のゾンビを除いては。
ザパァァァァッ!
「なんだ⁉」
若者の1人が振り返る。
砂利の中から、やせた男が這い出てくる。髪の毛は長く、ヒゲも多くたくわえていて、落ち武者と見まがう風貌だ。
「…………」
男はなにかをつぶやくと、若者の群れへと向かっていく。
「ギャハハ。正義のヒーローって格好じゃねえ!」
「さてはこいつの仲間だな? てめーもカモにしてやるぜ!」
若者たちは、やせた男へターゲットを変えていく。
「ウ……オオオォ…………」
男の目が、血のように赤く染まっていく。若者たちは気づかない。
「ゴミめ、うせろ!」
殴りかかろうとしたときに、男の口が開けられる。
こぶしが入る、大きさに。
するどい牙を立てながら。
「うわああっ!」
若者の1人が倒れこむ。男はこぶしを吐きだした。舌なめずり。
「なめんなっ!」
次々に若者が襲いかかり、男はこれを返り討ち。
若者たちは、昏睡した。
「……ふう。イキビトの生気はたまらんねェ」
残っているのは、ホームレス。若者たちに蹴られたせいで、泥とアザがついている。
「あ……ありがとうございやすっ」
「………………」
長髪の男は猫背になって、ホームレスを見定める。寝ぐせのようなボサボサ頭で、目もとが前髪でかくれている。気弱そうな印象だ。
「……身分証と印鑑はあるか?」
「へ?」
驚いたようにあごを上げるが、ダンボールへと指をさす。
「……ああ、ありやす。ありやすよ。念のために持ってやす」
「…………
ゾンビのツキベの目が光る。思いがけないラッキーが降って、ズボンのポケットに手を入れる。
中から1枚の紙を出す。
レシートだ。『高額当選・1枚』と、大きく印字されている。
ホームレスは目を見張る。
「宝くじ……?」
「持っている。機械を通してチェックした。間違いない」
宝くじの売り場には、当選かどうかをチェックできる機械がある。
ツキベが持っている紙は、まさにそのレシートだ。
「手を組もう」
「……手を……組む?」
「大金をいただくぞ……」
ツキベは小声で1億円の換金について話をする。
受け取り人になるように、ホームレスに持ちかけた。
拒否すれば生気を食らうと、おどす。
「わ……わかりやしたっ」
ホームレスはおびえるように返事をした。
それもそのはず、相手はふつうの人間でない。
ツキベは満足したようにほほえみ、宝くじを手渡した。
反対の手には、ボールペン。2本を器用にもてあそぶ。
「朝9時に、くじら銀行に行ってくれ。受け取りはかならず現金だ。持ち逃げは許さない。あれは9割が私のもの。それでもおまえは1千万円、手にできる。いいか、不満はないな?」
強欲な性格らしく、分け前は均等などではない。
条件を破らないよう、ホームレスに釘をさす。口もとの牙をちらつかせて。
強い風が、河川敷を吹き抜けた。
川の小さなさざなみとともに、ゾンビの姿は消えていた。
ホームレスはぼうぜんとしたが、手にした当選券を目にして、口もとをふっとゆがませる。
前髪にかくれた奥の目が、あやしげな光をたたえていた。
「ばかなやつ」
ダンボールへと入っていくと、スマートフォンを手に持った。
近くには、緑色の液体が入った水鉄砲が置いてある。
☆
「ゾンビ!」
「びっくりばこ!」
「こたつ!」
「つき!」
「きつね!」
「ネコたいちょう!」
「うっとうしい!」
ミチとリョウは10時間も、山の中を走っている。
ゾンビは疲れることはないが、たいくつなのでしりとりだ。
眠っていた動物さえも、びっくりして逃げていく。
「うっとうしいって、なんなのさ! 上官に対して、失礼よっ!」
ミチはネコ隊長を持って、裏声で演技しはじめる。
『まあいいさ、ミチ隊員。リョウ隊員は新人だ。無礼なところも目をつぶろう』
「でもっ……。隊長はリョウに甘すぎます! あいつはつけあがっています!」
『けれどこのミッションに、彼の協力は必要だ。むかつくだろうが、こらえたまえ』
「はいっ! ……ああ、なんて、心の広い――」
「…………アホらし」
リョウは反対側を向いて、聞こえないようつぶやいた。
空の色が明るくなる。朝6時。いつも日の出を見ているミチには、時間を知るのも他愛ない。
「あっ、道路」
リョウが山道に飛びこんだ。ここは車が走る道。
「行くぞ、ミチ」
「ほいさっと」
ミチも車道に降りたって、2人は並走していった。
「よーい、ドンっ!」
「あっ、てめえ!」
ミチとリョウは競うように、ハイスピードで駆けていく。
前方にいた乗用車さえも、追い抜いてしまうほど。
ドヒュン!
「――――――ッ!」
運転手は青ざめた。……こうしてゾンビの怪談が、またひとつ増えることになる。
「なんかいた?」
「いやなにも?」
かけっこに夢中になりすぎて、ミチたちは車を見なかった。
朝7時30分。ようやく町が見えてきた。
緑はまだ多いけれど、コンクリートのビルがある。民家の数も多そうだ。
「町だ!」
「行こう、リョウ!」
ミチたちは山をくだっていく。途中で小さな建物を通りすぎようとしたときに――。
「ミチ、ストップ! ストップだ!」
リョウは急ブレーキをかけて、建物のとなりで立ちどまる。
ミチはくるっと振り返る。
「もうっ、びっくりしたじゃない! どうしたの?」
「コンビニ行くぞ」
「え? コンカツ?」
「ちげぇーっての。ってか、そんな単語どこで覚えた」
村の中しか知らないミチには、コンビニさえも新しい。
リョウは肌をかくすために、顔に泥を塗りつける。ミチもそれにならっていく。
これでゾンビに見えなくなったが、あからさまに不審者だ。
2人は気にせず入っていく。
……数分後。
「ファウンデーションをゲットしたぞ!」
運よく店員にあやしまれずに(店員は無視したと思われるが)、目的のモノを手に入れる。
これを肌に塗りたくれば、イキビトとほとんどおんなじだ。ハンターに見つかる心配はない。
ただし化粧ははじめてなので、2人ともムラがありまくり。お互いを見つめてチェックしながら、ナチュラルメイクへ近づける。
「これでたぶんオーケーだ」
「なんか変な感じするぅ〜」
ミチは落ち着かないようす。リョウも不本意そうにするが、ミチをじぃっと見つめている。
「…………かわいいな」
「なんか言った?」
「似合わねーって、言ったんだ」
「うん、やっぱりそうだよねっ」
意外な反応が返ってきたので、リョウは空へと目をそらす。今日も太陽が強く出てきて気温が高くなりそうだ。
ゾンビには関係ないけれど。
「リョウ! 町までかけっこしよ!」
「よーい、ドンっ!」
「あっ、ずるい!」
先にリョウが駆け出したので、ミチはあわてて追いかけた。
先頭を走るリョウの口には、満面の白い歯が浮かぶ。
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