8 初仕事は空回り⁉
翌朝。山の合間にうっすら光がさしたとき。
ヤゴローはドリブルしながら、ヒマワリ畑を抜けていく。その先には、クヌギ山。
少女が手を振り、待っていた。
「ヤゴローさん、おはようございます!」
コトリはこんなに朝早く起きて、はじめての仕事に大はりきり。服装は昨日と打って変わって、薄手のはっぴを着こんでいる。髪はきちんとみつあみで、麦わら帽子はそのままだ。ここだけ華やかに浮いている。
「おはよう。その服は?」
「ミチさんに借りました。着慣れてなくて、変でしょうか?」
これから動きまわるというのに、身だしなみを気にしている。コトリはやはり女の子、しかも「生きている人間」だ。
か細い腕は、弱々しい。ミチから借りた電子ウォッチに、ポイントはどこまで集まるのか。
ヤゴローは、目を細める。
「変じゃないよ。がんばろう」
クヌギ山を進んでいくと、積まれた木材が見えてきた。長さは約2メートル。太さは電柱と同じくらい。
ガンッ、ガンッ
木こりの男が斧を振る。幹に強く打ちつける。
ヤゴローたちの足音に気づくと、斧をとめて振り返る。
「ヤゴローくん。今日はこれをたのめるかい? 広場のほうへ運んでくれ」
「これぜんぶか。大変だなあ」
「中央ステージの木材がたりないって、言われてて」
「わかったよ。とりあえずはふもとまで、これをぜんぶ運びだそう。そこからは荷台で押せばいい。コトリも手伝ってくれるかい?」
「はっ、はい!」
話を急に向けられて、コトリの声がうわずった。
初仕事。
木こりは「おやっ?」と、コトリを見る。
「このイキビトがウワサの子? 昨日、村に来たっていう……」
とたんに木こりは走りだして、コトリから大きく距離をとる。
「おっと、やべえ。生気を吸いたくなるもんだ。狩られるのはごめんだよっ!」
叫びながら、走り去る。木こりはどうやら飢餓状態に入る直前だったらしい。
「…………」
コトリは顔を曇らせる。ふもとのほうをぼうぜんと見た。
イキビトが、存美村に住み着くにはリスクがある。
ゾンビにとってもイキビトにとっても、よくないことが起こるのだ。
ヤゴローはあわてて手を振った。
「ぼくはここへ来る前に、黄泉の湯に入ったばかりだよっ」
だから今日1日は飢餓にはならないと、つけ加える。子どものゾンビは長持ちだ。
コトリとしても、リョウの暴走があったので、ギュッと身が引きしまる。
「村にいる危険はわかっています。ワガママは承知ですけれど、わたしははたらきたいんです。誰かの役に立つために。……『置物』ではないですから……」
「だいじょうぶ。みんなも気をつけているはずだよ。さあっ、木材を運びだそう」
ヤゴローは軽々と持ち上げ、自分の肩へと乗せていく。細身なのに力持ち。
コトリも持ち上げようとするけど、重くてなかなか動かない。やっとこさ、自分の背中に引きずるようなかたちで乗る。
「い……いきますよ……っ」
怪獣みたいにガニ股歩きで、1歩ずつ踏みだした。ヤゴローはもう遠くに行って、往復して戻ってくる。コトリはまだ3歩だけしか進みだしていなかった。
「ぜえ……ぜえ……重い…………」
「がんばって」
ヤゴローはどんどん運びだす。20本あった木材が、あっという間になくなった。
コトリが運んでいるぶんを除き……。
まだ1本。半分の距離にも届いていない。
ヤゴローの視線が突き刺さる。
「きゃあっ!」
足をすべらせ、からだごと地面へ倒れこむ。背中の木材がおもりとなって、コトリをさらに押しつぶす。
「ぐええっ」
カエルのような断末魔。動かない。動けない。
ヤゴローは近づき、木材をどかす。
「力仕事はきびしいか……」
コトリの手足がピクリと動いて、震えながら起き上がる。
「すみません……。まだやります」
木材をまた持とうとする。かよわい腕では危なっかしくて、ヤゴローは見ていられない。
「もういいよ。べつのを、たのもう」
「え?」
ヤゴローは自分のリュックから、ビン詰めの袋を取りだした。中には液体が入っている。
「これを農家のノブさんのところに、届けてもらいたいんだけど」
「はいっ、やります!」
落ちこみかけたコトリだったが、背筋を伸ばして受け取った。
だけどヤゴローの目は暗い。
「そのビンだけでは、5ポイントしか入らない。きみは1日100ポイントを目標にかせいでほしいんだ。運び屋だけじゃなくてもいいから、手伝える仕事でかせいできて」
「わかりました! わたし、なんとかしてみせます!」
コトリは袋をにぎりしめて、クヌギ山を降りていく。
目のまわりのしずくをぬぐって、快晴の空を仰ぎ見た。
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